第二章:操り糸
第2話へようこそ!
ここから少しずつ物語が動き始めます。
それでは、どうぞお楽しみください!
『社会の裏側』
第二章:届かない手がかり
ザックが数年前に卒業して以来、「ベルファスト・ロイヤル・アカデミー」の校門は驚くほど変わっていなかった。ベルファスト特有の湿った雨に晒されて色褪せ、くすんだ赤レンガの壁。そして、動くたびに耳障りな金属音を立てる重厚な鉄格子の門。しかし、ザックにとってこの訪問は郷愁に浸るためではなく、好奇心に満ちた公式な捜査仕事だった。
ザックはいつものだらしない足取りで、両手をジャケットのポケットに突っ込みながら廊下を歩いていた。威厳ある刑事の役を演じようと努めてはみるものの、その気だるげで奔放な雰囲気のせいで、法を執行する人間というよりは、授業をサボって徘徊している不良生徒のようにしか見えなかった。
ザックはかつての教師たちや校長との古い顔馴染みであることを利用し、各オフィスを器用に回り、冗談を交えながら場を和ませていった。そして、本題であるロジャー・コックスのノートPC紛失事件について聞き込みを始めた。
しかし、得られた結果は奇妙なほどに手応えのないものだった。
担任の教師、校長、そして休み時間に廊下にいた数人の生徒たちにも話を聞いた。全員の証言は一つの結論に達していた。──その日、不審な動きは一切なく、教室に見知らぬ者が入るのを目撃した者もいない。まるで、パソコンが空気中に消えてしまったかのようだった。
そんな謎だらけの状況の中で、誰もが奇妙な好奇心と警戒心を込めて口にする、一つの名前が浮上した。
ジェレメイン・ディ・ナズ。
「ジェレメイン?」ザックは校長のデスクに寄りかかりながら、訝しげに尋ねた。「そいつがどうしたんです?」
校長は神妙な面持ちでその生徒のファイルを見つめながら答えた。「ロジャーの唯一の友人だ。ひどく風変わりな男でね、この学校に転入してきたのもわずか二ヶ月前のことだ。さらに奇妙なのは……あのパソコンが盗まれた日を境に、一度も登校していないということだよ」
すべての状況証拠と疑惑の矛先は、ジェレメインが第一容疑者であることを明確に示していた。しかし、ザックの脳裏には、あのオフィスで見せたロジャーの激昂した表情が焼き付いていた。少年は、出会ってわずか二ヶ月しか経っていない友人の無実を証明するために、今にも戦わんばかりの剣幕だったのだ。
ザックは、狩人としての本能から、何かが決定的に欠落していると感じていた。彼はいつもの軽い調子で校長に言った。
「校長先生、その謎めいた少年の現住所を教えていただけませんか? 彼なら、私が求めている答えをいくつか持っていそうだ」
ザックはベルファスト北部から南下し、「アントリム・ロード」から分岐する古い住宅街へと向かった。天気はいつものように鬱陶しく移り変わっていた。細かな霧雨が顔を叩き、湿った冷たい空気が、近くの海と排気ガスの入り混じった臭いを運んでくる。ザックは重い足取りで歩き、コートのポケットを叩いて、校長がメモしてくれたジェレメイン・ディ・ナズの住所の紙があることを確認した。
ようやく目的地に到着したとき、目の前に現れたのは、灰色の空を映し出す一枚の窓ガラスを持つ、古びた暗いレンガ造りの慎ましい家だった。辺りは異様な静寂に包まれており、生活の気配は微塵も感じられない。
ザックは前に進み、古びた木製のドアの前に立った。金属製の呼び鈴のボタンを指で押すと、かすれたベルの音が家の中に吸い込まれていく。しばらく待ったが、反応はない。彼は諦めず、今度は拳でドアを三回強く叩いた。
──トントン、トン。
やはり、内部の静寂は破れなかった。
ザックはうんざりしたようにため息をつき、家の周囲を探索し始めた。雑草が荒れ放題になっている狭い裏庭を覗き込み、再び正面に回ってスチール製の郵便受けを確かめたが、中は完全に空っぽだった。ザックはその場に立ち尽くし、自分の滑稽な状況に自嘲気味に呟いた。
「おいおい……この忌々しいドアを誰も開けてくれないなら、鍵をぶっ壊して入るしかないのか?」
それから一瞬沈黙し、肩をすくめて力なく首を振った。
「いや……ダメだ。令状もなしに侵入したら、フィリックスに首をはねられて署の入り口に晒されるな」
