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 久保春。彼女からも連絡があったので、見慣れた公園で話をすることになった。空は綺麗に晴れていて、最近では珍しいほどに暖かった。天候や景色を見れば良いことがある町にしか見えないが、良いことなんてほとんど起こっていなかった。

キラキラとした太陽光の下で、今日も陰鬱とした話をした。どれほど天気が好くても、俺たちが暗ければ、何も肯定することはできない。この状態は終わらせる必要がある。そして、それを終わらせるのは俺でもあるのだ。俺にはやる必要がある。

秋葉光が居ない、二人だけの空間。それは、今日が休日であることを示していた。わざわざ休日に、二人で事件の犯人の疑いがある人物に関する話をしているのだ。

どうやら、上田令は、仕事に行ってからそのまま都会で寝泊まりすることがあったそうだ。どのようにしてその情報を手に入れたのかは不思議だったが、善く善く話を聞くと、上田日和が近所の人に、主にママ友にその話をよくしていたらしい。

そうなると、やはり、上田令にとって通勤はかなりの負担だったはずだ。彼には帰りたくない日もあったのだ。そういう日が無くなることを、都会への移住によって車の運転をしなくて済むようになるのを夢見ていたのに、結果として目の前に転がってきたのは、息子の受験が失敗し、計画がダメになるという厳しい現実だった。

俺は、上田令を疑うことになってしまう。どちらが虐待していたのかも俺にはまだわかっていないが、それが事実だとすると、ストレスを溜めていたのは、上田令の方だと思われる。彼は仕事のストレスと家庭のストレスで潰れてもおかしくない。

いつもよりも暖かい、太陽の見える晴れた一日。奥平米は、いつものネズミ色のダウンジャケットを身に付けていなかった。シンプルな、よくある黒のパーカーと、何度も何度も洗濯したことで色が落ちてしまっている藍色のジーンズを着ていた。

久保春は、煌めく太陽の下で、白色の、長袖のシャツを着て、長い、黒のスカートを履いていた。やはり彼女もお洒落には興味がないようで、シンプルな装いだ。

それでもお洒落に全くもって無関心であるというわけではないようで、こんな田舎であるにも関わらず、そして、彼と会う用事しかないにも関わらず、しっかりと化粧をしていた。女子なので、それをするのはそこまで変なことではない。が、それでも、この場所ではスッピンの女性がおかしくはなかった。問題などなかった。

彼女は覚えたてのそれをするのが好きだった。なので、休日になると、誰かに見せるわけでもないのに、それをすることがよくあった。単にそれの延長線上だった。

彼女と話をしている奥平は、上田令の通勤時間が一時間半もあることを思い出した。それが理由で帰宅しなかったのだろうと思った。残業が重なってしまえば、それだけの時間、暗い道を車で運転するのは大変になる。それに、車で通っている以上は、飲みにも気軽には行けない。そして、全てを断るわけにもいかないだろう。

犯人の証拠をこれ以上集めるのは難しいかもしれない。しかしながら、俺は、この情報だけでは、上田家に向かうことはできないと考えた。これで彼らの、上田家の日常を安易に崩すわけにはいかないと思った。何かもっと秘密が必要だと思った。

彼らが、おそらく彼が、俺の口からそれを、これまで集めた情報を聞いた途端に、動揺して、俺から話を聞かなければいけないと思うような証拠が必要だった。

もっと弱みがあるはずだ。なければ、探さなければいけない。弱みを握ることで、相手のフィールドへ入るのだ。今さら綺麗事を言っている余裕は俺にはもうない。

俺は、上田家に乗り込むつもりだった。彼らの家のインターフォンを押して、そして、出てきた上田家の人間に向かって、集めてきた情報の断片を玄関口で突き付け、中で具体的な話をするつもりだった。どれだけ困惑されようが、どれだけ狂気じみていようが、俺は、するつもりだ。俺はそれが良くないことだと知っている。

それは狂気の沙汰だ。いきなりそんなことをしてくる輩が居たら、向こうは警察に連絡でもしてしまうかもしれない。もちろんそれは、上田令が無罪であった場合の話ではある。彼が本当に人を殺していたら、警察など怖くて呼べるわけがない。

それだけのことをしなければ、俺はこの事件の、殺人事件の真相を知ることができない。警察ではない以上は、どれだけ無茶苦茶だったとしても、そうしなければいけない。それをすることができるのは、俺くらいだ。他の人にはできないことだ。

全てが知りたい。ここまできたら、本当に俺だけの自己満足だ。話を聞いてきた他人の気持ちではなくて、俺の、くだらない理由からの行動だ。全てが知りたい。

そもそも、ポストに投函されていたものとはなんだ。イジメの証拠をそこに投函することによって、家族にそれを報せようとしたのか。それとも、何か別のものをそこに投函した。としたら、どんなものだ。どんな証拠がそこにはあったのだろう。

