83:敗北感
(遥視点)
EPEXをジンとともに潜ることにした遥。
そこには、親友でありライバルとなった小田倉一途=鯨鮫おるかがいたのだった。
『久しぶりにしてるなら言ってよ。ねぇ、一緒にコンビで1位狙おうよ』
ジンさんの提案を受けて、急遽オレは枠を増やしてコンビネーションマッチをすることになった。
ひさしぶりのジンさんとの組み合わせでコメント欄は大騒ぎ。オレも少しウキウキしていた。
「というわけで、ジンさんと一緒に潜りたいと思いまーす! よろしくお願いします!」
「EPEX自体久しぶりじゃない? エルちゃん、腕鈍ってない?」
そういうと、先ほど使っていたトラッパーとは打って変わって、スナイパーを選択して準備画面にログインしてきた。
「いやいや、ジンさん倒したのでまだまだ腕は衰えちゃあいないですよ!! さあ、どこに降ります?」
オレはマップを確認しながらフィールドに降りるタイミングを見計らう。
EPEXは初めの位置が大切だ。武器の確認、敵の有無、安全地帯サークルとの距離......。
それらを半ば運と勘で判断、行動していく。
「じゃあ、降りようか」
「はい! な、なんか緊張します」
「気張らなくていいよ。楽しんでいこう」
出た、ジンさんのイケボ。いつ聞いても、たとえ中身を知ってもこの声だけはしびれてしまう。
そういわれたオレは彼について行った。彼の経験値は段違いなので彼の言葉はほぼ絶対と言っていい。
だからこそ、順調に事が運んでいた。あいつと出会うまでは......。
「ちょっと二手に分かれよっか。僕は左から攻めていくから、エルちゃんは右方よろしくー」
「キル稼ぎですか? わかりました」
ジンさんは一人でに近くにいたソルジャータッグを自身のマシンガンでバッタバッタと倒していく。
オレは万が一の時のために地雷をばらまいていく。トラッパーは地味だが、戦略さえ整えばハメ殺しや一網打尽があるのでロマンのあるキャラだから気に入っている。
「よし、道はできたな」
だが、そうはいかないこともある。奥から人影が出てきたときは計画通りにいくと思っていた。
だが、そいつはトラッパーの弱点を見抜いていた。
「こいつ、地雷を避けて進んでやがる! やり込んでやがるぞ」
そして、気づいたころには自分の懐にまで来ていた。字ランでフッ飛ばして安全地帯の場外に出すように仕向けたのに......。その作戦にも気づきやがった。
そして、そのキャラの頭上には【鯨鮫おるか@個人Vtuber】と書かれていた。オレは奴にやられた。
「や、やられた!! あの子って、確か私とコラボしたがってた個人の子だよね?」
【ジンジャー・エール飲みたい】:「そうだね、向こうもちょっと見てきて確認してきた」
【下ネタヘイヘイ】:「ウ”ェッ!? 確認作業早!」
【GJと叫ぶもの@エルちゃんFCM】:「GJ! GJ! 」
ちくしょう、一途めぇ! あいつ、調子に乗りやがって! というか、あいつEPEXオレの動画見て始めて、速攻でFPS苦手とかいって断念してたくせに強いってどういうことだよ! くそ、こうなったらあいつの弱点必ず見つけてやる! オレは画面を切り替えていって一途の操作するキャラの視点を見つけた。
「いた! うちを殺したやつ! ジンさん、敵取ってください!!」
『おっけー。スナイプならまかせて』
視点を移すと、レア:ロングライフルを手に入れたジンさんの操作するキャラは、静かな廃墟の2階に上って多くの兵士を待ち構えた。一人、また一人と射線に捕らわれた人間は倒れていく。コンビが一組、また一組と姿を消して、残りは3組ほどとなった。
『僕さえ生きてれば、エルちゃんを1位にできるからね。待ってて、すぐに君を表彰台に送るから』
