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ここまでのことを一度振り返ることにしよう。まず、この町で、殺人事件が起きた。その被害者は、高井浜高校へ通っていた上田優。その遺体の第一発見者は、俺の兄である奥平良。弟である俺は、くだらない理由から犯人を捜すことになった。
その殺人事件の犯人として疑われていたのは、春野和樹、横井音、松田治、堀野琴音の四人だった。が、まず大前提として、『春野和樹は人殺しをしていない』、と、春野和樹の友人である秋葉光と久保春はしっかりと、透明なまでの断言をした。
俺は、それを、その透明な断言を信じることにした。なので、犯人として疑われていた人間は、三人となる。しかしながら、その三人のことを調べていく中で、俺の個人的な彼らへの疑いは晴れていき、より、犯人として疑わしい人物が現れた。
それは、上田優の両親である、上田令と上田日和だ。どうして彼らが疑わしいのかと言えば、上田優が誰かから虐待を受けていたと思われるという証言が、堀野琴音からあったからだ。そして、その誰かとは、彼の両親である二人の可能性が高い。
彼らが通っている、この町で唯一の高校である高井浜高校で、上田優は、春野和樹という人物に対して、四、五人のグループでイジメをしていた。そんな彼も、誰かから虐待されていた。それは、自分がされたことを他人にしているような格好だ。
当然のように、イジメを受けていた春野和樹も周囲の人間からは犯人として疑われている。それもあって、彼は、自分の部屋に引きこもってしまっているようだ。が、そんな彼は、上田優らからイジメを受けながらも復讐の時をうかがっていた。
春野和樹は、上田優などの、イジメをしていたグループの人間に対して、ストーカー行為をしていた。その証拠は、上田家の防犯カメラに残されていた、数時間も家の前で突っ立っている姿や、家のポストに何かを投函している不審なその姿だ。
ここにおいて、ポストに何が投函されていたのかはわかっていない。さらには、どうして春野和樹がそんなことをしていたのかも、ハッキリとはわかっていない。
横井音によると、春野和樹は、自分が上田優らにイジメられている証拠を残していたそうだ。そして、それを然るべきタイミングで世間に公開しようと考えていた。
そこまではいいのだが、その行為と、彼のストーカー行為は、強くは結び付かない。二つは全くの無関係というわけでもないかもしれないが、イジメの証拠を残しておくことと、ポストに何かを投函することには、直接的な繋がりはないだろう。
嫌がらせのためにそれをしていた可能性もあるが、イジメの証拠を残して、いつか復讐することを考えていた春野和樹が、そんな短絡的なことをするのだろうか。
それに、家の前に突っ立っていたということも、もしも上田家に防犯カメラがなければ、その行為は見つからずに、何も起こらずに終わっていても不思議ではない。
そうなった場合、嫌がらせにもならない。それに、もしもバレることを前提としてそれをしていたのであれば、それらのストーカー行為が防犯カメラに写されていたことによって、イジメが前よりも激しくなってしまったことが、不可解となる。
正確には、バレるように、イジメをしていたグループの人間に嫌がらせをすれば、そのイジメは前よりも激しくなるというのは、予見するのが難しいことではない。イジメが激しくなることを前提として嫌がらせをしていたというのは不可解だ。
正確なことはわからないが、おそらく、春野和樹はそこまで愚かな人間でも、無鉄砲な人間でもない。彼がしていたストーカー行為は、バレないように行われていたと考える方が自然だ。見つからないように、なぜか上田優らの家の前にいた。
そもそも、こんな、他人を信用することで成立しているような田舎で、防犯カメラを設置している方が不自然だ。彼は、そんなものが、こんな場所にあるとは思わずに、結果的に、その行為が上田優らにバレてしまった。それだけの話だろう。
虐待をしている姿を、見られたくなかったのだろう。防犯カメラを設置したのは上田令と上田日和なわけだから、きっとそれだけの、くだらない理由でしかない。
春野和樹が何を考えていたのかはわからない。本人に直接話を聞くことはできない。が、それでも、真実を見つけ出し、それを犯人の前に突き付ける必要がある。
その犯人捜しは俺一人で行っているわけではない。これまで話を聞いてきたたくさんの人の想いがある。一人ではない理由は、そういう想いだけではなく、この事件の真相を知りたがっている、秋葉光と久保春が力を貸してくれていることもだ。
今の俺は、上田令と上田日和が犯人だと思っている。どうにかしてその証拠を見つけなければならなかった。本人の前で突き付けるための何かが必要なのだった。
