79:腐れど縁(えにし)
一途=鯨鮫おるかだと知った遥。さらには二人で配信事故を起こす始末。
一体どうなっちゃうんだぁ~?
どうして、こんなことになっちまったんだ。オレの隣で不機嫌そうにニンジンを切り分けてる一途がVtuberになるだなんて......。考えはよぎっていたが、実際を見てしまうとジャガイモの皮を剥く手も止まる。
一途もそんな気持ちだったのかと思っていると、彼は包丁でオレを指さす。
「手、止まってる」
「包丁で指ささないで、くださいょ......つか、だいたい配信切れてなかったお前が悪いよな?」
「それは、すんません」
一途は次にたまねぎを一皮ひん剥いてから細切れにしていく。玉ねぎの成分が目に染みる。二人は少し目をしばしばとしながら淡々と役割をこなす。
「せめての救いは、互いの名前を言ってなかったことくらいか」
「そうかもしれんが、お前が来たせいで配信切り忘れとかやらかしたんだろ」
「それは、すんません」
露骨に一途の真似をするも、一途はクスリとも笑わない。ここ、笑うところなんだが......さすがに笑うこともできんか。オレはシュンとしながら油が敷かれた大鍋に生の豚肉をドサッといれてかき混ぜる。一途は頃合いを見て切った具材をどんどんと入れていく。
「あの配信残すのか?」
「うーん、消したらなんか言われそうなんだが、ハルはこういうトラブル遭ったらどうする?」
「面白さをとるか、自己保身をとるかだな。昔のオレなら残さないだろうな。男ってバレたくなかったっていうこともあったし。でも、今じゃそんなの意味ないから面白さで残しちゃうかもな」
一途は少し考えこみながら具材と水の入った鍋にシチューの素を入れる。
かき混ぜながら物思いに更けている様子の一途。彼のホッとしたような、まだ緊張が抜けていないような微妙な表情を見ると少し抱きしめたい気持ちになる。こんな気持ち、初めてだ......。息苦しさを感じながらもシチューの出来上がった匂いでハッとする。
「ごはんはオレがよそうよ」
「頼むわ」
そういうと、一途は皿に盛りつけたシチューをテーブルの上に置いた。テーブルはさっきまで配信をしていたとは思えないほど片付いている。いつもこんな風に食事をとっていたのかと、ずぼらにパソコンの上で食事をとるオレを顧みてしまう。
「はい、どうぞ」
オレはご飯とともにスプーンを手渡す。一途の向かいに座り、スプーンを持ちながら手を合わせる。
一途は一度、スプーンを置いてから手を合わせてからスプーンを持ち直して食べ始めた。
「......さっきの配信、切り抜きで残すことにするわ」
唐突に一途はこちらに向き直り、真剣な表情を浮かべていた。
「いいんじゃない? それで......。 あ、切り抜きで思い出したけどさ、お前の切り抜きチャンネルが休んでるせいでなんかいろいろ増えてるんだけど?」
切り抜きチャンネルは一途が始めたものも含めて最近4つくらいに増えている。いろんな人が見てくれるのは嬉しいけど、やっぱり自分の配信をメインに見てほしいというのはある。だからできれば統一したい......。
「え、まじで?」
「マジマジ。これ見てみろって」
オレがおもむろにポケットからスマホを取り出し、画面を見せた。そこには、一途が作ったもの以外の切り抜きチャンネルが並んでいた。中には一途のチャンネルが休んでいることを悪く言う人間がいることも知ってる。
「うわぁ、でもいっぱいあるのは厄介だな」
「お前が、始めたことだろ。なんとかしろよ」
「わかってる。でも、これ以上俺だけで運営はできないし」
「そっか。じゃあ誰かに公式としてやってもらう?」
「そうだな......」
少し考えた後、中々思いつかない一途は先にスプーンを進める。オレも一途の答えを聞くまでご飯を胃の中に入れていく。すると、一途は思い出したかのように目を見開いてオレにスプーンを向けた。
「一人、当てがある。明日、そいつに頼んでみるよ」
「大丈夫か?」
「オレが知る唯一のエル親衛隊だ」
晩御飯をすませたオレ達は流しに皿をいれる。空はもう黒く染まり切っている。このまま帰ってもいいが、そうするのもめんどくさい。
「なぁ、今日お前んち泊っていいか?」
「近いんだし、帰れよ」
「そう言うなよ。いじわるだな」
「そうやってすぐめんどくさがる。顔はいい癖してガサツなんだよ」
「お前のバスルームと寝巻借りるな」
「おい、勝手に決めんな! って、もう入ってるし」
一途は一度オレがやり始めたことにはもう口出ししてこない。だから、オレもあいつのやり始めたVtuberとしての活動を止める権利はない。さっぱりとした体に自分の下着、そして一途から借りたジャージを着る。
「そこにある座椅子になら寝ても構わんぞ」
「さんきゅ♪ ......それで、明日行くのか? その当てにしてる人に」
「行けたらな」
一途は風呂にも入らずに来ていた寝巻のまま布団に転がり込む。どうりで少しバスルームが小綺麗なわけだ。
「人に会うならお風呂入りなよ」
「俺ゃ倹約家だからよ。汗かいてない時は入らねえって決めてんの」
「あっそ。オレももう寝ちゃお」
「いや、だからあっちの座椅子使えよ。狭いんだから」
「いいじゃん、減るもんじゃなし」
「いや、面積減ってんだけど?」
そろそろと一途の背中にくっつこうとするも、暑がって何度も振りほどかれる。
はぁ、とため息をついてオレはゆっくりと座椅子の方へ向かい、目を閉じ眠りにつく。
ただで転んではVになった意味がない。
だが、一途は少し悩んでとりあえず配信のアーカイブを見れないようにしたのだった。