ザックの胸に、徒労感と無力感が重くのしかかった。滑稽極まりない状況だった。ただのありふれたパソコン盗難事件だというのに、朝から一歩も前に進めていないのだ。
彼は諦めたように後退し、冷たい石造りの歩道の縁石に腰を下ろして、両膝を抱え込んだ。その表情は暗く、視線はアスファルトの窪みにできた水たまりを虚ろに見つめていた。彼は苦々しく、ぽつりと呟いた。
「ただのくだらない盗難事件だっていうのに……何一つ手が出せない。糞っ、俺はなんて無力なんだ」
その深い沈黙に沈んでいた時、突然、背後に誰かの気配を感じた。
ザックは弾かれたように立ち上がり、驚きと警戒を露わにしながら一歩飛び退いた。目の前に立っていたのは、グレーの地味なコートを着た、背の低い禿げ頭の男だった。その表情は極めて穏やかで、友好的な笑みを浮かべている。
男はザックの過剰な反応に気づくと、申し訳なさそうに、丁寧で温かみのある声で謝罪した。
「失礼……驚かせてしまいましたかね」
ザックは乱れた呼吸を整え、いつもの涼しい顔を取り戻そうと素早く身なりを整えた。何事もなかったかのように再び縁石に腰掛け、気だるげな声で言った。
「いや……気にするな」
禿げ頭の男は彼の隣に静かに立ち、ジェレメインの家を見つめながら穏やかに尋ねた。
「あなたも、ジェレメインを探しているのですか?」
ザックは好奇心を刺激され、男の親しみやすい顔立ちを観察した。「ああ、そうだ。あんた、あいつの知り合いか?」
男は正直に、優しく頷いた。「ええ、私も彼を探していましてね。ですが、あなたがここにいるということは、私よりもあなたの方が、彼に会える可能性がずっと高そうだ」
男はコートの内ポケットにゆっくりと手を入れ、一通の赤い封筒を取り出すと、人懐っこい笑みを浮かべてザックに差し出した。
「もし彼に会うことがあれば、私の代わりにこの手紙を渡していただけないでしょうか?」
ザックは一瞬躊躇し、その赤い封筒を見つめた。しかし、男の放つ穏やかで誠実そうなオーラに毒気を抜かれ、手を伸ばしてそれを受け取った。「……まあ、いいさ。見つけたら渡しておくよ」
「寛大なご厚意に、深く感謝いたします」
背の低い男は深く一礼すると、静かな足取りでその場を去っていった。ザックは一人取り残され、手の中にある不気味なほど鮮やかな赤い封筒を見つめ続けた。
ベルファストの路地裏に佇む、安物の油と揚げ物の臭いが染み付いた古びた大衆食堂。その騒がしくも温かい空気の中で、ジェレメイン・ディ・ナズは木製の古いベンチシートに深く背を預けていた。
彼は周囲の喧騒などどこ吹く風といった様子で、皿に盛られたフライドポテトを貪るように平らげていた。その瞳には、目の前の食事をただ無邪気に楽しむ子供のような純粋な輝きが宿っていた。
しかし、そのささやかな至福の時間は、断りもなく正面の椅子が引かれ、誰かがテーブルに向かい合わせに座ったことで唐突に終わりを告げた。
ジェレメインはゆっくりと皿から顔を上げ、その無邪気な表情から徐々に生気が消え、冷ややかな驚きへと変わっていった。目の前に座っているのは、先ほどザックに見せた温厚な表情とは似ても似つかない、冷徹な静寂を纏ったあの背の低い禿げ頭の男だった。
「……は? 『勤勉』かよ」ジェレメインはポテトを飲み込み、不機嫌そうに鼻で笑った。「こんな安っぽい店でアンタに会うとはね」
男──『勤勉』は、ザックに見せたような温かみのある笑みを完全に消し去り、低く、冷淡な声で応じた。
「私は偶然など信じないよ、ジェレメイン。この世のすべては、あらかじめ定められた計画の通りに動いているのだから」
ジェレメインはそんな小難しい哲学には興味がないとばかりに、再びポテトを一本つまんで口に放り込んだ。そんな彼を無視して、『勤勉』は無感情に言葉を続けた。
「『傲慢』が、お前の様子を気にしていたぞ」
「あ?」ジェレメインは口をモグモグさせながら答えた。「見ての通り、俺はピンピンしてる。あの心配性によろしく言っておいてくれ」
その瞬間、『勤勉』のまとう空気が一変し、威圧的な鋭さが宿った。彼は少し身を乗り出し、冷たく警告した。