「頼りにしてます!」
【ゆずぽん】「かっこいい!! やっぱジン様、プロは違うぜ」
【ふあらいと@えるちゃんFCM】「エルちゃんもかっこよかったぞ! ナイスファイト」
だが、あんなにバンバン打っていれば場所は割れる。一人のソルジャーが背後から忍び寄り、手りゅう弾を投げ飛ばす。
「後ろか!」
そういうと、ジンさんは振り返り、スナイパーライフルのまま爆発寸前の手りゅう弾を弾き飛ばした。
からんからんと落ちていく手りゅう弾は階段の途中で爆発した。だが、ほっとしているのも束の間手りゅう弾の煙に乗じてソルジャーが駆け上がってコンバットナイフを持って近づいてきた。
「くそ、近すぎて狙いにくい!」
相手もそれを知ってか知らずか、ナイフを振り回す。負けじとジンさんもスナイパーライフルを何とかしまい込んで近接戦に持ち込む。だが、素手では相手をダウンさせるのが関の山だ。
よく見ると、ナイフを持ったソルジャーの頭上には【鯨鮫おるか@個人V】と書かれていた。
一途だ。と心の中で思いながらオレはジンさんにエールを送る。
「ジンさん、がんばエール! そいつが私を殺した犯人ですよ!」
「ふーん、この子がね......。さて、悪い子にはお仕置きしないとね」
少しくぐもった声で、妖しく笑うジンさんにコメントはさらに盛り上がる。この自分のM心をくすぐられるような声はジンさんの特徴ともいえる。一時期は『ドS王子』とも呼ばれていた。まぁ今は割とそのキャラは抜けている感じはするが......。そんなドS王子は、いまだ2階の廃墟でソルジャーと混戦中だ。
『く、こいつねばるねえ。だったら』
サブウェポンで持っていたハンドガンを取り出して、けん制した後ジンさんはさらに廃墟の上へと階段をのぼっていく。ソルジャーもジンさんを追いかけていく。それもそうだ。フィールドの周りを覆っていたゾーンがこの廃墟を中心にして狭まりつつあった。
『え、もうこの二人しかいないの?』
カメラをシフトするとこの階段を上る二人以外すべてゲームオーバーになっていた。
階段のそばにソルジャーが一人いることを見るに、ジンさんに仕掛けていたのは二人のソルジャーだ。
そして、階段のそばのソルジャーの周りにキャラのダウン姿があったってことは1vs1にするために奮闘したってことだ。 かなりの猛者だな......そのソルジャー。
「って、もう上ないよ!? ジンさんどうするつもり?」
このゲームでは足場を作ることなんてできない。ただ、銃口を相手に向けて勝つか、負けるかの勝負だ。敵が近いとなるとジンさんのキャラであるスナイパーは強いとは言えなくなる。
『もう降伏したほうがいいんじゃないの?』
相手をあおるジンさん。ハンドガンで応戦するも、相手は回復を使いながら直進していく。相手はもう弾を撃ち尽くしたのか、ナイフでしか応戦してこない。これなら、ジンさんの方が有利だ。
『追い詰められたってわけね。だけど、君の不利ってことわかってる?』
ジンさんがハンドガンを取り出した瞬間、相手は隠し持っていたかのようにアサルトライフルを取り出し乱射した。驚いたジンさんのトリガーを引く指が若干遅れてしまい、ソルジャーの猛攻に対応しきれない。
『くそっ!!』
何発か撃った時にはすでにジンさんは廃墟から落ちていった。確認するようにソルジャーは落ちていくジンさんをその銃口を向けながら追いかけて撃ち放つ。とんでもない化け物が現れたとコメントが大騒ぎ。もちろん、表彰台にのぼったのはソルジャー部隊2人だった。私とジンさんはEPEXでコンビを組んで以来初めて、敗北というものを味わった。
一途は配信を終えた後、遥の元へと向かった。
だが、彼の扉は固く閉ざされていた。




