ヰ128 目覚め
時間、死、再生を司る地母神カーリーヘアを風に靡かせて、
Y2Kファッションに身を包んだ赤穂時雨は、
パープルの袖の黒いスカジャンの背中に、派手にプリントにされた髑髏とハートの柄をお洒落に着こなしながら通学路を歩いていた。
……まずは飛鳥めいず。
許嫁とか言って、蓮くんに迷惑をかけているあの金髪ギャル。
……早朝、エッサイムのプールかサウナで何度か見たことがあるわ。
時雨は鼻息荒く、駅前のスポーツジムに向かい、
受付にスマホを預けてから、ロビーをキョロキョロと見渡していた。
あ、いた……。
時雨は、待合室の自販機近くのソファに座るブロンド美少女を見つけ、
ドスドスドス!と足を踏み鳴らしながら彼女に近付いていく。
「ねえ。」
とカーリーヘアの少女は、ぶっきらぼうに声をかけた。
「……」
金髪の少女は返事をせずに、自分の爪の輝きを確認している。それは綺麗なピンク色をしていて、健康的な半月模様が歪みなく浮かび上がっていた。
「ねえ。」と時雨がもう一度声をかける。
「?」と金髪少女が顔を上げる。
「話しかけてるんだから返事くらいしなさいよ。」
「……あ、すみません。私に話しかけていらっしゃったんですか?……てっきり独り言をおっしゃっているのかと……」
「……飛鳥めいず。単刀直入に言うわ。向井蓮くんにちょっかい出すのはおやめなさい。」
「あら?私の名前をご存知でいらっしゃいましたか……初めまして。ちなみに貴女様のお名前は……?」と、めいずが首を傾げながら言う。
「………ちょっと待ちなさいよ……アナタ、私に会うの何度目だと思っているのよ…」
「い、一度目では……?」と、めいずが若干怯えたように言う。
「はあ??私の方だってねえ!アナタのことなんか眼中にないのよ?!」と時雨が、ビシッと金髪ギャルの鼻先に指を突き付けながら叫ぶ。
「す、すみません……。文部省の方のお名前まで、いちいち覚えていないもので……」
「…ざけんなよ??!2001年の中央省庁再編で旧文部省は旧科学技術庁と統合されて、今は「文部科学省」になってんだからね??古いんだよ、アンタは!!」
「文部であることに変わりないのでは……」
言ったな!!と時雨は、金髪ギャルに掴みかかり、尖ったギャル襟を捩じ上げた。
「……く、苦しい。おやめください……」
慌てたエッサイムのスタッフが駆け寄ってくる。
「どうされましたか!飛鳥様!そこの韓流ファッションのアナタ!おやめなさい!!……このお方をどなたと心得る!?…恐れ多くも最近のトレンド服飾軍、飛鳥めいず公にあらせられるぞ?頭が高い!この中性的モンドファッションを着こなす、オタクに優しそうなギャルが目に入らぬか??アナタのようなありきたりなY2Kファッションとは格が違うわ!その手を放しなさい!」60代の落ち着いたロマンスグレーのスタッフが、時雨の手を掴んで引き離そうとする。
ムキ~~~!!
更に怒りを露にしたカーリーヘアの少女は、顔を真っ赤にして、年配スタッフを突き飛ばした。
「だ、誰か来てー!!」と腰砕けになりながら、めいずが逃げ出し、
その後ろを「待ちなさい!!」と時雨が爪を立てて追いかけていく。
「待ちなさい!飛鳥めいず!お前は……!!