「ならいい。だが、これからはもっと慎重に行動しろ。一度でも足を踏み外せば、お前は二度と『ピンピン』してはいられなくなる」
ジェレメインの手がピタリと止まった。喉にポテトを詰まらせそうになり、胸を叩いて激しく咳き込んだ。彼は『勤勉』を不快そうに睨みつけた。
「急に物騒なことを言うなよ」
「今日、お前の家の周囲を嗅ぎ回っているガキを見つけた」
ジェレメインの目から無邪気さが消え去り、暗い怒りがその顔を覆った。「はあ? どこのどいつだ、そのクソ野郎は。教えてくれれば、今すぐ教育してやるよ」
「馬鹿を言うな」『勤勉』は低く、断固とした声でそれを遮った。「相手は警察の刑事だ。お前は、自ら檻の中に飛び込むつもりか?」
ジェレメインは背もたれに乱暴に体を預け、吐き捨てるように呟いた。「チッ……大人はいつも話を大袈裟にしやがる」
『勤勉』は静かに立ち上がり、幾分機械的な動作でグレーのジャケットを整えた。そして、去り際にジェレメインへ冷徹な一瞥をくれた。
「ともかく……細心の注意を払え。さもなければ……」
言葉を最後まで紡ぐことなく、男は煙と安油の臭いの中に音もなく溶け込むように消えていった。
ジェレメインは男が去った扉を見つめ、それから残ったポテトに視線を落とし、不満げに毒づいた。
「ポテトの一本も食わないで帰りやがって……。相変わらず、風情のないオヤジだ」
ザックは気が進まないまま、ロジャーの家族が暮らすアパートの木製階段を上っていた。前回のロジャーの異常な激昂を考えれば、この訪問が厄介なものになることは容易に想像できた。しかし、刑事としての執念が彼の足を前に進めていた。
ペンキが少し剥げかかった白いドアの前に立ち、ザックは三回、規則正しくノックした。
少しの静寂の後、ドアがゆっくりと開いた。現れた女性の姿を目にした瞬間、ザックは言葉を失った。四十代半ばと思われるその女性は、無造作ながらも気品を感じさせるブロンドのウェーブヘアを揺らし、深く、穏やかだがどこか疲れを宿した青い瞳で彼を見つめていた。彼女のまとう静かで知的な雰囲気が、その場の空気を一瞬で支配する。
「……何かご用でしょうか?」
彼女の穏やかな声が、ザックを我に返らせた。
ザックは慌てていつもの愛想のいい笑顔を作り、頭を掻きながら言った。
「あ、失礼しました! 私はザック・レスター。ロジャー君のノートPC盗難事件を担当している刑事です」
女性は微かに眉をひそめ、警戒しつつも礼儀正しく尋ねた。
「刑事さん……? 申し訳ありませんが、まず警察手帳を拝見してもよろしいですか?」
「あ、もちろん! ちょっと待ってくださいね……」ザックはコートのポケットをごそごそと探り、古いレシートや小銭を撒き散らしそうになりながら、ようやく警察バッジを取り出して提示した。「どうぞ、これです」
女性は手帳を数秒間見つめると、小さく頷き、ドアを開けて彼を中に招き入れた。
「どうぞ、お入りください。レスター刑事」
彼女はザックをシンプルだが温かみのあるリビングへと案内し、少し席を外して、すぐに湯気の立つ温かい紅茶を二杯淹れて戻ってきた。彼女が対面のソファに腰掛けると、ザックは柔らかいトーンで本題を切り出した。
「奥さん、少し気になることがありましてね。学校の先生や生徒たちに聞いたんですが、その日は授業でパソコンを使う予定は一切なかったそうなんです。なのに、なぜロジャー君はあのパソコンを学校へ持っていったんでしょうか?」
彼女は紅茶を一口すすり、慈愛に満ちた目で答えた。
「あの子は、新しくできたジェレメインというお友達に、自分の好きなものを見せたがっていたんです。ただ、自分の世界を共有したかっただけなのですよ」
ザックはカップの縁を指でなぞりながら、さらに核心へと踏み込んだ。
「そのパソコンの中に、何か特別な……例えば、ご家族の機密データや重要なファイルが入っていた、ということはありませんか?」
彼女は静かに首を振った。
「いいえ、そんなものは入っていません。ただの個人的なファイルや、普通の学校の課題だけです」
ザックは少し身を乗り出し、ロジャーが隠していた妙な関係性について探りを入れた。
「ロジャー君とジェレメイン君は、いつからそんなに親しい仲に? 出会ってまだ二ヶ月のはずですが、ロジャー君は彼を実の兄のように慕い、全力で庇おうとしていました」
