ヰ130 事後処理
「……君が向井君だね。」
厳しい表情をした男性が、
向井蓮の肩に手を置きながら言う。
隣には、青ざめた顔の赤穂時雨の母親が、立っているのもやっとという様子で、この美少年のことを見つめていた。
「君のこと、娘からよく話は聞かされていたよ。……来てくれたんだね。……良かったら娘に会ってやってくれないか……」
「い、意識が戻ったんですか……?」
「いいや……。ずっと眠ったままだ。」
時雨の父親がそう言うと、横に立つ女性が堪らずホロホロと涙を溢し始めた。
男性は妻を横から抱き支えると、
「会ってやってくれないか……君なら……あるいは…もしかしたらあの子も気付くかもしれない……」と言った。
「はい。」と言って蓮は一人で病室に入っていく。
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ベッドには、見慣れた姿のカーリーヘアの少女が眠っていて、蓮は後ろ手にカーテンを閉めると、
溜め息をついた。
……時雨ちゃん……。昨日はなんかメッチャ怒ってたな……。恋は女を修羅にする…と言うけど…。あれは殆ど阿修羅になっていたな。
と、言うかあの姿は阿修羅を滅ぼすカーリー神と言うべきだったか……。あれ?カーリーと阿修羅って、見た目はどう違うんだったっけ?それぞれ腕が何本あるんだっけ?
4本?6本?どっがどっち?
……まあ、いずれにせよ、時雨ちゃん、相当怒ってたよな。第3の目が開くくらいに……。
蓮は、時雨の額に貼られた大きな絆創膏を見つめた。
第3の目ってなんだよ……。第3のビールかよ……。
あれ?第3のビールって、ビールや発泡酒と何が違うんだっけ?酒税法が改正されたから現在は発泡酒もビールも同じ区分になったんだよな…。ったく…政府も税金を取りたいからって酷くない?庶民から安いアルコールを奪うなんて…ああ、まあ何にせよ早くビールが飲める歳になりたいな……。子供ってのはストレス解消する手段が少なくて困るよ……。
診療所全体に張り巡らされた、五十嵐葉南による『古賀流総合警備SICOM結界』と、ネルネが昨日かけた忘却魔法の効果の名残が、
はからずも、今回の事件の目撃者達の魔王に関係する記憶と認識を曖昧なものにさせていた。
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「スカー、スカー……」
眠っている……。時雨ちゃんは確かに眠っている。
「むにゃむにゃ……
…もう食べられないよ……」
いや、これ、意識がないとかじゃなく、普通に眠ってるだけじゃないの…??
「食べるぶん以上はコロさないよ……むにゃむにゃ」
……なんか怖いこと言ってない……?
「れんくん……」
「……れんくん……そこにいるの?」
蓮は一瞬後ろを振り返り、時雨の両親を呼ぼうとカーテンに手をかけた。
「まって!」
時雨の声を聞いて蓮が立ち止まる。
「まっくら……何も見えない……」
「いや、目を閉じてるからでしょ……」
「ん?開けてるよ?」
「いや、閉じてるよ。」
「なんか目の上に貼ってあるみたい……」
そう言いながら時雨は、額の上にある絆創膏を指を使って剥がし始めた。
ペリ……
「あれ?気のせいか。」
時雨は、パチッと目を開けると額の傷跡を痒そうに掻く。
「カサブタを剥がすと治らないよ。」と、蓮は優しく声をかけた。
「あ、蓮くん……あれ?ここはどこ?」上半身を起こした時雨がキョロキョロと辺りを見回す。
「新宿の診療所だよ。豊子キッズビルの近く。」
「……なんで私がそんなところに寝てるの?」
「……さあ。」
「……今日は何日?」「3月15日。明日は卒業式だよ。」
時雨はしばし考え込み、「3月14日……過ぎちゃった……?」と言った。
「まあ、その……過ぎちゃったと言えば過ぎちゃったけど…」と蓮は言い、「ハイ。1日遅れちゃったけどホワイトデーのプレゼント。チャッ●も言ってたけど、『形が残る物は女の子に喜ばれない』と思ったから…、溶けない粉糖で作った砂曼荼羅だよ。……昨日、落っことしたせいでただの粉になっちゃったけど……」と言って、手に持った潰れた箱から、近くにあったお皿の上にザザ~~とカラフルな粉を流し入れた。
「……それ、よく持ち運ぼうと思ったよね……」と時雨は呟き、「でも嬉しい。」と言った。
蓮はお皿の上で、指を使って粉糖を色分けしながら「……念のため言うと、まだホワイトデーのプレゼントは誰にも渡してないよ。」と言った。
「ホント?!」「……あ、嘘、ごめん。お母さんにはあげた。」「……まあ、それはいいでしょう。脳幹にしてあげます。」
「と、いうかね、実はね、睦美ちゃんや飛鳥めいずにもあげようかと思っていたんだけど…、全部潰れて混ざっちゃった……」
時雨は一瞬、キッ!と蓮を睨んだが、「……蓮くん、ちょっとこっち来て」と3本の指に絆創膏をした手でオイデオイデしながら言い、「ん?」と近寄ってきた美少年の胸に、……軽くグーパンをした。
「じゃあ、これ全部、私がもらっていいの?」
「……ああ、いいよ。そんなんで良かったら。」と蓮が諦めたように微笑みながら小さな声で言う。「キャー~微笑年♡」と言って、時雨の手がパチン☆と蓮の頬を打つ。
……痛い…。