蓮くんに…!相応しくないんだよ……!!お、お前なんか!き、消えてしまえ!!」
《《シュパン!!》》
突然、エッサイムの照明が全部落ちた。
……真っ暗になったビル内は、
……完全な無音に包まれる。
人が動く気配はなく、空調も全て停止し、何時いかなる時も緑に光っているはずの非常灯すら消えて、真の暗闇が辺りを覆っていた。
……漆黒の闇の中で、時雨は辺りを見回し、「?」と振り返る…と、
かぶりを振りながら出口と思われる方向に歩き出した。
**************
「むつ?結局お前はなんの為についてきたんだ。」
設楽居海人は、エコバッグに入れた500ml缶のコーラをぶら下げて、何も買わなかった妹を見つめていた。
先ほど公園でポニーテールのクラスメイ子に会った設楽居兄妹は、二言三言会話を交わすと、「じゃ、また」と別れたのだった。残念そうなクラスメイ子の顔を確認すると、おじゃ、ま虫、設楽居睦美はニシシシシ……と目をゼリービーンズの形にして笑った。
……兄上はお腹に入れた四角い箱を、クラスメイ子に渡すことが出来なかった……。
大せいこ~う!フフフ……クラスメイ子?今晩アナタは、枕を涙で濡らすといいわ……。アナタには一生ホワイトデーは来ないのよ……。
「やあ、睦美ちゃん。お早う!」
睦美はガバッと飛び上がり、素早く兄の後ろに隠れた。
「やあ、いつぞやの美少年くん。」と海人は、背中をぎゅううう……と鷲掴みにする妹を気にしながら、目の前の王子様風少年を見下ろした。
「お久しぶり……先日の相撲大会は、中止になってしまって本当に残念だったね。」
「はい。その節は大変お世話になりました。無事にこちらの世界に戻ってきてくださり、感謝致します。」「?」
「なんの用よ??」しっしっ!と睦美が手のひらを遠くへ向かって振る。「わかってる?!ダブルハンムラビ包典よ?!不用意なことを口走ったら、私、アンタと刺しちがえるからね!!」
「睦美ちゃん。今日は君にホワイトデーのプレゼントを持ってきたんだよ。」と美少年が言う。
「は??アナタにチョコなんてあげてないでしょ?勝手にお返ししてこないで!!」
「いや、この分は来年のバレンタインでお返ししてくれればいいよ?」
「はあ?来年になればアナタとは赤の他人よ!……正確にはあと1ヶ月で縁が切れるわ!」
「……いや、ゴメン。歴史通りなら中学でも君と僕は一緒のクラスになるよ。君が不登校にならなければね。」
「なにを不吉なことを……」と海人が言う。「むつは不登校にはならないよ。勉強が大好きだし。」「そーよ、そーよ!不登校になるならアナタがなりなさい!そして平日は、らりぽーとのフードコートでタコ焼きでも食べてなさい!!」
「アナタ達!そこでナニやってるの?!??」
一瞬で辺りの空気が凍り付き、3人が顔をそちらに向けると、
道路の中央に、暗い顔をした赤穂時雨が、怒りに表情を歪めながら立っているのが見えた。
なんだ?次から次へと……。海人が眉をしかめないように努めて冷静な真顔でいると、
「あ、赤穂さん?」「時雨ちゃん??」と2人の小学生が同時に声を上げる。
「蓮くん??それはナニ?!」と少女が言った後、震える指先が、美少年の持った水色の箱を指差した。それには可愛らしい黄色いリボンが、斜めに結ばれていた。
「こ、これは……」と言って蓮が一度プレゼントを紙袋に引っ込める。「し、時雨ちゃんにもあるよ?」と蓮は笑顔で言って紙袋にガサガサと手を突っ込み、「はい」と紫色の包みを取り出した。
一瞬、表情の和らいだ時雨だったが、次の瞬間、「蓮くん?!?私の方が小さいんだけど??」と怒鳴った。
「いや、お、大きさじゃないんだ…中身はいいものだから……」と言う蓮を遮り、時雨は「そこにもう一つ入ってるやつ!それは飛鳥めいずにあげるつもりのやつ??!」と叫んだ。
「……いや、一応だよ、一応。もらったからにはお返ししないとマズいでしょ?……人として……」
「私はあげてないわよ!巻き込まないで!」と怯えた様子の睦美の声が割り込んでくる。
