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秋葉光と久保春。前と同じように、沈みかけた太陽の下で、小さな公園で二人と会話をした。その結果、やはり、『春野和樹は人殺しではない』、と、俺は思った。
前と同じように、ベンチに座った二人。そして、前と同じように、立ったまま二人と話している俺。構図は変わらないが、殺人事件の捜査は大きく進展していた。
彼ら二人は、春野和樹が、ストーカーをしていたことを、彼らに復讐を遂げようとしていたことを知っていた。それでも「アイツは犯人ではない」と断言していた。
彼らの断言は、どこまでも透明な断言であって、俺のような人間が、春野和樹のことも、上田優のことも何も知らないのに事件に首を突っ込んでいるような人間が疑っていいような言葉ではなかった。なので、俺はそれを信じることにしたのだ。
その瞳は、俺のことすらも、小汚ない男である俺のことすらも見逃さないようにしているような瞳であり、自分たちの断言によってどんな反応が来るのかをビクビクしながらも、俺の言葉を勇敢に待っている、信じるに足る、透明な瞳だった。
俺にも思うところは当然にある。が、それでも、大前提として『春野和樹は人殺しではない』、と、思うことにした。そうすることで、前に推理を進めることにした。
俺は二人に告げた。『奥平米は春野和樹を人殺しだと思わない』という旨を二人に伝え、そして、それを踏まえて推理をすることを、犯人を見つけることを誓った。
それを言った後の彼らはとても安堵した表情をしていた。自分たちの存在すらも受け入れられたような、肯定されたと思っているようなとても安らかな表情だった。
その前提を共有したことで、二人は、二人なりに調べていた情報を俺に教えてくれることになった。そして、それを俺は、当然のように受け入れることにした。
二人曰く、彼は、春野和樹は不登校ぎみになっていたらしい。それは別に不思議なことでもないが、これだけ話を聞いていたのに知らなかった、新しい情報だった。
彼は、徐々に学校に来ない日が増え、いつの間にかほとんど学校に来なくなっていたらしい。それを聞いて俺は、その間にストーキングをしていたのだと思った。
イジメをしていたグループの人間の家の前に張り込んでいた。もしくは、数時間にも及ぶ張り込みで疲れた体を癒すために、彼は学校に来なくなったのだろう。学校に行けなくなったということもあるのかもしれないが、それだけではないはずだ。
普通であれば悲惨な結末でしかない。イジメを受けたことで、ついに不登校になってしまった。そんなのは悲惨な結末でしかない。が、春野和樹の場合は少し違う。
彼には何か、明確な目的があった。その目的を果たすために、学校へ行く時間さえも惜しんで、何かを捜し続けていた。きっと、イジメの証拠を確たるものにしたかったのだろう。誰が見てもイジメをしていたと認めるような証拠が必要だった。
しかし、家に張り込むことで得られるイジメの証拠とはなんだろうか。ポストに何かを投函することで得られるイジメの証拠とはなんだ。そこまで深くは考えていなかったのかもしれないが、そんなことをしても得られる情報なんて限られている。
もしかすると、何か別の目的があったのかもしれない。然るべきタイミングで、イジメの証拠を公開する以外に、春野和樹には、何か、別の目的があったのかもしれない。もっと純粋に、直接的に復讐を果たそうとでも考えていたのだろうか。
嫌がらせをするために張り込みをしていただけなのかもしれない。しかし、ポストに何かを投函することが嫌がらせになることはわかるが、数時間も家の前に突っ立っていることが、しかも、防犯カメラがなければ気付かれなかったようなやり方で、誰にもバレないようにそれをしていることがなぜ嫌がらせになるのだろうか。
何か、底知れない何かがあるような気がした。仄暗いような、暗然としたような気持ちが彼にはあり、その発露が上田家のことを蝕んでいったのかもしれない。
春野和樹のことが、彼が上田優に対してしたストーカー行為が、上田優殺害の遠因になっていたとしたら、それはとても因果な出来事であると思う。巡り巡った因果に殺されることになった上田優は、あの世でどんなことを思っているのだろうか。
本当にあの世などというものがあるのかは俺にはわからない。俺は、神様のことも、死後の世界のことも『わからない』と仮定して生きている。わかり得ない。
春野和樹が犯人ではなくなった以上は、俺が疑うのは、上田令と、上田日和の二人となる。二人とも、自分たちがストーキングされていたということが、日常の中で、かなり大きなストレスとなり、結果的に、その矛先が上田優へと向かった。
仮に、両親が、上田優がイジメをしていることを知っていたとしたら、真相が明らかになったとも言えるかもしれない。イジメの件を張本人に問い詰めている中で、話し合いが激化し、いつものように虐待にまで発展し、最終的には殺すに至った。
