勝者の微笑み
第21話です。
どうぞお楽しみください。
裁判所が職員たちのために貸し切った豪華なパーティー会場。
会場は大勢の人々で賑わい、ジュースや飲み物の香りがあちこちに漂っていた。
特徴的な歌声を持つ歌手の歌に合わせ、人々は歌い、踊り、思い思いに宴を楽しんでいる。
そんな賑やかな空間の中、ザックとリサは一つのテーブルに腰を下ろしていた。
リサは歌手の歌声にすっかり夢中になり、メロディーに合わせて鼻歌を口ずさみながら、軽やかに身体を揺らしている。
だが、その隣のザックはまるで正反対だった。
硬い表情のまま座り込み、鋭く警戒した視線を四方へ走らせている。
彼が探している顔はただ一人。
――グリヴォラ・フロンドーサ。
しかし、どれだけ会場を見渡しても、その姿は見つからなかった。
そんな彼の様子を見て、リサが楽しそうに声をかける。
「ザック、踊りましょうよ! みんな踊ってるじゃない!」
ザックは驚いたように彼女を見た。
「はあ? 何言ってるんだよ。絶対に嫌だ。俺はダンスなんて全然できないし、それに踊ってないのは俺たちだけじゃないだろ? ほら、あそこのテーブルを見てみろよ」
そう言って右側のテーブルを指差す。
リサはそちらへ視線を向けると、呆れたようにため息をついた。
「ああ、あれは裁判所のお年寄りたちでしょ? そりゃ踊らないわよ。でも私たちは若いんだから! ほら行きましょう!」
だがザックはいつもの頑固さを見せる。
「いや、今回はやめておく。俺は本当に踊れないんだ」
リサは肩を落とした。
「うーん……分かったわ。無理には誘わない」
リサは再び音楽を楽しみ始める。
一方でザックの頭は、どうやってグリヴォラへ辿り着くかでいっぱいだった。
やがて彼は真剣な表情で尋ねる。
「リサ。グリヴォラって本当にこのパーティーに招待されてるのか?」
リサは不思議そうな顔をした。
「え? どうしてそんなに彼女のことばかり聞くの? もちろん招待されてるわよ。このパーティーは裁判所の全職員が対象なんだから」
その返答を聞いた瞬間、ザックは心の中で呟く。
(なるほど……。なら残る手は『レックス方式』しかないな)
彼は再びリサを見る。
「ここに彼女の友達はいるか?」
リサはすぐに答えた。
「いるわ。カーラよ。グリヴォラの親友なの。さっき見かけたわ」
ザックの目が輝く。
「その人に会おう。グリヴォラがどこにいるのか聞きたい」
リサは呆れたように目を回した。
「ついて来なさい。そして少し黙ってなさいよ、ザック。あなた本当におしゃべりなんだから」
ザックは彼女の後について歩き出した。
二人が向かったのは会場中央付近のテーブルだった。
そこではカーラが激しく踊った後らしく、ちょうど休憩していた。
リサは笑顔で声をかける。
「カーラ! 元気?」
カーラは振り返り、嬉しそうに微笑んだ。
「リサ! 久しぶりね。最近全然話してなかったじゃない。パーティーは楽しんでる?」
リサは軽く笑う。
「ええ、もちろん。それより紹介するわね。こちらはザック・レスター。グリヴォラのことを探しているの」
ザックは礼儀正しく頭を下げた。
「はじめまして、カーラさん」
カーラも微笑む。
「こちらこそ、はじめまして」
そして少し悪戯っぽい表情になった。
「でも残念ね。グリヴォラは今日は来ていないの。それに最初からパーティーには来ないって言っていたわよ」
少し間を置いてから付け加える。
「ちなみに念のため言っておくけど、彼女は既婚者だからね?」
その瞬間だった。
リサは大声で笑い出した。
一方のザックは露骨に驚き、困惑した表情を浮かべる。
「ま、待て待て! そういうつもりじゃない! 本当に違うんだ!」
リサは笑いながらザックの腕を引っ張った。
「はいはい」
そしてカーラに別れを告げる。
二人はそのまま自分たちのテーブルへ戻っていった。
