表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/12

7


 秋葉光。彼と話している中で、虐待が始まった理由、そして、イジメの理由を知ることができた。もちろん、本人に聞いたわけではないので、それが正確なのかはわからない。しかし、それは、上田令と上田日和に突き付ける価値があるものだ。

上田家は、この町から引っ越す準備をしていたらしい。息子が都会の高校へ入学し、それで、そのまま都会に家族全員で引っ越す予定が彼らにはあったそうだ。

それを上田家が話していたのはごく限られた身内だけだったようだが、これだけの出来事があったことで、そんな身内だけの秘密もどこかから漏れ出してしまった。

いつものように、公園で話をしている俺たち。今日は、いつもと違って、休日の昼間に二人だけで話をしていた。新しい情報が入ったということで、すぐに話したかった彼から連絡が入ったので、こうして二人だけで話をすることになっている。

空は、灰色の曇り模様だ。今すぐにでも雨が降りだしてきそうな空は、この町の重たい空気を表しているようでも、殺人事件の重みを表しているようでもあった。

その下で話をしている俺たち。いつものように立ったまま話をしている俺は、ベンチに座っている、いつもとは違う、どこにでもあるような、シンプルな黒のジャケットと、ゆったりとした茶色のパンツを履いている秋葉光のことを見ていた。

彼にもここから抜け出したいという思いはあるのだろうか。その格好を、お洒落に興味がない姿を見る限りは、ずっとここで生活していくことになりそうに思える。

ここで生きていく、そんな俺たちとは違い、彼らは都会に引っ越そうとしていた。上田家に防犯カメラがあったのも、それが理由なのかもしれないと少し思った。

人間不信の都会であれば、それが必要になる。事前に買っておいた防犯カメラ。それの使い道が無くなってしまったことで、不必要な場所に飾られることになった。

結果的に、それが、ストーカーを記録するのに役立ったわけだから、因果な話だ。もちろん、役に立ったことが、上田家にとって良かったことなのかはわからない。

そもそも、本当に、そんな理由で防犯カメラを付けていたのかも定かではない。本人に聞くことはできないわけだから、考えても仕方がないことのようにも思えた。

防犯カメラに写されていた、春野和樹の姿は、上田家にとっては恐怖だっただろう。しかしながら、その恐怖は、彼らが感じなければならない恐怖でもあるはずだ。上田優が春野和樹をイジメていた責任は、どこかで取る必要があるからだ。

それも、ストーカーが家にやってきていたこともあったのかもしれない。引っ越しをしたいと思っていたのに、引っ越しをすることができなかった上田家。そんな状態の彼らの元に不審なストーカーがやってきた。目に見える恐怖がやってきた。

必然的に、引っ越しの話も再燃したはずだ。そうなると、これまた必然的に、都会の、私立の高校に入学することができなかった、上田優の話にもなったはずだ。

彼の責任も問われたはずだ。本当は、そんな責任など子供が負うべきものでもないのに、きっと、そういう重圧が彼にはあった。歪んだ形でそれは発露するのだ。

イジメが激しくなったのにはそういう理由もありそうだ。上田家は上田家なりに人生設計をしていた。が、それが高校に落ちるという出来事で全てがダメになった。

そこから虐待が始まり、虐待の歪みからイジメが始まり、そのイジメから春野和樹は上田家にやってきて、不気味な、目に見える、目の前の恐怖を、彼らに与えた。

その恐怖から、両親はもっと激しくなり、激しくなった両親からの虐待に耐えきれなかった上田優は、もっと激しく春野和樹をイジメるようになる。想いは、巡る。

所々、俺の推測でしかない部分もあるが、全体的な流れとしてはそうなっていそうだ。歪んだ結果、殺人事件にまで至った。問題は解決せずに、そこまで到着した。

彼は、虐待の末に亡くなったということで、良いのだろうか。十分、もうすでに、本人の前で語るに足るような情報が集まっている気もするが、足りない気もする。

もっと大事な出来事が、上田家ではあったはずだ。このまま俺が二人の元へ行っても、真実を、証拠を突き付けきれずに彼らから怒鳴られ、そこから去ることになるだけだろう。そんな終わり方をしてしまっては、ここまでの道のりが無駄になる。

そして、大事なのは上田優。彼は、当然のように、春野和樹の学力に嫉妬していた。勉強をしている素振りを見せないのに、賢い彼のことを憎むようになった。

どうやら、彼が、春野和樹の賢さに嫉妬していたという話もある。まだイジメが始まっていなかった頃、彼の前で春野和樹の賢さを褒めた人物が、上田優に怒鳴られたという話も秋葉光からは聞くことができた。それは、彼の感情を示している。