それが真実である証拠を集めるためには何をすればいいのか。家庭内で起こった、非常にプライベートな出来事を追いかけるのは、もはや警察でなければできないのではないだろうか。俺は、これ以上は前に進むことができない、のかもしれない。
奥平米はいつものように、いつもの服装をしていた。ネズミ色のダウンジャケットは、犯人を捜すのにはちょうどよい暖かさで、それ以外の服を着る意味はない。
秋葉光と久保春の二人は、制服を着ていた。寒いのか、久保春は前はしていなかったマフラーをしていた。日が増す中で、寒い日も増えていた。毎日が進んでいく。
変わりゆく季節の中で、その輪郭だけを残していく上田優や春野和樹。奥平には彼らの顔もわからなかった。が、それでも、二人は、今の彼の人生にとって、もしかすると、これからの人生にとっても、最も大事な存在なのかもしれないのだった。
人生が変わってしまうほどの、存在が変わってしまうほどの出来事であった。これがある場合とない場合では、全てが変わってしまうほどの、大きな出来事だった。
真実が近くなれば近くなるほど、奥平米にできることは少なくなる。やらなければいけないことがあるにも関わらず、それをやる資格を彼は公に与えられていない。
それでもやらなければならないのだった。彼の目の前にいる、普通の人間二人は、この事件のせいで普通ではなくなり、どこかが変な異常な人間になりそうだった。
殺人事件とは、そして、それの犯人に友人が疑われているということは、人間の意識を普通ではなくするだけの出来事だった。それは悪いことではないが、そうだ。
彼らは、しっかりと捜査に協力したいと思っていた。なので、それを奥平米に伝える。一人では行き詰まってしまいそうだった彼は、その誘いを受けることにした。
秋葉光と久保春の二人にも、犯人を捜してもらうことにした。もはや、今からそれを諦めるという選択肢は、どこにもなかったので、誰でもいいから、力を貸してくれる存在が必要だった。奥平米が一人で解くにはあまりにも難しい問題だった。
俺一人でできることには限界がある。春野和樹が不登校だったという、調べ始めてからすぐに知っていたとしてもおかしくないようなことを、俺は、知らなかった。
彼も、彼女もモヤモヤとした感情のせいで、まともに日常を過ごせなくなっているのだろう。こんな、寒くなりゆく季節の輪郭で、どこにも行けないで困っている。
春が来るのはまだ遠い。今はこの中で、必死になって生きていかなければいけない。殺人事件があった田舎で、他人を疑いながら、そして、悲劇を頭の片隅に想像しながら、上田優の死体がどこかにこびりついた頭で、この町の住人は、俺たちはこの、平和だったはずの田舎で生きていかなければいけない。それ以外にはない。
俺は、二人に俺の推理の全てを話した。上田優が虐待されていたことも、それをしていた上田令と上田日和が事件の犯人だと思っているということも、全て話した。
二人はそれを意外そうな顔で聞いていた。きっと、彼らにとってもそれは意外なことだったはずだ。悪人であった上田優にも、被害者的な側面が確かにあったのだ。
とはいえ、二人とも、それだけで上田優を許すわけもない。が、昔からの友人であった彼らは、上田優のことを、どこか憐れんだような顔で、受け入れるのだった。
こんな田舎では、みんなが友だちだった。みんな友だちであるはずだったが、彼は春野和樹をイジメるようになった。それのせいで、この町の人間関係は崩壊した。
彼らは許せるわけもないのだった。が、それを責めるつもりにもなれなかったのだろう。もうすでに死んでいる人間に対して、本気で怒ることなどできないはずだ。
俺はこれからも色んな人物から話を聞いていくことになる。その中で、新しい容疑者が出てくるかもしれない。しかもそれは今の俺が知らない人間かもしれない。
そうなってしまったら、俺が今やっていることはとても軽薄なことになってしまう。疑わしくない人間を疑うなど、そして、それを知り合いに吹聴するなどあまりにも薄っぺらい、信じるに値しない人間のやることだ。誠実さの欠片もない。
それをわかった上で、俺は二人に俺の推理を話した。二人が闇雲にそれを広めないことを祈るばかりだ。そもそも、俺は、聞いてはいけないことまで聞いている。
堀野琴音は、きっと、知るのは俺だけだと思ったから秘密を話すことにしたのだ。それなのに、他にも二人、彼の特殊な事情を知っている人間が増えてしまった。
俺は、他人にそのことを言うのを禁じた。二人はそれを真剣に受け入れてくれたはずだ。が、実際、人間なんて、本当に信用できるかどうかなんて結局わからない。
それでも、俺は二人を信じることでしか犯人に辿り着けなくなっている。春野和樹のことを犯人だと疑わないことでしか、犯人を見つけ出すことができなくなった。
