「仮面の裏側」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
物語は少しずつ動き始め、ザックの周囲でも様々な出来事が起こり始めています。第22話も楽しんでいただければ幸いです。
それでは、どうぞごゆっくりお楽しみください。
ザックは足早にジェフの家へ到着した。
ジェフに扉を開けてもらうと、そのまま地下室へ向かう。
地下室はやや薄暗く、椅子に縛り付けられた男が苛立ちと怒りのこもった目で彼らを睨んでいた。
その近くにはイサアクとジェフが座っている。
ザックは周囲を見回しながら状況を確認すると、イサアクへ視線を向けた。
「それで……どういう経緯でこんなことになったんだ? それに、その縛られた男は何者だ?」
イサアクはうんざりしたように息を吐き、シャツの端に付いた小さな染みを指差した。
「シャツにケーキが付いてしまってな。染み抜きを買いにショッピングモールへ行ったんだ。すると突然、二十人以上の武装した覆面集団が押し入ってきた」
彼は続ける。
「二人ほど倒したんだが、一人はその場に放置して、もう一人を追いかけた。そして捕まえたのがこいつだ」
ジェフはテーブルの上に置かれていた携帯電話を手に取り、ザックへ差し出した。
「こいつの携帯だ。身体検査の時に見つけた」
そして肩をすくめる。
「暗証番号は突破できなかったし、本人も口を割ろうとしない」
ジェフは覆面男へ皮肉っぽい視線を向けながら付け加えた。
「そうそう。ちなみに、こいつが持っていた金は全部うまいチーズサンドに化けた。あれは本当に絶品だったぞ」
ザックは携帯電話を受け取り、手の中で軽く回した。
それから縛られた男へ二歩近づく。
少し身を屈め、静かながらも鋭い口調で問いかけた。
「お前たちをショッピングモールへ送り込んだのは誰だ?」
さらに携帯を見せる。
「それと、この携帯は誰のものだ?」
返ってきたのは沈黙だけだった。
男は無言のまま、冷たい視線を向けてくる。
ザックは小さくため息をついた。
するとジェフが提案する。
「ザック。このやり方じゃ話さないと思うぞ」
彼は少し考えてから続けた。
「今この地区を仕切っている男のところへ連れて行くのはどうだ? ああいう連中から情報を引き出すのは得意なはずだ」
その言葉にイサアクが即座に反応した。
「駄目だ!」
鋭い声で言い切る。
「俺はあんな連中と協力するつもりはない。あいつらのやり方だって信用できない」
ザックは落ち着いた口調で言った。
「待て、イサアク」
少し考えるように目を細める。
「その男は裏社会の事情に詳しい。もしかすると、この地区を混乱させようとしている連中について何か知っているかもしれない」
ジェフもすぐに同意した。
「その通りだ。それに俺だって、こんな男をいつまでも地下室に縛っておくわけにはいかない」
イサアクはしばらく黙り込んだ。
やがて観念したようにため息を吐き、渋々頷く。
ザックはジェフへ視線を向けた。
「ところで、その地区を仕切っている男って誰なんだ?」
ジェフは即答する。
「バジディオだ」
そして続けた。
「ただし、あいつにも上がいる。周辺の地区をまとめて支配している男だ。名前はプレウロトゥス。本拠地は隣の地区にある」
ザックは驚いたように眉を上げた。
「ずいぶん詳しいんだな、ジェフ」
するとイサアクが手をひらひらと振りながら茶化した。
「こいつは昔からこういう無駄知識ばかり覚えているんだ」
ジェフの顔がわずかに赤くなる。
「無駄知識じゃない!」
思わず声を上げた。
「こういう勢力図や裏の事情を知っているからこそ、この辺りで安全に暮らせるんだぞ!」
その頃、クラトロスは静かな足取りで自宅のアパートへ向かっていた。
階段を上り、鍵を取り出して扉を開ける。
中へ入ると、後ろ手に扉を閉めた。
彼は上着を脱いで丁寧に掛け、そのまま洗面所へ向かう。
冷たい水で顔を洗い、パーティーと一日の疲れを洗い流した。
その後、キッチンへ向かおうとした時だった。
突然、足が止まる。
表情が驚きと困惑に変わった。
食卓が見事に整えられていたのだ。
中央には細かく刻まれた七面鳥料理。
その隣には香り豊かなライスサラダ。
さらに、クラトロスの大好物であるチェリージュースが二杯並べられている。
まるで誰かが彼の帰宅を待っていたかのようだった。
その理由を考える間もなく――
柔らかな腕が後ろから彼を抱きしめた。
長い杏色の髪が背中に触れる。
耳元で温かな声が囁いた。
