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 結局、上田令が犯人なのかはわからなかった。警察でもなんでもない俺が、今の段階で殺人の証拠を掴むことは、そもそも不可能だったのかもしれない。それは、犯人の捜査が進めば進むほどに明らかになっていき、終わった今に明白になった。

俺が知れたのは、上田令が、自分の息子である、上田優を虐待していた、可能性が非常に高いということ。知れたといっても、それすら確定した情報ではないのだ。

そして、俺が手に入れた証拠は、上田令が、都会の歓楽街の、いかがわしいホテルから、若い女性と出てくる写真だけ。これは、浮気の証拠としては十分なものだと思われる。身を寄り添っているその姿はどこからどう見てもカップルだった。

しかし、それは――だからなんだ、と言ってしまえば、それだけの話ではある。浮気をしていたからといって、それが殺人にまで結び付くことはない。基本的には、警察のお世話になるような話でもないだろう。家庭内で解決すればいいことだ。

そんな状態で、俺は、上田令の家まで向かうのだろうか。そこへ行き、上田令に向かって、これまでの推理を、俺の中で真実となっているものを突き付けるのだろうか。これまでの推理など、それほどの価値があるものでもないのに、それをする。

やはりそれは狂気の沙汰でしかないようだ。どう考えても、証拠は不十分であり、話を聞いてきただけの俺という人間は、そんなことをしていい立場ではない。

俺は真実を知りたいと思っている。そして、その知った真実の一部を広めることによって、春野和樹や、俺の兄などの、この事件によって人生を狂わされてしまった人間の人生を多少は元に戻したいと思っている。元に戻らないことはわかった。

ハッキリと言ってしまえば、後半の理由、みんなの人生を元に戻したいという理由は後付けの理由でしかなく、俺が動き出すことになった一番の理由というのは、シンプルに、『この事件の真相を知りたい』という、くだらない理由からだった。

未だに頭の中はそれがほとんどかもしれない。後半の理由が俺の中に全くないということはない。が、やはり、俺が動いてきた理由のほとんどはくだらなかった。

自己満足だけでここまでやってこれたのはある種の狂気だ。その狂気をこれからも継続するのかどうかという話だ。その顛末まで俺は歩いて向かうのかという話だ。

俺は前提としてどうなりたいのだ。そこが曖昧なままでは、答えなど出ないままタイムリミットがやってきて、曖昧なままで終わってしまう。それは避けるべきだ。

俺は、大前提として、この事件の真相が知りたい。そしてそれは、警察の発表や、マスコミのニュースや、裁判などでいずれ明らかにされるのだろう。そう考えれば、その大前提を満たすために、わざわざ上田家まで向かう必要はほとんどない。

時間の問題だ。時間さえ過ぎれば、この事件の全ては、明らかになる。開示された情報を見れば、俺は十分に納得することができる。それでいいはずだ。が、そうであってはいけない理由があるとしたら、それは、俺が、様々な人から話を聞いてしまっているという理由だ。これは、もうすでに俺だけの問題ではなくなっている。

それらを無下にして、何もせずにジッと待っているということが、許されるのだろうか。俺は、それは許されないような気がした。なので、動かなければならない。

上田家に行く以外に、何か有効な行動があるのかを考えてみるも、何も思い付かない。やはり、行動するとしたらそれしかないのだ。息子を亡くした二人の元へ行き、確たる証拠もないのに、犯人扱いする以外には何も行動することができない。

それだけではなく、上田令が浮気している証拠を突き付けようとしているのだ。これから、悲しみとともに生きていかなければならない二人に、そんなことをする。

それは許されないことのような気がする。正気や、狂気という言葉以前に、許されないような行動をしようとしている気がしてきた。俺は、何をするつもりなんだ。

奥平米は、いつものように、自分の部屋の、勉強机の前の椅子に座り、天井と二つの壁によってできた隅を眺めていた。そこに何かがあるように、そこを見ていた。

もうすでに眠るだけという状態を作ってそこに座っていた。それでも、今晩に関しては眠れそうになかった。本当に一睡もせずに夜を越えてしまいそうなのだった。

真っ暗な部屋の中で、ひたすらに同じことを考える奥平。本当はもう考えるべきことなど何もなかった。あとは覚悟をする、もしくは取り戻す必要が彼にはあった。

彼は普通の人間ではない。だが、だからといって異常な行動だけを取るというわけでもない。彼には彼なりの論理があり、その上で正しいことをしようとするのだ。

結局のところ、奥平米は、上田令が犯人である証拠など見つけられなかった。しかし、それで手を引けるほどに浅い、何もないところに彼がいるわけではなかった。

進むにしても、戻るにしても、足取りは重くなる。それは、兄が遺体の第一発見者という、薄い繋がりから、この事件の捜査を始めた因果が巡ってきているだけだ。その因果は彼を直視するためにこの世界にやってきた。逃げることは許されない。