ジェフリーの屋敷の地下室には、押し殺したような呼吸音以外、何の音もなかった。
部屋の中央では、一人の男が椅子に縛り付けられている。
イサアクとジェフが覆面を外した後、両手両足を厳重に拘束したのだ。
二人はその男の正面に椅子を置いて座っていた。
そして、それぞれ温かいチーズサンドの包みを開き、黙ったまま男を見つめながら美味しそうに食べている。
イサアクは一口食べ終えると、近くのテーブルに置かれた札束へ視線を向けた。
そして咀嚼しながら言う。
「このチーズサンド、本当に美味いな……。お前が持っていた金で買ったんだが、最高の食事になった。実に素晴らしい」
ジェフはジュースを一口飲み、男を見ながら微笑んだ。
「まったくだよ。こんなに美味しいチーズサンドを食べたのは久しぶりだ。お前の金はまともな金じゃないが、おかげで良い食事ができたな」
男は怒りと絶望の入り混じった目で二人を睨み続けていた。
しかし、何一つ口を開こうとはしない。
イサアクはサンドイッチを食べ終え、手を拭いた。
そしてジェフへ視線を向ける。
「この男は相当頑固だな……。このままでは何も喋らない」
ジェフは少し考え込んだ後、口を開いた。
「一番良い方法は、すぐにザックへ知らせることだと思う。あいつは探偵だし、自分なりのやり方で情報を引き出せるはずだ」
イサアクは頷いた。
「その通りだな……。ザックなら、こういう手合いの犯罪者の扱い方を知っている」
ショッピングモールの通路には、組織的な強盗事件の直後ということもあり、混乱が渦巻いていた。
被害総額は甚大。
破壊の痕跡が至る所に残されている。
そんな重苦しい空気の中、数十人もの商人や住民たちが一か所に集まっていた。
男も女も関係なく、一人の男を取り囲んでいる。
その中心に立っていたのは――バジディオだった。
バジディオは群衆のざわめきをかき消すように声を張り上げる。
「私は何度も警告したはずだ! だが君たちは私の提案を拒んだ。『アスコさんがいるから大丈夫だ』『誰も手出しなどできない』とね! ――そして今、どうなった?」
その言葉に群衆は大きくざわめいた。
「あの連中はアスコさんがいなくなった隙を突いたんだ!」
「そうだ! 逮捕されたと聞いた途端に動き出しやがった!」
「くそっ、あの悪党どもめ!」
「アスコさんは必ず戻ってくる! そして俺たちを助けてくれるはずだ!」
バジディオは手を上げて彼らを制した。
「その通りだ。私もそう思う。あの犬どもはアスコさんの不在を利用した。だが――まだバジディオという男を知らないらしいな」
彼は自信に満ちた笑みを浮かべる。
「私に任せてくれれば、部下たちをこの一帯の隅々まで配置しよう。君たちと店を守るためにな。だが当然、彼らにも生活がある。妻や子供がいて、金が必要だ」
すると商人たちは即座に答えた。
「定期的に少しずつ金を出し合えばいい!」
「それで安全が買えるなら安いものだ!」
バジディオは満足そうに頷く。
「その言葉を待っていた!」
そして両手を高く掲げた。
「この提案に賛成する者は手を挙げてくれ!」
その場にいた全員が迷うことなく手を挙げた。
バジディオは力強く宣言する。
「よし。ならば安心して商売を続けてくれ。今日からこの場所は私が守る!」
群衆は次々と散っていった。
商人たちは店へ戻り、住民たちもそれぞれの持ち場へ帰っていく。
バジディオは一人、満足げな足取りで外へ向かった。
そして携帯電話を取り出し、素早く電話をかける。
数回の呼び出し音の後、相手が出た。
『何の用だ!? 今夜は電話するなと言ったはずだ!』
苛立ちに満ちた声だった。
だがバジディオは穏やかな笑みを崩さない。
「君のパーティーなんかより大事な知らせがある」
彼は短く告げる。
「――私たちの勝ちだ。それだけだよ」