俺は知りたいと思った。上田令の前で直接、真実の断片的な証拠を突き付けることができれば、全てを知ることができるはずなのだ。それはしなければならないとも、知らなければならないとも思う。犯人に証拠を突き付けなければならない。

それをするために必要なもの、もしくは、それをするために必要なものを手に入れるために必要なことはなんだ。やはり、本人に直接話を聞くしかないのだろうか。

そんなツテは、俺にはない。ということは、そのツテがあるかもしれない人間にそれを聞いてみるしかないようだ。となると、目の前の久保春もその候補になる。彼女は、春野和樹に対して、ポストに何を投函したのかを質問できる人の候補だ。

「君は、春野和樹がポストに何を投函したのかを知っている?」

「知らないです。何を投函したんですかね?」

「それを本人から直接聞くことはできる? もっと言えば、その何かを貰うことはできる?」

「それは難しいです。でも、もしも必要だと言うのであれば、どうにかしてみせます」 

「どうにかなりそうなんだね?」

「はい。私は無理でも、他にできる人がいるかもしれない」

「それは誰?」

「横井音ちゃんです。彼女だったら、もしかしたら和樹くんから話を聞くことができるかもしれない」

「そっか。それなら、頼む」

「わかりました。任せてください」

「ありがとう。こうなったら、絶対に犯人に証拠を突き付ける」

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃなくてもそれをするしかない」

本当に、使えるものならばなんでも使ってやる。どうにかして、犯人の前で真実を突き付けるのだ。それだけのために今の俺は生きている。本当にそれのためだけに生きていて、他のことは何も必要ではない。俺は、犯人のために生きていると言っても過言ではない。犯人がいるから俺が生きているのだ。俺は、飛躍している。

子供たちを駒のように使って、自分は話を聞いているだけなんてご気楽な身分だ。しかし、俺もやるべきことはやっている。それに、最後の最後は俺が自分でやる。ここまで来たらやらなければならない。逃げることはできない。つもりもない。

元々逃げるつもりなどなかったが、今さら逃げるわけにはいかない。やらなければならないことは、今もなおやらなければならないことであり、ここから逃げることは許されていない。絶対に向き合わなければならないことだ。俺がやることだ。

奥平米の狂気は、全てが終わるまでは収まらない。とにかく、今はやるべきことをやらなければならないのだった。彼が日常的なものに無頓着なのは、執着すると、どこまでものめり込んでしまうことからだ。無意識の防衛本能がそうしていた。

その狂気は久保春にも伝わっていた。が、だからこそ、彼女は彼のことを信用するのだった。そういう彼だからこそ、真実に辿り着けるのだと確信していた。確信せざるを得なかったので、確信することにしていたのだ。それも狂気でしかない。

何が一番の問題かと言えば、この町で殺人事件が起こったことが一番の問題だと答える。それがあったことによって、この町の人々は、全員多少は狂気的になっていた。奥平米だけでも、秋葉光だけでも、久保春だけでも、上田令だけでもない。

人が人を殺すとは狂気でしかないのだ。それが目の前に転がってきた住民は、やはりそれに当てられてしまう。それに引っ張られて、そっちの方へ向かってしまう。

彼は、できることはほとんどやっていた。遺体が見つかった、遺体が発見されてからしばらくの間は封鎖されていた殺人現場を見に行くこともあった。当然、そこには何も証拠のようなものは残されていなかった。すでに警察が調べ上げていた。

彼は、もはや、この町に暮らしている人間のほとんどからも話を聞いていた。イジメをしていたグループの人間、上田家の人々から話を聞くことだけはしていなかったが、それ以外の住民、ほとんど全員から話を聞いていた。いくら遺体の第一発見者の弟とはいえども、住民から素行を怪しまれるほどに、それを聞いていた。

それでもまだ足りない、知らない部分があった。わかっていない部分があった。それは、巻き込まれる形で狂気的になった、春野和樹だけしか知らない真実だ。

なので、彼から話を訊かなければならない。直接間接問わず、彼から訊かなければならないことがある。そして、奥平はそれをしようとしていた。彼からも情報を集めようとしていた。無意識の内に、それをするべきだと理解することができた。

後はもう一直線に進むだけだ。全てが上手くいきそうな彼は、もはや前以外に道はなかった。彼は大きな音を立てながら、周りを不快にしながら進んでいく害虫だ。

そんな害虫が、真相を明らかにし、この町で苦しんでいる一部の人を救おうとする。背中に乗っていたはずの期待も、彼が激しくなればなるほどに、期待だけではなくなる。狂気は周囲にも伝わっていた。彼がおかしいことはわかっていた。