それでも、これまでの行為の全てが無駄である、などということはない。意味のあることも、価値のあるものもあった。が、それを生かすのも殺すのも彼次第だ。

この世界に突然やってきた、現実。その現実を見せてくれたのは、異常な行動で、上田家を崩壊させることに成功した、春野和樹。彼の写真がなければ、奥平米は狂気のままに行動し、この町では有名な狂人として語られることになっただろう。

とにかく悩んでいるのだった。俺は、どうすればいい。これまでの推理は、それなりのものになっているはずだ。証拠はないが、間違っているところはないはずだ。

高校受験に失敗した上田優。それをきっかけに、我が子に虐待をするようになった、上田令。悲惨な日々が続く中で、彼らの家にストーカーが、春野和樹が現れた。それは、彼らにとって現実だった。俺の元にやってきているのと同じ現実。

ストーカーとなった春野和樹は、上田優にイジメられていた。復讐を果たしたいと思っていた彼は、上田家のポストに、上田令の、浮気の証拠写真を投函した。それを見た彼は、可哀想な父親は、きっと、どうにかなってしまいそうだったのだ。

自分の息子がイジメをしていたことも、その時に知ったはずだ。それら全てのストレスは、虐待に向かっていき、結果的に、上田優を殺すことになってしまった。

俺はこれを語らなければならないわけだが、これを本人の前で話すつもりだなんて大した男だ。そんなことをしてしまえるほどの度胸など、俺にはないのかもしれない。それに、もしも本当にそれをやるとなったら気持ちが重たくなってしまう。

俺だってそんなことはしたくない。したくなければしなければいいわけだが、これは、元々はやるしかない、やらなければならないことだったはずだ。逃げられなかったはずなのに、俺は逃げようとしている。覚悟らしき何かはどこへいったのか。

それでも、現状は何も変わっていない。それゆえにやる必要があるのは今も変わらない。このまま何もせずにいれば、警察が、上田令のことを、どこか聴取をするための場所に連れていって、全てを終わらせようとしてしまう。終わらせてしまう。

待っているだけでは俺の人生も、俺の未来もどうにもならない。どちらの道を進むにせよ、俺は決断をしなければならない。その結果をしっかりと受け止めたい。

不思議なまでに眠気がなかった。外はもう真っ暗になっている。気まぐれにカーテンを開けた先にあるのは、等間隔にある街灯だけだった。それ以外の灯りはない。

そして、そのカーテンを閉めた。何もないことを確認したので、それを開けておく必要がなくなった。窓にうっすらと写る、馬鹿げた自分を見るのは好きではない。

もし仮に、犯人が上田令ではなかった場合、俺はもうこの町には居られなくなるだろう。こんな何もない夜の景色を眺めるのも、今日が最後かもしれない。そう思うと、それはそれでいいような気もした。ここから去ることは悪いことではない。

もちろんそれは、俺が、上田令に、真実らしき何か、俺が真実だと思い込んでいる何かを突き付けた場合の話だ。何もしなければ、ここから去らなければならないような現実がやってくることはない。何もしないという選択肢が俺には確かにある。

動かないというのは、十分に正解として成立し得る行動だ。動かなければ、俺は、人生における正解を掴み取ることができる。少なくとも、失敗することはない。

逆に、動けば、俺は、人生における不正解を押し付けられることになる。そんな気分だ。理性が、動かないことを求めている。が、それだけで動けなくなるほど、俺は、理性的な人間でもなかった。理性的であるよりも、本能的な人間なのだった。

俺は、動かなければならないと思っている。上田令に俺の推理を聞かせる必要があると思っている。そんな思いが頭から離れず、ずっと巡っているのだ。離れない。

動いた後にも動かなければならない。犯人の捜査に協力してくれた数人に、真実を突き付けたことで上田令がどのような反応をしたのかを教えなければならない。

別に彼らのことを信用していないわけではないが、全員に話終えた頃には、その話は町全体に広がっているだろう。この町ではどこかから、秘密は漏れ出していく。

そうなれば、春野和樹も、俺の兄も、今よりも生きやすくなるはずだ。上手くいけば、二人とも部屋から出られるようになるかもしれない。しかしながら、そんなに上手くいくわけがないとも思う。ここまで知ってしまった俺は、そうならないことを知った。春野和樹という人間の抱えているものが、複雑であることを知った。