普通のやり方で、俺のような、何も権限を持っていない人間が、真相に辿り着けるはずがない。何度も何度も、覚悟ゆえの醜い言い訳を自分に唱え続けるのだった。
どんな手を使ったとしても、真実に辿り着く必要がある。ここにおいて、俺のくだらない世間体などはどうでもいい。俺は、クズになったとしてもいいから真相を知らなければならない。絶対に犯人を見つけ出さなければならない。どうしてもだ。
「私たちにもできることがあるはずですよね」
「あるだろうね」
「何か必要なことがあったら言ってください。手伝います」
「ありがとう」
「犯人の証拠、見つけられるはずですよね」
「そうだね。見つけられるはずだ」
「でも、最終的にはどうするんですか?」
「俺が犯人に向かって、真実を突き付ける。危ない橋を渡ることになるから、二人のことは当然のように伏せておく」
「大丈夫なんですか?」
「危険ではある。でも、やらないと、何も始まらない」
「ありがとうございます。私たちの代わりにそこまでしてくださるなんて」
「俺には俺の都合があるから。俺のためでもある」
「ちゃんと、使える情報を集めるつもりです。上田家の二人が犯人である証拠を見つけ出すつもりです」
「それはまだ確定した事実ではない」
「そうでしたね」
もうやらなければならない。俺には限界がある。だから、やるべきことは、直接対決だ。犯人に向かって、面と向かって、俺の推理をぶつけ、それを認めさせる。
そうすることでしか、俺は、この問題を、この町を悩ませている殺人事件を解決することができない。警察の捜査を待つのであれば、何もしなくてもいいが、そうではないなら、自分で動かなければならない。計画性などなくても、それをする。
俺たちは、話を終わらせて解散することにした。この町の夜は早いので、あまり子供たちを公園に長居させるのはよくない。それぐらいの道徳は俺にも一応あった。
そもそも、それは子供を利用して事件を解決しようとしている人間が説くような道徳ではないが、それでも俺は二人を空がもっと暗くなる前に帰らせることにした。
別れ際の二人は、やる気に満ち溢れているようだった。家に帰ってすぐに何かしらの捜査を始めるのではないか、と思えるほどの熱が、そこにはあるように見えた。
沈んでいく太陽の中で、暗くなっていく表情。本来ならば読み取れるはずの感情さえも読み取れなくなってしまうこの中では、対面している人間の顔を見るということは、自分を見るということのようだ。二人を写し鏡にして、自分を見ている。
自分が思っていることが向こうに反映されているだけなのだ。なので、二人から熱が読み取れたということは、俺の中には熱が確かにあるということなのだと思う。
軽い挨拶をして、別れ、一人で公園に取り残される。立ったままの俺は、しばらくの間は考え事に取り憑かれていた。犯人に真実を突き付けることになったので、それのことについて、どのようにして犯人と対面するのか、について考えていた。
本当にそんなことが、俺にできるのだろうか。俺は、上田家に赴いて、息子を亡くしたばかりの二人にそんなことを言うなどという非常識なことをするのだろうか。
本当に犯人だったとしても、それは言っていいことなのだろうか。特に、俺のような部外者がそれをしていいのか。とにかく、考えていた。が、結局のところ、全ては、もう少し先の出来事でしかなく、今、目の前で起こりそうなことではない。
俺が何をするのか、それは、今の俺には全くわからない。なぜならば、去年の俺は、この町で殺人事件が起こることも、それに兄が巻き込まれることも、俺がそれに首を突っ込むことも、突っ込みすぎて抜けられなくなることも知らないからだ。
未来のことは、未来の俺しか知り得ない。それならば、今の俺は、俺にできることを必死にやるしかない。犯人を見つけるために動き始めたのであれば、犯人を見つけるしかない。それからのことは、これから先の俺が考えることになるのだ。
しばらく突っ立っていた俺は、考え事を止めて、歩き始めた。もはや俺一人のための捜査ではない。やらなければならないからやるしかないというのが俺の結論だ。
奥平は、くだらない理由から始めたことに命を懸けていた。それは本当に命を懸けていたので、彼自身の社会的な地位すらも行動の天秤にかけてしまいそうだった。
許されないことをしたとしても、真実を犯人の前に突き付けたいと思っているのだった。そういった、どこか歪さのある覚悟が、彼の中には芽生え始めているのだ。
本人すらも目を背けたくなるそれに、彼はまた目を向けることになる。それまでの間は、何も考えずに、ひたすらに事件のことだけを、犯人のことだけを考える。
辿り着いてはいけない場所に辿り着きそうな奥平米は、きっと、それによって自分の存在がダメになったとしても、それを後悔しないのだ。落下を仕方がないことだと受け入れ、落ちていく自分を客観的に眺めながら、不敵に笑うことになるのだ。




