ヰ127 白い日々、光に満ちた日々
そわそわそわそわ…………。
設楽居睦美は、早朝から落ち着かなさげに部屋の中を行ったり来たりしている。
今日はホワイトデー(土)。
兄からどんなお返しが貰えるのだろう。
コンコン!
「むつ~~」
来た!!
パジャマ姿の睦美は、ほとんどジャンプしながら扉に駆け付けた。
「なあに?お兄様?(ハアハア…)」
バタンとドアを開け放ち、睦美は期待に満ちた目で兄を見上げる。
「はい。ホワイトデー。」と言って設楽居海人が小さな箱を差し出した。
「うひょひょひょ……ヌァニかしら~?」と睦美は小躍りしながら「開けていい?」と言う。
「どうぞ。」と頬を指で搔きながら海人が答える。
ビリビリビリビリ………
アメリカの子供のように包装紙を引き裂いていく妹を見て、海人は気まずそうに目を逸らしていた。
睦美は出てきたパッケージを見て「こ、これは……」と言って手を止める。
「え~~っと。ナニコレ?」
睦美は表紙にドーナツ型の図形が描かれた参考書に目を落とし「Nanikore?」ともう一度言った。
☆『本当はメロい数学』☆
「ちょっとむつには難しいと思ったんだけどさ?この前のお雛祭りの日、俺のベッドで『ラビリンス』が何たら…って言ってただろ?それ、最近出た新刊なんだけど、
メロい迷路を数学的に読み解く、凄く面白い本なんだ。迷路好きのむつなら絶対に気に入ると思うよ! 」
「………」
「この本で位相幾何学の基礎が楽しく学べるから、中学入学までの暇な時間にでも読んでごらん?きっと楽しいよ。」
「………」
海人は妹の肩越しに参考書を捲ってみせ、目次を指差しながら「同相写像、位相的性質、位相不変量……もし、むつが将来、道に迷うようなことがあったら…この本のことを思い出すといい。まあ、迷路は基本片手で壁を触りながら歩けば脱出できるけどね。今からでもそれは憶えておくといいよ。」と言った。
「ア、アリガトウ。」
睦美は参考書の帯に書かれた『……男女ンのお悩みはこれ一冊で解決!」という一文を読み、
……私にとって男の人は兄上だけよ……と考えていた。
「母さん。」と一階に降りた海人は、台所に立つ設楽居花織の背中に向かって言った。
「あら、カイトくんオハヨ~。」
「母さん、はい、ホワイトデー。」
「あらあら、アリガトー!カイトくん大好よ~」と言って花織は息子に抱き付く。
「はい。薬剤師の勉強、最近進んでなかったでしょ?今度、新宿の豊子塾でヤクザ医師の無頼孔雀先生が講演会をするらしいから、行ってきなよ。もう申し込んでおいたから。……どうぞ。受け取って。これが俺からのお返しだよ。」
「荒々ありがと~。じゃあママちゃん資格頑張るわね~~」そう言うと花織はピコちゃんスマイルをして、改めて海人に抱き付いた。
……さてと。
部屋に戻った海人は、机に向かって考え込んでいた。
これ、どうしよう………。
彼の手には緑色のギンガムチェックの包装紙が握られており、その横には愛・不穏上で、
木下藤子のべんき(ョー)管理アプリが開かれていた。
……木下にバレンタインのお返しするにしても……。今日は土曜日だし……。なんか呼び出すのも気まずいな……。
月曜日で構わないかな……。いや、それもなんか申し訳ないよな……。折角、チョコを貰えない俺に、わざわざ気を遣って自分のものを分けてくれたと言うのに……。それは失礼な気もする。
海人はおもむろに、スマホを叩き、呆痴彼女のアプリを開いた。
……飽和eat-day大食い100連ガチャ、摂食障害による運営からのお詫び吐き戻しキャンペーン……。
うちの尾刀水鳥はガリガリに痩せてしまったぞ……。早く元通りに太らせないと……特にお無念を。
海人は画面を連打し、ケーキやチーズやピザを、水鳥のお口にピロピロピロ……と放り込んでいった。
……………。
いやいや、俺は何をやっているんだ……。
木下へのお返し、どうするんだ?