こんな感じだろうか。犯人捜しをすると決めてからこれまで、それなりの時間を捜査に当ててきた。その甲斐もあってか、それなりに真相へ近付いているようだ。が、あくまでもそこへ近付いているだけであって、辿り着いているわけではない。
これから、真実へ辿り着くのが大変なのだ。俺には捜査権などない。だから、上田家において何が行われていたのか、本当に虐待があったのかを調べる権利がない。
だからこそ、二人の助けを借りることになったわけだが、それによって話が前に進むのかどうかは、まだ定かではない。あの二人も、単なる高校生でしかないのだ。
もう少しだけ、何かが必要だ。警察の捜査が終わる前に、全てがニュースになる前に真相を突き止めなければこれをしている意味が何もない。見つける必要がある。
奥平米は、自分の部屋で考え事をしていた。もう眠るだけ、という状態を作って、天井と二つの壁が接している隅を眺めながら、慣れた気持ちでそれをしていた。
彼は、まだ布団には入っていない。昔からある、勉強机の椅子に座り、眠気がやってくるのを静かに待ちながら、ぼんやりと事件のことを振り返っているのだった。
子供の頃から無趣味だったので、この部屋には彼の人格を語るようなものが何一つとしてない。が、それが何もないということが、逆に彼の性格を物語っていた。
この町では、都会へ移住しない限りは、ずっと実家で暮らしていくことになる。そんな中で、彼の兄である奥平良は、都会へ仕事のために出ていったことがある。
そして、そこで結婚をしたのだが、妻と反りが合わずに、結果的に、離婚をすることになった。その流れで、実家へと戻ってきたところで、今回の件が発生した。
元々精神的に疲弊していたところで今回の出来事があった。彼は、田舎のことがそこまで好きではなかったので、田舎特有のコミュニケーションも苦手だった。
自分の部屋に引きこもることになったのも、全てが嫌になったからだ。これから先、奥平米がこの事件を解決したからと言って、彼が外に出てくることになるのかはわからない。もはや、人間全体を信じられなくなりそうで、奥平良は怖かった。
狂ってしまいそうだった日常が、本格的に狂ったのは、遺体を発見したからだ。彼が見た遺体には、上田優の体には、確かに虐待を思わせる痣があったからだ。
善くないものを見たこともあり、精神的に不安定になっている兄を心配している弟。彼には、兄や春野和樹だけではなく、全員を救いたいという気持ちもあった。
事件を捜査していく中で、そういう真っ直ぐな想いは強くなっていくはかりだった。ある意味では狂気的になってしまいそうなほどに、気持ちは強くなっていく。
仕事をしている最中にも、それのことばかりが頭の中で、巡る。職場の人々も、彼が事件のことを調べているのは知っているので、日常会話的にそれらについて訊ねてくる。あまり詳しいことは言えないので、毎回ぼんやりとはぐらかすのだった。
そのために、事件を捜査するために生きているのだと錯覚してしまうほどに、奥平米は、それに、向き合っていた。犯人を見つけることができなければ、自分には何も価値がないのだと思ってしまうほどには、真っ直ぐに事件に向き合っていた。
俺には俺の人生がある。それを蔑ろにしながら、俺は、犯人を捜している。しかし、それはそれでいい。なぜならば、元々、俺の人生なんてろくでもないものだ。
こんな人生で、この町にちょっとした安心を与えられるのであれば、それはそれでいい。警察の発表があるまでの間の、少しの間の安心だったとしても、何もしないよりかはその方がいい。一秒でも早く、真実を知りたいと思っている人がいる。
高校生の二人に協力してもらうことも、大人としてはみっともないことだ。きっと二人は、俺が思っている以上に、この事件のことを調べようと必死になってくれる。それこそ、自分の人生を蔑ろにしてまで、事件の捜査をしてしまうはずだ。
そういうことをしてしまいそうな瞳だった。普通から異常へ変わってしまいそうな、殺人事件が起きた日常の中で、ある種の狂気とともに、犯人を捜すことになるであろう二人のことを思うと、複雑な気持ちになる。が、利用できるものはしっかりと利用しないと、真相には辿り着けない。俺には歪んだ、醜い覚悟があるのだ。
堂々巡りする思考は、単なる言い訳でしかない。二人のことを考えるのであれば、犯人捜しなどはさせず、勉強するように俺から言った方が良いに決まっていた。
それでも、俺は、利用できるものは利用して、しっかりとこの事件の犯人を見つけ出そうとしていた。それだけが生きている価値のように思いながら、それをする。
奥平米は確かに真相に迫っていた。そして、それの捌け口も用意していた。それをするだけの覚悟も、知性もあった。それをしないことを選ぶだけの品性は、幸いなことになかった。彼にそれがあったら、真実を知ることもなく、終わっていた。
彼には普通の人ができないことができる。人よりも少しだけ賢い彼は、人よりもかなり他人の目に興味がなかった。それでも、常識らしきものは持ち合わせていた。