「あ、げ、て、な、い、ですと……??」ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ………と、時雨が肩をいからせながら上目遣いでこちらを睨みつけてきた。「じゃあなんで蓮くんは設楽居睦美にホワイトデーをお返ししようとしていたの??!」
「いや、誤解だ……こ、これは来年のバレンタインの分というか……」
「蓮くんは黙ってて!?」「ハ、ハイ!」
「蓮くんはイケメンだから浮気性なのはしょうがないの!!許されざるは、設楽居睦美……アナタよ!!(₪₰₷₹₱€₭?)ヒック!……れ、れ、れ、蓮くんを誑かしおって……¤₡₠₢¢₷……あれ?ワタシナニイッてんの……₰₹₱¤₪…ゆ、ゆるさん……」
辺りの空気が急激に温度を下げていき、蓮は……なんだ、なんだ??これは?!この感じ、不信者か?!いや、違う。な、なんだこの感じは??そうだ!転生した時の時空の歪みの感覚と似ている!!と考え、強い眩暈を覚えながら時雨のことを視界に収めた。……彼女の顔は怒りのあまり真っ赤を通り過ぎて、赤黒くなり始めていた。
「いや、さっきから聞いていたけど、……うちの妹は悪くないんじゃないかな…?」と海人がおずおずとした口調で言いつつ、…慎重に少女を気遣いながら前に進み出てくる。
「お兄ちゃん!ありがとう!」と涙目の睦美が兄の袖を掴んだ、その瞬間、カーリーヘアの少女が真っ黒なオーラを背中に引き摺りながらズザッ!と懐に入り込んできて、
海人のお腹めがけて、真っ直ぐに伸ばした腕をドス!!と突き刺してきた。
「カハッ!!」と海人がお腹を押さえてよろけ、すぐ近くのブロック塀に肩をぶつけると、アスファルトの道路に崩れ落ちる。
「お兄ちゃん??!!」「時雨ちゃん?!」と小学生2人が同時に叫ぶ。
「ど、どうなってるんだ!!」と蓮が大きな声を出すと、
時雨の姿が陽炎のように歪み、韓流ファッションから、涅槃流ニルヴァーナの姿に服装が変化していくのが見えた。そしてその陽炎は、周囲の空間へ螺旋状に立ち昇りながら、目に見える形で空気中に術式を刻み込み、そのまま彼女の全身を青みがかった色に染めていく。そして彼女の額には……出血しながら第3の目が開き始めていた。
「時雨ちゃん?!?君はいったい……」
完全にチャクラを開いた額に片方の手をあてがい、かつて時雨であった者は、バサッ!と身体を左右に開くと、一気に背中から4本の腕を展開した。そのうちの1本の手には刀を、別の1本の手にはスカジャンの印刷から実体化した髑髏を掴んで、その者は『₭*₠₢₡¢₷……』と逆再生のような声を放った。
……そしてそれは、唇から牙をむき出しにすると、蛇のように長い舌で、シュルルルル……と不気味な音を立てて笑う。
「れんくん、待ってて。いま、あいつをしまつしてくるから」…男声と女声の入り交じった声を出す、カーリーヘアを垂らした恐怖の女神が、再び4本の腕を蜘蛛のように拡げると、
急激に重力場がむぃぃぃぃぃん…と発生し、
地面に這いつくばった子供たちは、頭が捩じ切れるような痛みを感じて叫び声を上げた。
しゅ。
ゥパーーーン!!!!!!!!
円形の衝撃波が子供達を吹き飛ばし、反対に周囲の音が中心に収束し、最後にピン!とコインのように弾ける。
……目を開けると海人は、妹を胸に抱えたまま地面に叩きつけられていた自分に気が付いた。
………いやあ、危なかったな……イタタタタ……。
お腹にホワイトデーのプレゼントを入れていなければ、今頃どうなっていたことやら………。
にしても、今のはいったい何だったんだ……。あの子はどこへ消えたんだ??
「むつ?大丈夫か?」「う、う~ん……」
「むつのクラスメイトの君も大丈夫?怪我はない?」
蓮は頭を押さえながら上半身を立ち上げ、
「な、なんとか……平気みたいです……」とだけ言った。
…………
………
……
新宿豊子キッズビルで、
ネルネがいつになく真剣な顔をして言った。
「ヤバ………。魔王も転生していたのね……あいつ今、目覚めたみたい……。あ、来るわ。おジャガ、逃げなさい。…ダメか……。仕方ない。迎え撃つわ。アナタ達……死なないでね。」
そう言うとネルネは白蛇の杖を掴み、
「おつう?葉南?よく聞いて………私を守ろうとしちゃ駄目よ。……一人残らず殺されるからね。」と言った。
『Awakening』