海人は自分の頬をパチン☆と軽く叩き、よし!と息を深く吸ってスマホを握り直した。
プルルルルルルル…………
ガチャ。
「は、はい??!!」と木下藤子はいつもよりも1億ターブ高い声で応答した。
『やあ、木下。お早う』と海人の声が耳に届く。
「お、おはよー!!」
『……あのさ?』「うん??!」『ちょっといいか?』「はい?!!」『……いいのか?』「いいです!」『それ、どっちの『いい』だ?』「大丈夫です!」『………ど、どっちの大丈夫だ?』「イエスです!OKです!!」
『……そ、そうか。じゃあ、あのさ……。次のべんき(ョー)時間までの間、ちょっと会えないかな……』「は、はい!?」
『あ、いや、その、木下のべんき(ョー)の黒ずみ具合を見たいというか……、詰まったりしているなら、確認しておきたいし……、なにより俺が木下の教育顧問に相応しいかどいか見極めないといけないからな。』
「……カイトは私の顧問にピッタリだよ。今回のことで、私の知識の幅は大きく拡がった門。」『……そ、そっか。そう言ってもらえると俺も嬉しい。無理矢理にでもカリきゅ裸むを捩じ込んだ甲斐があったよ。』「……うん。」
「じゃあさ。今からさつき公園で会おう。」
「え?あそこでべんき(ョー)を見るの?」
「外だと嫌?」
「……いいよ。カイトなら……」
「……それなら俺のべんき(ョー)にも付き合ってもらおうかな。」「え……」
「一緒にべんき(ョー)しよう。」「…」
「いつも思うんだ……その気になれば木下は俺の偏差値になれるよ。」「……え」
「ねえ木下。」
「……はい。」
海人は喉がガラガラになりながら、かすれた声で言った。「……俺の偏差(値)になってくれないか?」
…………。
藤子も渇いた口をやっと開き、「はい。…私、カイトのベンザ痴(女子枠)になります…。」と囁くような声で答えた。「…私にイッパイ、(え)期待をかけてください……。」
海人と藤子は、お互いのスマホを握り締め、汗ばむ耳で液晶画面を湿らせていた。2人の心臓は早鐘を打ち、交感神経が高ぶっていた。
「カイトく~んどこ行くの~?」
設楽居花織の呼び掛けに、海人は「ん?ちょっとそこまで。自販機でジュースを買ってくるよ。」と、玄関で靴を突っ掛けながら言った。
花織は、息子のコートが不自然に四角く膨らんでいるのを素早く察知し、
睦美に「……むーちゃん、カイトくんについていきなさい!」と鋭く言った。
「え?いーけど、なんで~?」
呑気な娘の様子を見て、母は「我が家の長男くんの貞操の危機よ!あのDQN生にホワイトデーのお返しをするつもりよ!!」と言った。「なっ?!」
「あの艶髪ポニーテールの小娘、お勉強が相当出来るみたいよ。……むーちゃんもお勉強頑張らないと、ポッと出の優等生に全部奪われるわよ……。ママちゃんも資格試験ガムバルから、むーちゃんも学校の勉強を頑張ってね。」「……くっ」
「春から塾とか通う?」
睦美は、前に兄が言っていた塾の通信講座のことを思い出し、「……音無伊火鬼ちゃんの映像授業をやる……」と呟いた。
「じゃ、いってきます」「ま、待ってお兄ちゃん!!私も連れてって!!」
「な、なんだよむつ?!何か飲みたいなら買ってきてやるから、うちにいろ!」と、妹に飛びかかられてよろけた海人が言う。
「実際見て決めたいの!」「電話で聞いてやるよ…」「ダメ!!現物を見たいの!生の実物を見ないと私、決められない!」「販売機のは見本だぞ……」「じゃ、ほら!QRコードとかで何か当たるやつとかあれでしょ?!あれが見たいの!!」
「カイトくん?むーちゃんを連れてってあげて~。ママちゃんのジュース持たせてもいいから~。」「え?母さんも何か飲みたいの?三人分くらい俺が持つよ……」「だめ~~500ml缶のコーラを振らずに垂直に、冷たいまま持って帰ってきて~!カイトくんは歩幅が大きいし体温が高いから、冷血短足のむーちゃんに持たせて~。」
海人は妹の常時湿った手の温度を思い出し、「いや…むつの方が体温高いだろ……」と呟き、
睦美が、「お兄様……」とポッと頬を赤らめるのを見て「もういいよ……」と溜め息をついた。
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とうとうこの日が来てしまった。
ホ、ワ、イ、ト、DAY!!
韓流コスメを掠める、ちょっとオシャレでちょっと惜しい娘、
カーリーヘアの赤穂時雨は、
気合いを入れてアイメイクを施していた。
蓮くん……私を選んでくれるかな………。
そわそわ……そわそわ……まだまだ続くよ戦争は……
♫戦争は続くよどこまでも~。野を越え国越え、時を越え~♪
時雨は緊張を紛らわす為に、歌をうたいながら鏡に向かっていた。
……でも気になるわ………。
時雨は髪に、幅広の韓流ヘアバンドを巻き、出掛ける準備を整える。
確かめにいきましょう……。
恋多き美少年、蓮くんが至るところで浮気をしていないか……。
そうね………よく考えてみたら、正妻である私以外にホワイトデーのお返しをしたらダメでしょ……。
一応、一応ね?
蓮くんに憧れている有象無象の喪醜ガール&喪醜ボーイはともかくとして……、設楽居睦美と、飛鳥めいずと、ねりけしちゃんは確認しておかないとね……。
赤穂時雨は、韓流厚底スニーカーを履くと、厳しい表情をして玄関のドアを開き、まだ肌寒い、光溢れる外の世界へ足を踏み出した。
『White days,bright days.』
いよいよ最終章が開幕します。
楽しかった日々がもうすぐ終わっちゃうけど、いいですか~?特に熱心な読者さん等はいないようなのでこのまま終わっていきます。
あの時もっと評価をしていれば……。皆さんの人生に後悔がないようカレイドスコープ先生は祈っております!
ラストスパート応援宜しくお願いしま~す!