この町の子供たちであれば、必然的にみんなと仲良く暮らすことになる。高井浜高校のみんなも、元々は仲が良かった。だからお互いの位置も理解していたはずだ。

誰が賢いのか、そして、どの程度努力をしているのか、全てが筒抜けになるような世界で、努力することなく、自分よりも賢い人間のことが、上田優は憎くなった。

どうにもできない感情があったのだろうが、それがイジメの免罪符になることはない。とはいえ、救われない立場に居た時の上田優が可哀想なのは、間違いない。

それがイジメになったのは愚かだ。が、子供とは大抵の場合で愚かなので、今回の件は本質的にはどうすることもできなかったのかもしれない。どこかに問題があるとしたら、学校でイジメが行われていることを知りながらもそれを無視していた教師や、そもそも、上田優のことを虐待していた彼の両親ということになるだろう。

全ては悲劇だ。結果的に、殺されてしまうことになった上田優は、どうすれば救われたのだろうか。イジメを受けてしまった春野和樹は、これから、無事に救われることがあるのだろうか。もうすでに、取り返しなど着かないのではないだろうか。

イジメの影響で春野和樹の学力が下がったという話もあった。それが不可逆的なものになれば、上田優は彼の人生をめちゃくちゃにしたことになる。そうでなくてもそうなのに、彼の人生を取り返しの着かないところまでおかしくしてしまった。

春野和樹は巻き込まれただけだ。巻き込まれた結果、その運命に必死に抗った。それが上田優の殺人事件にまで行き着いたというのは、彼にとっては復讐の成功なのだろうか。きっと、彼の死が成功に近いのは確かだが、どこまで肯定するのか。

苦しい時間から解放されたことは成功に違いない。様々な想いを抱えて自分の部屋の中に居る彼は、どんな想いで日々を過ごしているのだろう。きっと、それを俺が理解することなどないのだ。それはあくまでも彼だけのものであり、俺が簡単に触れていいものでも、判断していいものでもない。計り知れないものがそこにある。

秋葉光にもらった情報で、この事件の輪郭がまた露になった。それと同時に、どう考えても犯人は上田家の二人だと確信した。それ以外はあり得ないと確信した。

都会への引っ越しや息子の私立高校入学などの、家族の計画が何回も何回も狂ったことで、どうしようもなくなって、結果的に、自分たちの子供を殺すことになった二人のどちらか。それは悲惨な結末だが、真実がそうであるならば、それは仕方がない。時間は巻き戻すことができないので、結果を、現実を受け入れるしかない。

上田優自体の嫉妬もあった。彼は被害者ではあるが、完全なる被害者というわけではない。彼のことを、彼が死ぬに至るまでの事情を知った人の中には、彼の人生を全く肯定せずに、同情をしない人もいるだろう。それは十分に理解できることだ。

そうだとしても、現実も、彼の境遇も、資質も変えることができないわけだからどうしようもない。強いストレスの中で、発生した攻撃性が、自分ではなく、他人に向かったことが一番の不幸なのだろう。もちろん、ストレスによって発生した攻撃性を、自分の中で消化することができればそれが一番良かったのは間違いない。

安全地帯から適当なことばかりを並べる俺は、向こうからしたら敵でしかないはずだ。それでも、俺もこの事件にそれなりに携わってきて、わかったことがある。

どうすることもできないものがあったとしても、それをどうにかしなければならないということだ。そして、それは、社会的に正しいやり方でなければならない。

上田優は、両親に対して攻撃的になるべきだったのだろうか。そんな、できるわけもないことを思ってしまった。虐待をしてくる親に対して、反抗することが難しいのは考えなくてもわかることだ。シンプルに、彼は詰んでいたようにも思える。

どうしようもないな。もしも俺が上田優の立場だとしたら、どうしていたのだろうか。逃げることはできなかったのだろうか。誰かに助けられることはなかった。

助けを呼ぶことはそんなに難しいことだったのだろうか。親という圧倒的な存在を前にして、どうすることもできなくなった彼のことを、俺は、可哀想と思ってしまうのだった。同情するというよりも、可哀想だと、俺は、思ってしまうのだった。

どこまでも無責任に、彼のことを可哀想だと思った。俺のような、問題がないような人間が簡単に思っていいことではないが、そうとしか、可哀想としか思えない。

救われることのない魂に手を合わせなければならないと思った。もしもこのままの状態で上田優を放っておいたら、彼は幽霊になって、成仏することなく、この世界をひたすらにさ迷うことになる。幽霊が居るかどうかはわからないことだが、ここまで知った俺が、彼に対して何もしないわけにはいかない。やるべきだと思った。

