嵐の前の静けさ
読んでいただき、ありがとうございます!
それでは、第十八話をお楽しみください。
ザックは従妹の家の玄関前に立っていた。
両手には鮮やかなオレンジ色のテディベアが抱えられている。その胸元には大きな文字で――『合格おめでとう!』――と書かれていた。
ザックは緊張を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き、意を決してインターホンを鳴らした。
扉を開けたリサは、最初こそ無関心そうな表情を浮かべていたものの、目の前に立つザックの姿を見た瞬間、その顔を驚きと困惑でいっぱいにした。
「ザック!? こんな時間に何してるの!? それに、そのぬいぐるみは何? 『合格おめでとう!』って書いてあるんだけど!?」
ザックは気まずそうに笑いながら頭をかき、ぬいぐるみを差し出した。
「君が俺に腹を立ててるのは分かってる。お祝いに付き合うのを断ったからな……だから仲直りしたくて来たんだ。まあ、その『合格おめでとう』については……仕方ないだろ? 店にあったぬいぐるみがこれしかなかったんだよ」
その瞬間、リサは堪えきれなくなった。
ザックの姿と、プレゼント選びにまで見事に失敗している様子があまりにもおかしくて、心の底から笑い出してしまう。
だが、その澄んだ笑い声は徐々に消えていった。
代わりに瞳から涙が溢れ始める。
リサはすぐにザックへ駆け寄り、必死に抱きついた。
押し殺した嗚咽が漏れる。
ザックは突然のことに戸惑った。
「リサ!? どうしたんだ!? 俺、何かまずいことでもしたか?」
リサは強く彼にしがみついたまま言う。
「ありがとう、ザック……。本当に私を大切にしてくれるのはあなただけなの……。お母さんがいなくなってから、この世界で心から私を想ってくれる人はあなただけ……。本当にありがとう」
ザックは優しい笑みを浮かべた。
「礼なんていらないさ。そもそも従兄の俺が君を大事にしなかったら、誰がするんだ? あのブライデンか?」
リサは涙を拭いながら、少しずつ笑顔を取り戻していく。
「本当にブライデンのことばっかりね!」
ザックは家の中へ入り、リサはその後ろで扉を閉めた。
彼は真っ直ぐソファへ向かい、そのまま体を投げ出すように座る。
長いため息を吐きながら、ここ数日感じたことのない安堵を味わっていた。
◇
ザックはソファの上で姿勢を正し、リサへ視線を向けた。
「そういえば、パーティーは明日だったよな?」
リサはオレンジ色のぬいぐるみを隣に置きながら微笑む。
「うん。明日の夕方よ。もしかして一緒に来てくれるの?」
ザックは柔らかく微笑んだ。
「俺が一緒に行くことで君が喜ぶなら、もちろん構わないさ」
リサの目がぱっと輝く。
「もちろん嬉しいわ! それじゃあ行きましょう! 今すぐ買い物よ!」
ザックは飛び上がるように立ち上がった。
「はぁ!? 何でそうなるんだよ!? 今の話と買い物に何の関係があるんだ!?」
リサは真剣な表情で彼を見つめる。
「まさかそのスーツでパーティーに行くつもりじゃないでしょうね? それ、何年着てるのよ、ザック。きっとスーツの方が『もう休ませてくれ』って泣いてるわよ」
ザックは全力で反論した。
「それは俺のスーツに対する重大な侮辱だぞ! こいつは今まで一緒にたくさんの冒険や苦難を乗り越えてきたんだ! しかもいつも幸運を運んでくれる! 絶対に手放さないし、こいつだって俺と離れたいなんて思ってない!」
リサは笑いながら彼の腕を掴んだ。
「とにかく行くの。そんなにデザインが好きなら、そっくりな新しいスーツを買えばいいだけでしょう?」
ザックは諦めたようにため息をつく。
「完全に俺の意見が無視されてるんだが……。はぁ、もう好きにしてくれ」
◇
バジディオはある女性の後ろを一定の距離を保ちながら歩いていた。
意味深な笑みを浮かべながら、その背中を追う。
数歩進んだところで声を上げた。
「マイセナ!」
マイセナは足を止め、驚いたように振り返る。
その表情や仕草から、彼女が急いでいることは明らかだった。
「マイセナさん。近くのカフェで少しだけお話しできませんか?」
しかしマイセナは申し訳なさそうに答えた。
「何かご用ですか、バジディオさん? 実は今とても急いでいるんです。本当に申し訳ありません。また別の機会にお願いします」
そう言うと、彼女は返事を待つことなく足早に去っていった。
バジディオは遠ざかる背中を見つめる。
その顔には苛立ちがはっきりと浮かんでいた。
怒りを押し殺すように呟く。
「父親そっくりだな……。くそったれの運命め……。だが構わない。もうすぐ全てが変わる」
◇
バジディオはスーツのポケットからスマートフォンを取り出した。
先ほどの出来事で怒りに満ちた目をしている。
そして最も信頼する部下の一人へ電話をかけた。
数秒後、相手が応答する。
バジディオは即座に鋭い口調で言った。
「エスパー。明日、計画を実行する。準備は全て整っているな?」
受話器の向こうからは冷静な声が返ってくる。
「ええ、バジ。心配はいりません。全て順調です」
その言葉を聞いた途端、バジディオはさらに苛立った。
「心配するなだと、この野郎! お前はいつもそう言うが、その度に問題や災難が起きるんだ! 明日は絶対に失敗は許さん。分かったな!?」
エスパーは呆れたようにため息をついた。
「はいはい。そんなに怒鳴らないでくださいよ。全て予定通りです」
◇
ジェフとイサアクは並んで通りを歩いていた。
ジェフの頭の中は明日のことでいっぱいだった。
やがて沈黙を破る。
「明日のパーティー、最高のものになるといいな。本当に楽しみだよ。どう思う、イサアク? 成功すると思うか?」
イサアクは淡々と答えた。
「分からない。でも多分失敗する」
ジェフは肩を落とした。
「せめて少しくらい元気づけてくれよ! 今ので俺の士気は地面の底まで落ちたぞ!」
イサアクは変わらぬ口調で言う。
「俺はいつだって本当のことを言う主義だ」
ジェフは苦笑しながら手を振った。
「まあいいや。それじゃ俺は帰るよ。知ってるだろ? 今日は親父との腕立て伏せ対決があるんだ。じゃあな」
「分かった。さようなら」
ジェフは去っていった。
一方のイサアクは重い足取りで歩き続ける。
やがてアパートへ辿り着き、自宅へ入った。
上着を脱いで静かに掛ける。
それから冷蔵庫を開き、小さなケーキを取り出した。
テーブルの上へ置き、小さなナイフを手に取る。
そして誰に聞かせるでもなく、かすれた声で歌い始めた。
「ハッピーバースデー、僕……。ハッピーバースデー、僕……。ハッピーバースデー、僕……。ハッピーバースデー……僕……」
一言歌うたびに涙が目に溜まっていく。
やがて限界を超え、頬を伝い落ちた。
震える手でナイフを握り、ケーキを切る。
そして一口食べた。
涙は止まらない。
イサアクはそのまま床へ座り込み、壁にもたれかかった。
ケーキを食べたせいで口元にはチョコレートが付いている。
膝を抱えながら、孤独に押し潰されそうな声で繰り返した。
「ハッピーバースデー……僕……」
第十八話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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それでは、また次回お会いしましょう。