それに、春野和樹がしていたストーカー行為が、この町のみんなに知られることになってしまったら、きっと、彼は、今まで以上に生きにくくなってしまうだろう。

この町の人たちは、そこまで道徳的でもないはずだ。だから、イジメを受けていたという前提をすっぽかして、彼がストーカーをしていたことだけに焦点を当てる。

俺はそんな現実を望んでいるのだろうか。俺には春野和樹を救いたいという想いもあったはずだが、それを満たすためには何をすればいいのか。俺が救えるような相手なのかすらわからない。本当は、俺には何も力なんてないのかもしれない。

俺に彼を救うことはできない。この事件の犯人を、この町の人々が知ったところで、もはや彼は救われないだろう。俺は、春野和樹は自分が犯人だと疑われているから部屋にこもっていると勘違いしていたが、それだけの簡単な話ではない。もっと深刻な問題が彼にはあり、どうしようもなくて、自分の部屋で苦しんでいる。

俺は部外者だ。俺は、この町の住民であるというだけで、あらゆる場面において部外者でしかなく、単純に事件に首を突っ込んでいるだけの、野次馬でしかない。

今日はやはり眠れそうにない。どこまでも俺の思考は潜っていく。さらに、もう何かを探す必要がないという安心感が、俺から睡眠を奪い取った。それを受けて俺は、悪い気分だけでもなかった。重圧から解放されたような気持ちでもあった。

後は決めるだけだ。でも、結局のところ、俺の心は、決まっているような気がした。それの言い訳をしているだけで、本当は、もう決まっているような気がした。

おそらく俺は、上田令のところへ向かうのだと思う。そして、未熟な推理を相手にぶつけるのだ。それをすることの弊害を理解した上で、それをしようとするのだ。

なんてくだらない人生だろうか。俺が真実を突き付ける理由も、本質的にはやはり好奇心でしかないのだ。他人のためを思うのであれば、ここで引いた方がいい。

たまたま上田令が犯人であることを祈るばかりだ。これまでの推理がたまたま全てあっていて、俺は無事に探偵ごっこを終える。そんな未来がやってくることを願うばかりだ。それがなかったら、俺は、恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。

眠ることができない俺は、カーテンをまた開けた。そして、等間隔にある街灯を見るのだった。それはまるで人魂のようであって、何か言いたげに俺のことを見つめてくるのだった。それを受けて俺は、放心状態になる。何かに取り憑かれたようになる。もうすでに取り憑かれていたが、また新しく、俺は何かに取り憑かれた。

まだわからない。俺がどういう選択を取るのかは、まだわからない。心の底から上田家に行きたくないと思っている。が、それとは関係なく、俺はそこに行くことになる気がする。自分に取り憑かれているのだ。俺が俺の思考に取り憑かれている。

嫌になってしまいそうだ。だからこそ、この嫌な気持ちを引っ張ることなく、すぐに終わらせなければならない。もはや推理など当たっていようが外れていようがどちらでもいい。どちらでもいいわけはないが、そう思うことにしないといけない。

ダメだったら引っ越すことになる。が、そうなると、必然的に、俺の家族が余計なことを言われ続けることになる。なんて無責任な人間なんだろうか、俺たちは。

こんな田舎で、目立ったことをする意味などない。俺のように、何か特別な地位にいるわけではない人間は、慎ましく生きていれば、それでよかったはずなのだ。

それなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。もしも俺が過去に戻ったならば、間違いなく犯人を捜すのは辞めておくだろう。そんなことをしたからこんなことになっている。好奇心に負けたからこうなっているわけだ。完全な敗北だ。

この足取りのことを肯定するためには何をすればいいのか。犯人の正体がわかってさえいれば、もう少し楽な気持ちでそれをできたはずなのに、わかっていない。

上田家には上田家の秘密がある。それを暴くことは俺にはできないわけだから、どうすることもできないわけだが、それで片付けることはどうしてもできないのだ。

どうにもならないので、どうなるのかは未来の俺に任せるとしよう。俺は、未来に対して希望を抱くことにした。そうしないと、どうにかなってしまいそうだ。

どうやら結論らしきものが出たので、俺は寝てしまいたかった。が、どうにも眠ることはできないので、俺はひたすらに目が覚めているだけだった。覚めた頭で、これまでの自分のことを、無限と思えるほどにずっと振り返っているのだった。

振り返りながら、何度もカーテンを開けて、朝がやってくるのを待った。何回目かのそれをした時、空の低いところから、淡い光が昇ってくるのが、やっと見えた。

それを見て、俺は安心した。理由すらもわからないが、どうにかなるのだとわかった。俺は俺を信じて行動すればいいだけだ。そんなことを今さら眠たくなってきた頭で、考える。俺は、そのままいつもよりもゆったりと、出勤の準備を始めた。

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