「どうですか? 何かに使えそうですか?」

「もちろん。使える情報だ」

「それなら良かったです。わざわざ連絡したので、もうすでに知ってることだったら意味なかったですよね」

「なんでも話してくれればいい」

「でも、奥平さんにも予定があるんじゃないですか?」

「俺は、この事件を解決することを最優先にしている」

「そうなんですね。ありがとうございます」

「感謝されるようなことじゃない。俺がそうしたいと思っているから、そうしているだけだ」

「でも、俺たちには犯人を見つけ出すなんて、多分できないことですから」

「とにかく、急がないとやっている意味がない。どうせすぐに警察が犯人を捕まえることになるわけだから」

「そういうもんなんですかね」

「そういうものだよ。俺はこの国の警察を信用している。きっと、彼らが見つけた犯人は、やはり真犯人だろう」

「なら、俺たちってなんのためにこれをしているんですか?」

「みんなを満足させるためじゃないかな。みんなの自己満足のためだ」

「それって意味あるんですか?」

「大事なのは感情だ。自分たちの感情のために動くというのは、人間としては間違った行為ではないはずだよ」

「わかりました。俺も、自分の感情のために、犯人を見つけ出すことにします」

「でも、君たちはこれのために人生を投げ捨てるようなことをしたらダメだ。まだ先が長いんだから」

「ありがとうございます」

雨が降り始めてきた。なので、俺たちは自然と解散することになる。秋葉光は、まだ若いから、こんなくだらないことのために、人生を台無しにする必要はない。

俺の中にある狂気は、俺の人生が大したものではないことを原因として発生したものだ。俺がしようとしていることは、未来ある若者がしていいことではないのだ。

ぽつぽつ、と雨に当たる俺たち。話が不十分であることが理由の名残惜しさがあるせいか、強くなりそうな雨の中で、機微に、すぐに動かなければいけないのに、のんびりとした動きでこの場から去った、俺と彼。寒さゆえに緩慢になっていた。

同じようなことを考えていないか、心配だ。彼が、自分の中にある常識を捨ててまで、犯人を追い詰めようとしているのではないか、と思うと、俺は心配になった。

とはいえ、俺も若い。二十代の癖に、自分の人生に見切りを付けているなんて、自分に対してどこか軽薄だが、そうだったとしても、俺は、やらなければならない。

一人で雨の中進んでいると、不思議な気持ちになってくる。傘も差さずにそうしていると、重たい雲に覆われることで、知らない町に来てしまったのではないかと錯覚する。町を覆っている自然が、見たこともないような形に変化した気になる。

ここは、誰も知らない、名前もない町だ。だから、ここにいる人間は、誰も俺のことを知らないし、俺も誰のことも知らない。そんなわけもないが、そうなのだ。

現実逃避をするつもりなどなかったのに、俺の脳が勝手に現実から逃げる。俺のやることは、俺のことを知っているみんなから評価され、審判を下されることだ。

その審判の結果、俺のやったことがみんなからしても正義なのであれば、俺は何も恥じることなく、この町で生きていくことを続けられる。どこか遠くに行く必要などはなく、この場所で、前と同じように、生きていくことができるようになる。

俺は、せっかく現実から逃避できたのであれば、そのままでいいと思った。俺のことを誰も知らない町に俺はやってきたのだ。そして、そこで、通りすがりに事件を解決しようとしているだけだ。縁もゆかりもないのに、殺人事件を解決するのだ。

それだけでしかなく、他には何もない。こうして、俺は、自分の世界に閉じこもることで、絶対に犯人に真実を突き付けるという覚悟を確かなものにするのだった。

雨に打たれながら、意味のわからないことをひたすらに考えている俺がいるのだった。意味がわからないことを自覚できているだけ、まだマシなのかもしれないが、狂気的なことをしようとしている自覚があるのに、それを、自身の狂気性を解決しようとしていないというのは、もはやどうしようもないとも言えるかもしれない。

奥平米にはもう迷いなどなかった。迷いがないがゆえに、自分が何をするのかがわかりすぎてしまって、未来のことを考えるのがどうしても億劫になってしまう。

このまま、誰も知らない町の中で、誰も知らない個人として生きていくことができればそれでいい。とも彼は、思うのだった。そうであれば、真実の追求に失敗しても、誰かに指を指されながら、別の町へ移動すれば全てがなかったことになる。

雨は次第に強くなっていく。そうなると、体が冷えてしまうので、考え事すらも緩慢になる。かじかんだ手のひらの動きが鈍いのと同じように、かじかんだ頭の働きは鈍くなる。それの影響で、思考は時間が経てば経つほどに、鈍く、歪になる。

熱くなりすぎた頭を冷たい雨が冷やしていた。クールダウンしたそれは、水が中に入って上手く機能しなくなった。水分が乾くまでの間は、彼はずっとおかしなことを考え続ける。頭部に入り込んだ雨が、蒸発するまでの間は、ずっとこうなのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