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85:意外なお誘い

教室への足取りが重い遥。

だが、自分のためにも大学へ行くしかないと決めたのだった。

いつの間にか、ゴールデンウィークが終わった。

ゲームに負けて、こんなに悔しい思いをしたのはいつ以来だろう......。

ごはんもあまりとれていないし、寝たかどうかも覚えていない。

 一途とも連絡をとれていない。何度も電話があったのに、取る勇気がなかった。


「学校に行った方が気は紛れるし、行くか......」


沈んだ気持ちの中、オレは鞄を背負って学校へと向かった。

オレは大学の坂が嫌いだ。どうしてこんな山あいに作ったんだろうとさえ思う。


「考えても仕方ない」


息も絶え絶えに坂を上りきり、教室へと入ると一途と押崎さんがびっくりしたような顔つきでこっちに向かって来た。 すると、人の目を気にせずに一途はオレを抱きしめた。


「よかった! お前、心配したんだぞ!」


「いいの? いっぱい人が見てるよ?」


「そんなことより、大丈夫なのか? 全然連絡取れねえし......」


「負けたことが、かなりきつかったみたい......。頑張ってたのが茶番みたいに思えて......」


オレは輝く二人を直視できなかった。一途はなんだかやりたいことができて楽しそうだし、押崎さんもそれを隣で応援出来て嬉しい感じだ。オレはなんでここまで辛いんだ......。


「茶番じゃねえよ! 俺がお前に勝てたのは、おまえのおかげでもあるんだ。だって、EPEX教えてくれたの遥だろ? そんで、お前が強いから俺も強くなれたんだぜ? もっと自信持てよ」


「オレが、強い?」


「当たり前だろ。 どれだけお前の動画見てると思ってんだ。ちょっとは『一途な1号』を信じろよ」


そうか......。こいつがほぼ初見で動けたのは、オレの配信を見てたからか。そう思うと合点がいった。それと同時にちょっとムカついてきた。オレの実戦経験を見てるこいつと、一途が陰ながらゲームをして知識を身に着けていたことを知らなかったオレ。それって、敵情視察じゃないの?


「確かにそうとも言えるかもな。じゃあ、今回はたまたま運よくお前が勝っただけってことだな」


「いや、そこは違うが? そこは、ほら実力じゃんw?」


「いいや、オレがもっとお前の動き分析してたら勝ってた! だいたい、『一途な1号』って最近どうか来てませんよね? それでファンと呼べるのかしら?」


「ああ? 推しはいつも一つだし! 神野エルしか勝たんのだが!?」



「まあまあ、夫婦喧嘩はそれくらいにして」


キス寸前の距離感でにらみ合うオレ達の間に押崎さんが割って入り、オレ達二人を制止する。

だが、夫婦喧嘩というのはどういうセンスなんだ?


「「だれが夫婦だ!」」



教室が一瞬凍り付き、再び溶けてわちゃわちゃが始まっていく。この教室の誰もが自分たちの喧嘩を観戦していたのか、こちらをキョロキョロ見ながら自分たちの世界に戻っていく。


「とにかくさ、話はお昼休みのときゆっくりしよ。ね?」


「仕方ない。勝負はお預けだ」


「んだよ、ヘラってたくせに威張りやがって......」


一途の最後の一言にムッとしたが、お腹が減ってそんな気もすぐに面倒になった。

チャイムが鳴り、授業が始まる。なんだか、この教室も授業も久しぶりな気がする。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

 1限、そして2限の授業が終わり、とうとうお昼になった。お腹はすでに2限の終わりのチャイムよりも早くに鳴り響いていた。食堂は以前の新入生入学初週より人数が落ち着いてきた。


「やっぱ友達と食うご飯はおいしいねえ......」


ほぼ食べ終わったプレートを見つめながら、押崎さんはオレ達二人に話しかけるものの今は話す気に慣れない。


「......」


「......ま、まあね」


 それでも、一途と押崎さんはオレに気遣ってくれているのか、見え見えの薄いトークを繰り広げていく。


「休み明けとなるとなんか授業もかったるいっていうかぁ? ねえ、一途くん」


「わ、わかるー」


......。はぁ。


「......ごめん。気ぃ使わせて」


「悪いって思ってんなら、そのムスッとした顔やめろ。可愛い顔がもったいない」


一途は、まっすぐなまなざしでこちらを見ていた。こいつ、平気でこういうこと言えるようになりやがって!! それと同時に売店で買ってたアイスを渡して機嫌取ろうとすんのやめろ! アイス嫌いなくせに買ってて変だなとは思ったけど......。


「かわっ!? ま、まあ。そうだけどさ! なにも押崎さんの前で言わなくても」


オレはそのアイスをすくってこの謎の火照りを覚ましていく。

すると、そこに舞華が混ざってきた。



「あ、先輩たち! ちぃーっす! 今日も遥さんの肌はすべすべつやつやですなぁあ ははは」


舞華は距離感がバグっているのか、それともオレと異性として見ていないのか。女友達のようにほっぺでオレのほっぺをスリスリしてくる。


「何の用だよ! 舞華」


「えー、用ないとからんじゃダメぇ~?」


「駄目じゃねえけど、いろいろ周り考えろ」



周りの目線は、オレと妬むものばかりだ。それに気づいた舞華は、途端に大人しくなり、自分の持っていた鞄で顔を隠した。そのまま、ゆっくりとオレ達のテーブルに座った。


「すみませんでした......」


「分かればよい」


「それで、夢野さんはほんとに何の用事もなく遥に絡んだの?」


一途が、きょとんとしていると舞華はスマホを眺めはじめる。


「私とジルで今度集まって、この間発売された『オクトバースト』やろうってなってるんだけど、ハル先輩もきません?」


オクトバーストというと、B版から話題になっていた色塗り陣取りバトルのゲームだ。

製品版は、初週で1000万本くらいは売れたらしい。にしても、二人がコラボだなんてすごいな。ジルなんてめったにコラボできないほど忙しいって聞くのに。


「オレも? いいけど、よく集まれたね」


「でしょ! まじビビったわ。そしたら、『エルさんも是非に』っていうから誘ったわけ。いやー、誘ってよかったわー」


「オレも、ジル・デ・ジルコニアとはがっつりコラボは初だから楽しみだわ」


盛り上がっていると、舞華は思い付きで口走ってきた。


「あ、そうだ! 最近話題のあの子、誘えないかな? おるかちゃんって子! 面白そうじゃない? 最速登録者100万人同士の対決とか」


「え、俺?」


「そうそう。って、はぁ? あんたがぁ?」


そら、そういう反応になるわなぁ......。というか、一途は人気Vの自覚なさすぎ。


「そうだけど?」


「そうだけど? じゃないわよ! ま、いいわ。これで手間が省けた。言ったかんね、二人ともちゃんと来てね」


といいながら、舞華は席を立ち上機嫌で去っていった。オレも楽しみだ。これでやっと一途とまともに戦える。一途と押崎さんは、嬉しそうに小さくガッツポーズをし、ハイタッチをしていた。

 ということは、一途をVに仕立てたのは押崎さんってことか。それだとなんとなく納得だ。


「初コラボ、緊張すんなよ? あと、さっき預けた勝負忘れてないかんな」


「おう。とことん遊んでやるぜ」


オレ達は互いに見つめあい、そしてニヤリと笑った。

一途、そして遥は舞華の誘いでジル主催のオフコラボ回へ参加することに

だが、そこには意外な真実が待ち受けていた。

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