時雨は上機嫌で、お皿を口に持っていくと、……ザラザラザラザラ~~と、色とりどりの粉糖を流し込んでいった。
そして、「わちゃしの、勝ちよ……」と口の中に頬張った砂糖をクチャクチャと噛みながら満足そうに呟いた。
「時雨ちゃん?……一応、チョコをくれた飛鳥めいずにはお返ししてもいいかな?」
時雨は奥歯に挟まった砂糖の固まりを舌でどかしながら、「……みゃあ、いいけど?それであの女からは、ビャレンタインに何をもりゃったの?」と聞いた。
「あー、チоコボールだよ。初めは誰からもらったか分からなかったんだけど、金のチоコボールが当たるまで毎月送られてくる契約になってるみたいで、……今週も1箱届いたんだ……金に糸目をつけないあのやり方は、間違いなく飛鳥めいずだ……。僕は彼女が嫌いだけど、お返しはしないとね……」
「心をこめる必要はないんじゃない?……お返しは千本(針)スター1個で十分でしょ……まあ、蓮くんが募れば千人針ならすぐ集まるでしょうけどね?そうだ!蓮くんのお誕生日には、私が『一人千人針』の腹巻きを作ってあげる!」
「……な、なんとなく……君が作ってくれたやつなら、ホントに弾除けの効果があって、戦地から生きて帰れそうな気がするな……」と蓮は言い、「そろそろご両親を呼ぼうか?」と言って笑った。
「け、結婚の報告??さ、さすがにまだ早いのでは……」と顔を真っ赤にした時雨が布団を被ると、
蓮は………
……向こうの部屋で設楽居海人さんとねりけしちゃんが出会ったのに……歴史修正が発動しない……。これは…ひと山越えたな……。と思い、
……未来は白紙だ。……ここからは焦らず成り行きを見守ることにしよう……。と、ベッドの上でお化けのように盛り上がる物体を見ながら微笑んでいた。
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別室では、無頼孔雀の助手、ピンクナースのメジ子が、鶴子を椅子に座らせて腕を組んで立っていた。
「ナンバーツー?最近はどうなの?あれから乃望竹千代と接触はあったの?」
金のエスカルゴヘアを柔らかく輝かせ、メジ子が小声で尋ねる。
「……それは言えませんが……昔の御恩も御座いますので……一応事実を申し上げますと、接触しておりません。基本、接触はネルネ様のみですので。」「ふうん……嘘ついたら、くすぐるわよ?あ、あとTHE剤ガンを返してね。……貴女、THEは治ったの?」
「……はい。お蔭様で……」そう言いながら鶴子はスカートの下からピンクのリボルバーを抜き、メジ子に返却した。メジ子は慣れた手付きでシリんだーをカチャッと開けると、実弾が装填されていないことを確認する。
「もう一つ質問いい?豊子塾のことだけど……、最近もシルバージンは来てるの?」
「はい。週に2回来ております。豊子塾の子供達の洗脳に熱心に取り組んでおりまして……最近はパイ損を使用してシンプルなAI開発やデータ分析、業務の自動化なんかを教えていますね。」
「……あの女、目的を忘れてない……?熱心にやりすぎでしょ……」
「ここの生徒達はなかなか陥落しないからやり甲斐があると言っておりました…」
「まあ、いいわ。それで弟さんはどう?新しい仕事は見つかった?」
「暫くは自分を見つめ直す期間が必要とのことで、アメリカへ自分探しの旅に出掛けました。バイクで東海岸まで横断するそうです。あとついでに向こうで未来のお嫁さんも探すそうです。で、戻ってきたら、子供の頃からの夢だったパン屋を目指すと言っていました。」「それ大丈夫?スリーアウトじゃない?」とメジ子が言って、脱力したように自分も簡易ベッドに腰を落とした。
「まあ、なにか困ったことがあったら言いなさい……。私も当分、新宿にいるから…」
「有り難う御座います。」鶴子はそう答えると「……では、私、ネルネ様のお世話があるので戻ります。」と言って立ち上がった。
「ところでネルネちゃんだけど……」とメジ子が言う。「いつの間にか怪我が全部治っていたのね。先生も驚いていらしたわ。健康体そのものですって。お肌もスベスベ……若いって凄いわね。」「……はい。」と言って、鶴子は頬を赤らめた。
「ネルネちゃん、実年齢では12歳でしょ?年齢的には体が大きく成長し、色々な変化がある時だから、……今回みたいに急にホルモンバランスを崩して倒れてしまうようなことが、今後もあると思うの。」「分かっております。」
「……ネルネちゃんも今、自分の体の変化に戸惑っていると思うわ。……ネルネちゃんの背中見た?」
鶴子は真っ赤な顔をして、「…はい。」と答えた。
「背中、肩甲骨の辺りに、ビッシリ……。毛が生えていたわよね……。羽毛みたいにフワフワな……。
先生は、ネルネちゃんにピルとか抗アンドロゲンのお薬を処方するつもりみたいだけど……あの子はしっかりしているように見えて、まだまだ小さな女の子だから……思春期の女の子同士、近くにいるアナタが支えてあげてね。」
「はい。言われるまでも有りません。お任せ下さい。」と鶴子は言うと、
……あの黒々とした羽毛……滑らかな手触り…艶やかな輝き………凄く良い匂いがした………。うっとり……。
と、空を見つめ、
……そうだ!後で椿油を塗って差し上げましょう!と考え、そのアイデアのくすぐったさに腰が砕けそうになった。
『Aftermath management』