返事を聞く前に通話を切った。
相手を怒らせたことなど気にもしていない。
むしろその顔には隠しきれない喜びが浮かんでいた。
バジディオは微笑みながら周囲を見渡す。
まるで全てが思い通りに進んでいることを確かめるかのように。
五十代半ばほどの男は、携帯電話をスーツの内ポケットへしまった。
見事に後ろへ撫でつけられた灰色の髪。
隙のない身なり。
そして厳格さを感じさせる表情。
彼は喧騒から少し離れながら、心の中で低く唸った。
(あの野郎……後でたっぷり思い知らせてやる)
男は自信に満ちた足取りで賑やかな会場を横切る。
数多く並ぶテーブルの中から、一つの席へ向かっていた。
ザックとリサが座るテーブルだ。
彼は二人の前で足を止め、落ち着いた声で挨拶する。
「リサさん、こんばんは」
リサは振り返り、驚いたように微笑んだ。
「あっ……クラトロスさん! こんばんは。こちらにもいらしていたんですね」
クラトロスは上品な笑みを浮かべる。
「ええ。たまには息抜きも必要ですから」
そう言って視線をザックへ向けた。
当のザックは考え事に夢中で、目の前に誰が立っているのかすら気づいていない。
クラトロスは穏やかに言った。
「どうやら、まだお連れの方を紹介していただいていないようですね」
その瞬間だった。
リサはテーブルの下でザックの足を軽く蹴る。
ザックはびくりと肩を震わせ、ようやく我に返った。
リサは慌てて紹介する。
「クラトロスさん、こちらはザック・リスター。私の従兄です。ザック、こちらはクラトロス・アーチェリーさんよ」
クラトロスは姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
「お会いできて光栄です、リスターさん」
ザックは小さくため息をつきながら答える。
「こちらこそ、光栄です」
クラトロスは興味深そうに彼を見つめた。
「ところで、裁判所の新しい職員ですか? 初めてお見かけしたもので」
リサがすぐに口を挟む。
「いいえ。ザックは裁判所で働いていません。今日は私の同伴者として来ているだけです」
クラトロスは納得したように頷いた。
「なるほど。では、お二人とも良い夜を。失礼します、リサさん。リスターさん」
二人は手を振って見送る。
クラトロスはそのまま人混みの中へ消えていった。
彼の姿が見えなくなると、リサは身を乗り出して小声で言った。
「今の人がグリヴォラの上司よ。さっき話した検察官」
ザックは目を見開く。
「本当か!? だったら今の人が一番居場所を知っているはずだ! 今すぐ追いかけて聞いてくる!」
立ち上がろうとしたザックの肩を、リサが慌てて掴んだ。
「やめなさいってば! 相手は大物検察官なのよ? あなたの質問なんて相手にしてくれないわ。放っておきなさい」
ザックが反論しようとした、その時だった。
ポケットの中で携帯電話が震える。
彼は画面を確認した。
表示されていた名前は――ジェフ。
ザックは不思議そうに電話へ出る。
「ん? ジェフか。どうした?」
受話器の向こうから慌ただしい声が飛んできた。
『おい! すぐ俺の家へ来てくれ! 詳しい話はこっちでする!』
ザックは眉をひそめる。
「でも今は無理だ。そっちの祝いには参加できないって言っただろ。こっちは忙しいんだ」
しかしジェフは真剣な声で遮った。
『祝いの話じゃない! そんなものは中止した! とにかく急いで来てくれ! かなり重要な話なんだ!』
ザックは相手の声からただならぬ緊張を感じ取った。
そして苛立たしげに息を吐く。
「分かった、分かったよ。そこまで言うなら、できるだけ早く向かう」
「遅れるなよ……チャオ」
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それでは、また次回。