「あなた……そんなに驚いているの? どうしてかしら?」
クラトロスは振り返る。
そして目を見開いた。
「グリヴォラ……? 本当に君なのか?」
グリヴォラは優しく微笑んだ。
「私以外に誰がいるの? あなたの大好物を作ってあげられる人なんて」
クラトロスの表情が自然と和らぐ。
「これは本当に素晴らしいサプライズだな」
グリヴォラはどこか誇らしげに答えた。
「もちろんよ」
クラトロスは彼女の両手を取る。
そして意味深な口調で言った。
「だが、この驚きの本当の理由は料理じゃない」
グリヴォラは静かに視線を落とした。
「私は特別なことなんてしていないわ。ただ、あなたの指示に従っただけ」
クラトロスは彼女を見つめる。
「だからこそだ」
少し間を置いて続けた。
「これからはここで私と暮らすつもりなんだろう?」
グリヴォラは迷いなく頷く。
「ええ。その方がアゼルバイジャンへ逃げるよりずっと良いもの」
クラトロスは満足そうに微笑んだ。
「そうか」
そして食卓へ視線を向ける。
「では、食事を始めようか」
二人は手を取り合ったまま食卓へ向かう。
そして、数々の秘密と企みを胸に抱えながら、静かに席に着いた。
フェリックスは道路脇に停めた車の中に座っていた。
携帯電話を取り出し、通話ボタンを押す。
しばらくすると、ザックの少し苛立った声が聞こえてきた。
「ん? フェリックスか? どうしたんだ?」
フェリックスは運転席で姿勢を正し、単刀直入に切り出した。
「ザック。グリヴォラに関する重要な情報をいくつか手に入れた」
電話の向こうでザックの声が弾む。
「本当か!? でも、そんなに早くどうやって?」
フェリックスは自信ありげに微笑んだ。
「警察署に勤めている友人がいるんだ。ディミトリという男でな。彼が協力してくれたおかげだ」
そして続ける。
「明日の朝、俺の家に来てくれ。この件について詳しく話し合う必要がある」
ザックはため息をついた後、納得したように答えた。
「分かった、分かった。明日話そう」
「それでいい」
フェリックスは通話を切り、携帯電話を脇に置く。
そして車のエンジンをかける準備を整えた。
ジェフ、イサアク、そしてザックの三人は、プレウロトゥスの本拠地近くまでやって来ていた。
しかし、長く慌ただしい一日を過ごしたせいで、ザックの顔にははっきりと疲労の色が浮かんでいた。
ザックは足を止める。
そして二人に軽く謝りながら、先に帰ることを告げた。
家へ戻って休みたかったのだ。
ジェフとイサアクは渋々ながらも了承した。
だが、イサアクはいつものように皮肉を忘れない。
薄く笑いながら言った。
「無理する必要なんてないだろ。どうせ今日は大したこと何もしてないんだからな」
その言葉に、ジェフも笑みを浮かべた。
「じゃあな。チャオ」
ザックは疲れたような小さな笑みを返す。
そして二人に別れを告げ、隣の地区にある自宅へ向かって歩き出した。
夜の薄闇の中。
足取りは重く、ゆっくりとしている。
街は静かだった。
だが、ザックの頭の中だけは違った。
道の先に、フレデリックの姿が見える。
そして、いつもの背を丸めた女性の姿も。
二人は道の終わりに立っていた。
距離は離れているはずなのに――
その声だけは、すぐ耳元で囁かれているかのように聞こえてくる。
『お前は何もしていない……』
『お前は何もしていない……』
『お前は何もしていない……』
『お前は何もしていない……』
ザックは眉をひそめた。
苛立ちと焦燥が胸の中で膨れ上がる。
彼は強く目を閉じ、両手で耳を塞いだ。
だが、その声は止まらない。
「黙れ……! 黙れ……! 黙れ……! 黙れ……!」
ザックは叫んだ。
それでも声は消えない。
やがて彼は自分自身に言い聞かせるように呟く。
「分かってる……。こんなのは、ただのくだらない幻だ……」
少しだけ歩調を速めた。
「フレデリックさんも、モルチェラさんも、もうこの世にはいない……。そんなことくらい、ちゃんと分かってる」
ザックは力なく息を吐く。
そして重い足取りのまま家路を進んだ。
今の彼には、何よりも休息が必要だった。
やがて自宅へ辿り着くと、そのまま深い眠りへと落ちていった。
第22話を読んでいただき、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。よろしければ感想やコメントを残していただけると、今後の執筆の励みになります。
また次回の更新でお会いしましょう。




