ヰ123 乙女達の饗宴
水色の着物にピンクの帯、白っぽいピンクに黄色の帯、紺色の着物に黒い花柄の帯。
金色の髪を、古代中国風にトップで結い上げ、後は長い髪を背中まで垂らした飛鳥めいずが、
鳳凰のシンボルの入った水色の子振袖を着て先頭に立っている。
「……ど、どこらへんが地味なのよ……」とミントグリーンの小紋友禅を着た設楽居睦美が、亀甲柄の帯をした姿で玄関に出迎えながら言った。
「振袖には大中小とあると伺いましたから…本日は小にしてまいりました…」ときらびやかな金糸の入ったハンドバッグを帯の前に掴みながら、めいずが恥ずかしそうに言う。
睦美の後ろに立つ割烹着姿の設楽居花織も、ほとんどギョッとした顔をして、この大陸の女神を見つめていた。
その後ろには紺色の紬を着た五十嵐葉南が七三ヘアを丸くセットして、頭の片方に梅のかんざしを挿している。半幅帯は文庫結びにしていて、俯きながら眉をしかめる様子は、まるで文芸小説から出てきた神経質そうで内気な少女に見えた。
「ようこそ。五十嵐さん。」と睦美はにこやかに言う。
最後に入ってきたのは白装束に近い青海波模様の色無地のようなものを着た、三浦詩だった。後ろ髪には白い大きなリボンを付け、前髪は目が見えないように鼻先まで垂らしている。
「ひ、左前よ……ウタちゃん……」
と、設楽居花織が戦きながら言った。
「いいんです。これは、私が迷信を信じないという人間宣言ですから。」と詩がキッパリと言った。
睦美は「まあいいから、いいから。固いことは言わない」と、家に上がる少女達の背中をホクホクとした顔をしながら押し、
「さあ、入って入って!早く私のお雛様を見てよ!」と興奮した様子で奥へ案内していった。
「いやあ、皆さん気合いが入ってますね~さすが6年生ともなると、スタジオマリスのレンタル衣裳だけじゃないわね!みんな可愛くてヨロシイ!……ウタ?何か言い忘れてない?」と、睦美は詩のことを肘でこずいた。
「え」と赤い顔をした詩は慌てたように顔を上げ、前髪を少しずらして黒目の面積が小さい目を覗かせると、
「睦美……今日はめっちゃ可愛い……」と呟いた。
「でしょ?でしょ?」と睦美は満足そうに頷き、「いやあ……今日はホントにいい日だわあ……♫明かりを付けたら消えちゃった~、お花をあげたら枯れちゃった~」とご機嫌に唄い出していた。
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設楽居家の和室は、床の間の柱が造花の桃の花で飾り付けられていて、七段飾りの雛壇の横には、大きなぼんぼりが立てられ仄かな明かりが灯っている。畳の上にはコンセントが這っており、来客がつまずかないように、部屋の端に寄せられていた。
中央に出されたちゃぶ台形のテーブルには、雛あられと菱餅が並べられている。
緋毛氈の敷かれたお雛様を見て、めいずは「優しいお顔ですね。」と死人を形容するようなことを言った。
「そうでしょ、そうでしょ、」と睦美は踊り出さんばかりに体を変な風に捻りながら、嬉しそうに相槌を打つ。
そして詩の側に寄っていき、
「どうしたの?今日はやけに静かだけど?」と言った。