母親は、微かに、どこか寂しげな笑みを浮かべた。
「ジェレメイン君はあの子にとって、とても大切な存在です。最近はずっと一緒にいましたから」
「ですが、知り合ってまだ二ヶ月ですよ?」ザックは疑問を呈した。
彼女はまっすぐにザックの瞳を見つめ返し、静かだが重みのある言葉を告げた。
「レスター刑事……あなたにとって、時間の長さだけが『友情』の価値を決めるものなのですか?」
その問いに、ザックは一瞬言葉に詰まった。彼は軽く咳払いをし、話題を切り替えることにした。
「……そうですね。ところで、ロジャー君は今どこに? それと、お父さんのコックス氏はいらっしゃいますか?」
「ロジャーは気持ちを落ち着かせるために、地元のサッカー観戦に出かけました」彼女は穏やかに答え、続けた。「主人は現在、仕事の都合でローズバーンに滞在しておりまして、戻るのは数日後になります」
その名前を聞いた瞬間、ザックは静かに立ち上がり、胸ポケットから名刺を取り出してテーブルの紅茶の横に置いた。
「分かりました……。お父さんが戻られましたら、すぐに私に連絡をいただけますか?」
女性は名刺に視線を落とし、それから優しく微笑んだ。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ、レスター刑事。主人が戻ったら、気軽に『フレディ』と呼んでやってくださいな」
ザックはその名前を聞き、頭の中で奇妙な引っかかりを感じながらも、いつもの軽い笑みを浮かべてオフィスの外へと歩き出した。
「フレディ……」
ベルファストの郊外、廃棄された古い工場の錆びついた鉄骨が沈黙の巨人のようにそびえ立つ一角に、巨大な廃倉庫があった。波板のスリットから差し込む青白い光が、冷たい空気の中に舞う埃と、鼻を突く鉄錆の臭いを浮かび上がらせている。
この不気味な空間の中に、三人の男たちが不自然な距離を保って佇んでいた。
古いパイプ椅子に腰掛けているのは、奇妙なほど冷徹に自身の指先を見つめている、白衣を羽織った男。その傍らには、まるで石像のように沈黙を守る、鍛え上げられた強靭な肉体を持つ男が立っていた。その存在感には圧倒的な風格と静けさが漂っている。
車の錆びついたシャーシに寄りかかっていたポニーテールの男──『傲慢』が、苛立ったように静寂を破った。
「進みが遅すぎる……。時間は無限にあるわけではないのだぞ」
白衣の男は視線を上げることなく、冷ややかな脅迫を孕んだ声で答えた。
「焦りは精密さを損なうぞ、『傲慢』。お前は少し、静寂を学ぶべきだ」
すると、傍らに立っていた屈強な男が、威厳に満ちた深い声で言った。
「無謀な突進は強さではない……ただの無策と混乱の証明だ。今はより慎重に、着実に歩みを進めるべき時だ」
その時、倉庫の重い鉄扉が甲高い軋み音を立てて開き、グレーのコートをまとった背の低い禿げ頭の男が静かに入ってきた。三人の視線が一斉に彼へと向けられた。
男は静かに服の埃を払うと、淡々と告げた。
「任務は無事に完了した」
威厳ある屈強な男が、微かに満足げに頷いた。
「やはりお前だ、『勤勉』。お前の確実さには信頼が置ける。それで、あの少年と刑事の様子は?」
『勤勉』は小さく息を吐き、冷静に答えた。
「愚かな刑事は計画通りにこちらの撒いた餌を追っている。赤い封筒も無事に奴の手元に渡った。すべては我々の脚本の通りだ」
『傲慢』は不快そうに眉をひそめ、冷ややかに言った。
「時間をかけすぎだ。俺が直接動いていれば、その半分の時間で完璧に片付けてみせた」
白衣の男が、冷たい笑みを浮かべて皮肉を言った。
「『傲慢』よ……お前が動けば、いつものようにリスクを恐れて、部下を先に死なせるだけの結果になっただろうさ」
『傲慢』はフンと鼻を鳴らし、不敵に笑った。
「誰が動こうと同じことだ。もたらされる結果が、すべてなのだから
第2話を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
もし気に入っていただけましたら、評価やブックマーク登録で応援していただけると嬉しいです。
次回もお楽しみに!




