81:負けてらんねえ
遥はライバルの多さに喜びと焦りを抱えていた。
だが、これもチャンスだと思い心機一転配信に勤しむ。
オレはこれまで秘密を抱えて生きてきた。Vtuberという裏の顔という秘密を......。一途もオレと同じ顔を持つようになって、秘密を共有する仲間が増えるようになった。木下はオレにとって秘密を共有する新たな仲間となった。そして、とんでもない情報も抱えていた。
「ま、なんかあっても一途がなんとかしてくれるだろ?」
「おいおい、俺頼みかよ」
「小生もいますぞ! エルたそ、こんなのに任せず小生をお頼りくだされ!」
苦笑いを浮かべると、一途がスマホを見て仰天していた。
「やっべ、もうこんな時間。準備しねえと! 木下、これからもよろしくな」
「ええ。ですが、小田倉氏はどちらへ?」
「あいつもVtuberになるんだってさ。オレとコラボしたい一心で」
「おやおやおや」
驚く木下を置いてオレ達は自分のコーヒー代を支払って喫茶店を後にした。
家路で別れた後、オレも配信の準備を進めていく。オレも負けてはいられない。どんなやつがオレを嗅ぎまわり、神野エルを暴こうと、親友が同じ土俵で戦おうとも、自分の手は止めていられない。
「まずは敵情視察! えーと、鯨鮫おるかっと」
自分のパソコンを開いてU-tubeの検索欄で彼女の名前を検索する。
ヒットした。【鯨鮫おるか 深界系Vtuber】というチャンネル名が見えた。
「チャンネル登録者もう55万人!? 配信してまだ数日しか経ってねえよな?」
焦りと、喜びのようなものが両方こみあげてきた。だが、その感情たちはすべて負けてられないという感情へと集約されていく。オレは元から負けず嫌いだ。EPEXを初めて触って負けた時もこの感情から数日でトッププレイヤーと肩を並べるまでの実力へと昇ってきた。Vtuberとしての活動も同じだ。誰にもなれない唯一無二になるため頑張ってきた。
「さて、オレも配信といきますか......」
オレは久しぶりにEPEXのゲーム画面を開いた。プライベートでも何回かやっているが、全盛期よりもランクは下がっている。だが、ちょうどいいくらいだ。アプデも入ったことだし、やってみるか......。
「こんえる~! ゆーらいぶ4期生 バーチャル美少女JKVtuberの神野エルです! 今日は久しぶりにEPEXやろうと思いまーす。というのもねぇ、最近アプデが入って新スキンとか出たらしいので遊びたいと思いますぅ~。みんなはぁ、EPEXやってる?」
【ジンジャー・エール飲みたい】「久しぶりすぎる! 楽しみ!」
【EPEXにんじゃ野郎】「お、いいですな! スナイパーで狩ろうぜ(鬼畜)」
【下ネタヘイヘイ】「ちょっと前にやったなぁ。アプデは知らなかった」
「新スキンがあるのは、昔使ってたトラッパーと私は使ったことのないスナイパー、ソルジャーですね。スナイパーはまじで難しかった。立ち回りとか......。みんな何使ってる?」
【ゆずぽん】「トラッパーに近いけど、スカウトボマーとかかな? 隠れながら相手爆破させるの好き」
【EPEXにんじゃ野郎】「もち、ソルジャー」
【変態真摯】「女性トラッパーはエッッッ! なのでオヌヌメです!」
「なるほどねえ......。とりま、誰でも使いやすいソルジャーで行くか。新スキンは顔出しか! おお、イケメン&美女!! じゃあ、この女性の方で潜りたいと思います!」
そういって待機画面に移った後、飛行機に乗る場面に移っていく。オレは少しマップを確認しながらどこで降りるか見定める。真ん中はさすがに前線すぎるから少し右にするか......。
「よっしゃやるやでー! よいしょっと! まずは武器確認!」