全てが終わらないと、判断はできない。本当に彼がやっていることが正しいのかどうかはわからない。が、彼はそれをしっかりと終わらせることができるのだった。

「それじゃあ、今日はこの辺りで」

「そうですね。わざわざお呼び立てしてすみませんでした」

「いや、俺の方こそ申し訳ない。変なことを頼んでしまって」

「大丈夫です。音ちゃんだったら、きっと、なんとかしてくれるはずなので。ダメだったらすみません」

「もしもダメだったら、このまま犯人のところに、上田令のところに行くことにする。当然だが、それは玉砕覚悟だ」

「そういうことは、私たちにはできないので、本当にありがたいです。任せちゃって大丈夫なんですよね」

「大丈夫だ。真相がわかったらみんなにも伝えるよ。話してはいけないこともあるかもしれないが、話せることは全部話す」

「聞きたいです。この事件のこと。和樹くんが安心して学校に通えるように、できるだけ早くこの事件が終わってほしいです」

「きっと、もうすぐで終わるよ。俺が先なのか、警察が先なのかはわからないけども、とにかくこの事件はもうすぐで終わる。だから、もうすぐで日常に戻れるはず(・・)だ」

「そのはず(・・)ですよね」

「俺たちにできることは、信じることしかない。それを信じて、この町に真実を話させるんだ」

「よろしくお願いします。ありがとうございます」

そこで会話は終わり、二人とも公園から出る準備を始めた。別に大した準備でもないが、それで終わりだとお互いにわかった。会話を終わりにするための準備だ。

太陽は未だに照っている。それの下にいる二人は汗をかいていた。が、奥平米はそんなことは全く気にしないのだった。汗をかいていることにすら無自覚だった。

普通の人よりもそういう感覚は鈍かった。なので、暑い日でも厚着をしていたり、寒い日でも薄着で生活していることがよくあった。それが普通ではない証だった。

彼には根本的な部分で社会というものが、わからない。まるで、第二言語を使って生活をしているように、感覚で、言語以外でそれを理解することができなかった。

だからこそ、彼は自身の感覚で行動することが、他人と本心で向き合うことが滅多になかった。が、時々にある、その行動は、多くの人を驚かせるものになるのだ。

音が鳴りそうなほどに、夏日だと勘違いさせるほどに暑苦しい太陽は、二人の別れを見守っている。先に去ったのは久保春だった。頭を下げてから、そこから去る。

それからしばらくして、奥平もそこから去る。道中で考えていることは、自分のことについてだった。もはや、事件のことではなくて、自分のことについて考えを巡らせていた。自分という人間の奇妙さ、それゆえの勇敢さについて考えていた。

そうすることで、また、犯人に近付けるのだ。自分の中にある、飛躍した考えを固定化することで、誰にもできないことをしようとしていた。普通の人ならばできないことをしようとしていた。彼は、どこまでも勇ましくあろうとするのだった。

見慣れた町を歩いている彼は、ここが見慣れた町であったとしても、もう問題はなかった。知らない町でなければできないことを、見慣れた町でする気持ちがある。

元々、彼には芯があった。が、こんな田舎で、それを発揮する必要などなかった。だから、それがないように振る舞っていただけなのだ。殺人事件を捜査するということは、何かしらの芯がなければできないことだ。それを発揮する必要がある。

何もない、空虚なまでの彼の部屋は、彼の人格を最も物語っている。それは、彼が流されることなどなく、しっかりと自分の軸だけで生きていることを示している。誰かに流されるのではなく、自分が自分として生きていることを示している。

普通の人であれば、何かしらの趣味を持つものだが、それを持たないということは、それだけ自分と向き合っているということだ。時間というのは全員に同じだけ割り振られているわけだから、他の人が趣味に没頭している間も、彼は自分に没頭していた。そうすることで、普通ではない自分になっていく。奇妙になっていく。

その結果がこれからやってくる。彼がひたすら自分と向き合い続けてきた結果が、これから数日後にやってくる。それをためらうことなどない。当たり前のような気持ちで、それをするはずだ。本来であればしてはいけないことをするはずだ。

奥平米は、上田家のインターフォンを鳴らす。そして、やって来た、息子を亡くしたばかりの親子に対して、自らの推理を、そして、真実とその証拠を突き付ける。

それだけのために生きているみたいに、それをする。なので、そこには常識も、品性も、何もなかった。が、彼はそれで良かった。そんなことはしてはいけない。

しかし、それをやらなければならない。やらなければならないから、してはいけないことをする。どこか矛盾したようなそれは、彼の中で完全に透き通っていた。

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