それを持った上で、生きていくのに必要だった常識らしきものをしっかりと持った上で、彼は非常識なことをしようと目論んでいた。それが全ての捌け口となる。
そのためにも、明確な証拠が必要だった。犯人の前で真実を突き付けるのに十分な証拠が必要なのだった。ここで大事なのは、真実の証拠ではない。犯人の前で真実を突き付けるのに十分な証拠が必要な訳であって、犯人としての十分な証拠が必要な訳ではない。犯人であることを証明するだけの証拠を集めることはできない。
それが、捜査をする権利がない彼が見つけた結論だ。真実を突き付けた結果、相手がどんな反応をするのかは、もはや誰にもわからない。が、それでも、それをすることで、報われる想いがある。そこには、上田優の想いもあるのかもしれない。
奥平にとって大事なのは、これまで話を聞いてきたたくさんの人の想いだ。自分の背中に乗っている期待だ。だから、ある意味では、彼がやろうとしていることは自己満足的な行為だ。自分が出会った人のための行為だから、それは自分のためだ。
くだらない理由から始めたこの行為は、やはりくだらないような理由で終わりそうになる。が、本人にとっても、周囲にとっても、この町の人間にとってもそれはくだらないものではない。犯人を一刻も早く知りたいと、みんなが思っているのだ。
ということは、くだらないわけではないということだ。どれだけ自己満足的な理由からそれをしていたとしても、周囲の人がそれによって救われるのであれば、それは、十分に意味があるものとなる。そこには何かしらの価値があるということだ。
俺はもう眠ることにした。なので、椅子から布団へ移動する。もうすでに眠るための準備は全て終わっているので、眠くなることができれば、眠ることができる。
問題は、眠くなることができるのかどうかだが、最近の俺は夜に眠れるようになったので、きっと、問題なんてないはずだ。布団に入ればすぐに眠ることができる。
そう思って布団に入るも、寝付けない。さっきまで振り返っていたことが頭の中でリフレインして、事件のことばかりが巡る。それでも、疲れている俺はすぐにでも眠ることができるはずだ。慢性的な疲労状態のことを考えれば、眠れるはずだ。
眠れるはずだが、眠れそうにない。とはいえ、どうせ眠気はやってくるはずだ。いつやってくるのかはまだわからないが、いつかはそれがやってきて、眠れる。
眠っても日常は戻ってこない。犯人を捜す日々が日常になってしまっていて、そうではなかったはずの日常はどこかへと消えてしまった。どこへ行ったのだろう。
この事件が終わって、日常生活へと戻るイメージができない。俺は、この探偵ごっこ、もしくは警察ごっこを、子供じみたごっこ遊びを終わらせなければならない。
当然のように、それが終わってほしい気持ちが俺にはある。それと同時に、終わってほしくない気持ちもあるような気もした。ずっと犯人を捜していたいと思った。
この町で起こっているのは殺人事件だから、そんなことを思うこと自体が間違っている。が、そんな不道徳なことを思ってしまうほどに、俺の生活の全てだった。
そんなことを考えていると、俺は無事に眠たくなった。なので、眠ることにした。そういうモードに切り替えることによって、しっかりと睡眠を取ることにした。
奥平米は眠った。夢の世界でも、事件のことを考えている彼は、それがなくなった自分のことを考えるのが嫌になるくらいに怖かった。自分の視界の外に置いた。
それだけが彼の全てである、わけでもない。が、また田舎特有のコミュニケーションをするだけの日常へと戻るのか、と思うことで、嫌気が差してしまっていた。
それは、恐怖でもあった。なので、触れないようにしていた。自分という存在が変わってしまうほどの出来事に出会ったことによるショックは、とても大きかった。
都会のことを考えることはなかった。都会へ移住することは、彼のイメージの中にはなかった。ずっと、この町で生きていくつもりだ。変わりたいわけではない。
彼は、本来は変化が嫌いな人間だった。それなのに、事件のことを追うために、彼は、変化を強いられている。その変化は彼にとってはいい変化なのかもしれない。
これが終われば全てが終わる、と彼は、思っている。が、実際問題、ここまで粉骨砕身殺人事件の犯人を捜している奥平米は、これが終わっても全てが終わるわけではない。終わったとしても始まりでしかなく、新しい出来事がやってくるだけだ。
彼がやっていることも、当然のように、この町の噂の一つだった。それは良い噂ばかりではないが、悪い噂ばかりでもないのだった。それは始まりの予感でもある。
もう戻ることができない日常を愛しく思う暇すらなく、彼の日常は前へと進んでいく。殺人事件が人を良い方へ変えるなんて、皮肉な話だと思う。が、仕方がない。