詩が「きょ、今日はお泊まりでいいんだよね…」と小さな声で言う。「……その、お風呂とか、ベッドとか……どうするの?」
「心配しなくていいわよ。」と睦美が答える。「この部屋にお布団を敷いてみんなで寝るから。今夜は私もこっちで寝るわ。」
「お風呂は一人ずつ?」と詩がもじもじしながら聞く。「2人1組かしらねえ……そこら辺は後で考えましょ?」と睦美がウィンクしながら答える。
「女の子ちゃん達~~」と声がして、和室にお盆を持った花織が入ってきた。
「甘酒ですよ~~」
ちゃぶ台の周りに艶やかな着物姿の少女達が集まる。
ガラスの器に分けられた、ドロリとした白い液体が一人一人の前に配られていった。
独特の甘く青臭い香りが、少女達の鼻をつく。
ゼリー状の白い固まりがヌルッとコップ内にこびりついており、所々黄色いものも混ざっているのが見える。
「どうぞ召し上がれ。」と花織が言った。
めいずはお作法通り、それを一度口に含み、置いてあった和紙を唇に当てると、まだ生温かい液体を飲み込まずに、その中にそっと垂らし入れた。
詩と睦美も、口からとろおりと白い物を出し、慣れた様子で手のひらの上にそれを受け止める。
その後はコップの中身を一気にグイッと飲み干し、「ぷはー」と言った。
花織が「じゃあ私はお台所にいるから、何かあったら呼んでね~」と言って部屋を出ていく。
睦美は早速2杯目をついでグビグビと甘酒を飲み干していった。
「睦美……飲み過ぎはよくないわよ……もう顔が真っ赤じゃない…」と詩が言う。
「えれ?いーの、いーの!ひょうはびゅれいこーよ…!ウタちゃんももっとにょみなさい……」
睦美は顎から垂れた白いものを畳にこぼしながら、詩のコップにも並々と白濁した液をついでやった。
めいずはそんな2人の様子を黙って眺め、いつの間にか葉南がいなくなっていることに気付いていた。
**************
そっと部屋を抜け出していた五十嵐葉南は、
格子柄の紬を暗がりに潜ませながら、廊下を移動していた。
……メサイアがいるとすれば2階ね。
葉南は階段に軽く足を乗せ、そこがぎしぎしと鳴ることに気付いて、
手摺に体重をかけると階段の隅の方を素早く駆け上がっていった。
廊下に立つと、クンクンと臭いを嗅ぐ。
……この臭い……。手前と奥の2つの部屋から設楽居睦美の臭いを感じるわ……。はて。どっちがメサイアの部屋かしら……。両方に効果的な膀胱決壊が張られているせいで、見分けがつかないわ。
葉南は意識を集中し、耳を済ませた。
彼女は難波鶴子から貰った梅のかんざしを髪から引き抜くと、それを逆手に持って
「えいや!」と階段近くの壁に突き刺した。
「砕!、帝!、鎮!、吟!」
葉南はダブルピースにした指をそのまま#ハッシュタグポーズに切り替えながら、ゟ眼亜弊顔をして素早く印を結ぶと、
…小1時間は誰も2階に上ってこれないようにエネルギーフィールドを発生させた。
葉南は黒い帯をスルッと緩め、紺色の着物の前をはだける。そして、縦横無尽に張り巡らされた結界を無効化するために、
丸いお腹の下に飛び出した越智くんちから御神水を複数の扉の上にひっかけていった。
妼妼妼妼………。
………。
Pi!Pi!