【EPEXにんじゃ野郎】「レア:アサルトならまぁ......。シールドポーションもあるし当たりかな?」
【下ネタヘイヘイ】「ダブルバレットは取らないの?」
「ダブルバレットはねえ......。複数相手だと有利だけどちょっと扱いづらいかもなぁ......。私は銃一つで事足りる派だから」
アサルトを装備してフィールドを駆けていく。山や木々のグラフィックがしっかりしている反面、配信をしていると若干カクついてしまうのがこのPCの弱点だ。それでも、美しさは変わらない。
「物陰に隠れておいて、作戦を考えるかぁ......。あ、いた」
廃墟のような場所から確認すると、標的がホイホイと歩いてきていた。それを見るなり、オレはアサルトのトリガーを押す。銃弾がヒットしている鈍い音がいくつかすると敵が倒れていく。すかさず、オレはその敵の方へ向かっていく。
「よし! わからせとくか......」
【ジンジャー・エール飲みたい】「分からせる? ああ、トドメ刺すってことね」
【ゆずぽん】「死体蹴りのことわからせるって言う人初めて見た」
「アイテムゲット~! お、Aレア:チェーンソーじゃん。でも近接は苦手だなぁ」
【kana0909】「やっぱジンさんとマッチしてるー! エルちゃん、ジンさんとマッチしてるよー」
何人か敵をキルしていくとコメントからいくつか指摘が入ってくる。え? ジンさんとマッチしてる?
まじか、じゃあ相手も配信してるってこと? まじかぁ、まあいいか。忖度しないで頑張ろう。
「教えてくれてありがとうなんだけど、うちらは相手の凸しないようにしようね。多分、敵だし殺すから」
【下ネタヘイヘイ】「容赦なしで草ァッ!」
【ジンジャー・エール】「了解でやんす!」
【ゆずぽん】「がんばってください!」
【とり】「がんばえーる!」
¥1000【EPEXにんじゃ野郎】「なんだか知らんが、がんばえーる!」
「スパチャありがとう!! じゃあ、いっちょ殺しますか! そこにいんのはわかってんだよ!」
マップに表示されていたセーフティサークルが自分がいる位置とは離れていく。オレはそれを追いかけるように全身していきながら敵を倒していく。最後の一人になるまでがこのゲームの目的だ。躊躇や配慮はそこにない。ちらっと、【JIN@vtuber】という名のプレイヤーが逃げるトラッパーの頭上に表示される。
「背後がガラ空きですよ! そこのトラッパー!!」
¥500【下ネタヘイヘイ】「すごい! 全然腕前落ちてないじゃん」
【ゆずぽん】「久しぶりとは思えないエイム力。俺でなきゃ見逃しちゃうね」
「見逃し厳禁だよぉ!?」
オレはさらに駆け上がり、前線で隠れながらソルジャーとして敵を屠っていく。
そして、周りが静かになっていく。残りは一人となっていた。残りはどうやらスナイパーのようだ。
射線が走るなか、オレは近づかなければ不利な状況。だが、ここまで来て負けたくはない。
「おらあああ!!! 撃ちまくれええええええ! うぎゃああ!!」
相手の精密射撃がオレの使用キャラの脳天直撃。一発で死んでしまった。そして、その画面には『ジル・デ・ジルコニア@ゆーらいばー5にスナイプされた!』と表記されていた。
「マジか、この野良で二人の知り合い?に出会うなんて......」
オレは負けた反省をファンとしながら、次の対戦の準備を始めようとしていた。
だが、そこに突如としてジンさんがチャットで連絡してきた。
「久しぶりにしてるなら、言ってよ。久しぶりに組もうよ」
オレは、別に断る理由もないので何も考えずにOKした。
オレは新たにシングルマッチではなく、コンビネーションマッチの欄を押して準備を始めていく。
EPEXは波乱の戦いの場と化していく!