………。
…痒いわ……。
葉南はペリペリ☆と越智くんちを剥がし、シュパパパパ……と素早く解体すると、袖口からポイッと振りの中に放り込んだ。
崩れた着物を合わせ、おはしょりを引っ張る。
そして、帯を口に咥えながら、弧を描くお腹を包み込むようにして紐を締め直していく。
徐々に御神水が乾いて、すえた臭いが立ち昇ってくると、
葉南は薄目で扉を睨み、やがて一つの扉の前に立った。
……ここね……。
この中に設楽居海人がいるわ。間違いない。さあて。どのように攻めようかしら……。
と、葉南は舌なめずりをし、ドアノブにそっと手をかけた。
**************
畳の上に転がる甘酒の空瓶。
食い散らかされた菱餅と、あちこちに散らばった雛あられ。
大の字に寝転がる設楽居睦美が、首元から、はだけた胸元までを真っ赤にしながら、
笑顔で天井を見上げている。
困ったような顔をして膝をつき、友人の捲れた着物の裾を直してやる詩は、「睦美、大丈夫?」と言い、
助けを求めるように飛鳥めいずのことを見上げた。
めいずは、一心不乱に設楽居家のお雛様を眺めているようで、こちらには興味がないように見えた。
彼女は雛壇の裏側まで確認し、絡まったコードを見て、なにやら満足そうに頷いている。……これなら、コードをほどくだけで数十分かかりますわね……。片付けるのが大変そう……。
詩は、もう一度「睦美、大丈夫?」と言って、彼女から反応があまり返ってこないのを確認すると、袖からガラケーを取り出し、
睦美の全身をカシャカシャと撮影し始めた。
ムクリ。と急に睦美の上半身が直角に立ち上がる。
「あ、これは違うのよ!」と慌てて詩がガラケーを閉じる。「ほら、記念撮影よ、記念撮影!後で欲しい写真は焼いてあげるから!」
赤い顔をした睦美は、詩の言葉を無視し、
「おひっこ……」と呟いた。
え?お(ひ)っこ(しー)?と、詩が驚いた顔をする。
え?睦美?
それ、今日はまだマズくない?
止めようとする詩の手を「にゃによ?!」と怒ったように振り払い、
睦美はフラフラと和室を出て、覚束ない足取りで台所の前を通り過ぎていった。
ちらし寿司を用意していた花織が振り返り、
「あら、ちょっとむうちゃん?どこいくのよ?」と言う。
「おひっこ。」
「だ、駄目よ?むーちゃん?!まだ貝合わせしてないでしょ!絵が流れちゃうわよ!終わるまで我慢なさい!」
と、花織がタオルで手を拭きながら追いかけてくる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶだよ、…今日は拭かないから。」
「……そ、それならいいけど……。むーちゃん?ホントに拭いちゃダメよ??あと濡れて取れたところはちゃんと金粉を塗り直すのよ??
……こ、今回のママちゃんの力作を流さないでね?!」
花織は心配そうに睦美の背中を見送り、
後ろからやってきた詩が、「か、貝合わせはするんですよね?」と言うのを聞いた。
「……モチロンよ。詩ちゃんだって準備してきたでしょ?」と花織が静かに返す。
「……はい。睦美ちゃんと絵柄を合わせたかったけど、教えてくれなくて……」
「……それはそうよ、ウタちゃん。貝合わせにズルはダメよ。」
「……でも、あの…、美人の飛鳥めいずちゃんと睦美が貝合わせになるのはちょっと嫌かなあ…って。」と詩は俯きながら言った。
「あらあら。」と花織が微笑む。「詩ちゃん?」そう言うと花織は、少女の前髪を軽く撫でて、暗い表情をした顔を見つめた。
……しばらく見ない間に、この子も綺麗になったわね……。
………。
て、言うか睦美の周りに何でこんな美少女ばかりが集まっているのよ……。うちの子が相対的に不細工に見えチャウじゃない……。あの、めいずちゃんて子も葉南ちゃんて子も、相当美人さんよね……。むーちゃん……あなた虐められてない?さすがに釣り合っていないわよね……あのレベルには……。なんか騙されたりしてない?友達詐欺とかにあってない?
と花織は思い、
「ねえ詩ちゃん?ずぅっとむーちゃんのお友達でいてあげてね~。」と言うのだった。
***************
その頃、睦実は音入れの中で禅羅になり、
ご用事を終えた後、
…途方に暮れていた。
……ちょっと待って……
着物って一回脱ぐと着方が分からない……。
誰かたしゅけて……。
と、睦実は涙目になり、ハマグリの絵柄を出したまま、拭くことの出来ない部分をしばらく自然乾燥させていた。
『Banquet of Maidens』




