5・行動開始
『私は間者でもなければ、貴方を売ろうとしているわけでもありませんよ』
カガリの警戒を、リズレインは正確に読み取った。
……聡い。鋭い。
だからこそ安心できない。リズレインほど優秀で外見にも恵まれた人間なら、奉公先は選び放題だ。悪名高いベルゼウフ家なんかでくすぶる必要はない。
何か裏があるはずだ。
『だったら、どうして俺に協力する? お前に利益なんてないのに』
『利益はあります。……ベルゼウフ家の滅亡を見届けられる、という』
しん、と沈黙が落ちた。
(嘘じゃない)
カガリは直感した。嘘をつく人間にまとわりつく独特の粘ついた空気が、リズレインにはない。
『……ベルゼウフ家に、恨みがあるのか?』
問いの形を取ったが、ほぼ断定だった。
ベルゼウフ家はカガリが生まれるずっと前から、あまたの人々の恨みを買ってきた。リズレインがその一人で、意趣返しのために使用人として潜り込んだのなら……。
『恨み……そうですね。なくなってしまえばいいのに、と思います』
『その理由は?』
『今は言えません。ですが私がカガリ様を裏切ることだけはない、と断言します』
今回もリズレインは嘘をついていない。
だが。
『信じられない』
嘘をついていないイコール裏切らない、ではない。今の時点で嘘がないだけで、カガリの知らないところでは偽りだらけかもしれない。
『そうおっしゃると思いました』
リズレインは苛立ちもしなかった。
『まずは私を使ってみて下さい。その上でやはり信じられないのなら捨て、信じて頂けるなら使い続けて下さればいい』
妥当な提案ではある。しかしデズモンドに密告される危険性は捨てきれない。
『……わかった。使わせてもらう』
つかの間迷い、カガリは受け入れた。どのみちベルゼウフ家を消滅させるのは、カガリだけでは不可能なのだ。
万が一リズレインが裏切っても、デズモンドに殺されることだけはない。『ベルゼウフ家の長男』には、王国暦794年までは生きていてもらわなければならないのだから。
『良かった』
カガリの打算は察しただろうに、リズレインの美しい顔には歓喜がにじんでいた。
『必ずお役に立つと約束します。カガリ様……これから幾久しくよろしくお願いいたします』
リズレインという協力者を得たカガリは、さっそく行動を開始した。
予想通り、いやそれ以上に優秀だったリズレインは、カガリが望んだベルゼウフ領の現状を調べ上げてくれた。
酷い、の一言だ。
内政の素人であるカガリの目から見ても、危うい綱渡りを続けている。しかもその綱は老朽化し、千切れかけている。
温暖なベルゼウフ領は耕作に適した土地だが、重税を支払えない家庭から男手が優先的に奴隷として売られていった結果、半分以上の畑が荒れ地と化している。そこにここ数年の日照りが拍車をかけ、農民は一日一食あればいい方の、文字通り食うや食わずの生活を強いられていた。
重税の緩和を訴えたまともな家臣は首を切られ、デズモンドにおもねるだけの家臣が残った。彼らはデズモンドの浪費のおこぼれにあずかり、甘い汁を吸っているが、デズモンドの身に危険が及べば真っ先に逃げ出すだろう。
困窮した家庭への援助はゼロ、商業支援もゼロ。領兵は賄賂次第で無罪の人間でも捕らえ、有罪の人間を野放しにする。商人はベルゼウフ領を避けるように移動し、ひんぱんに訪れるのは奴隷商人くらい。
行政機関はどこもかしこもまともに機能していない。病が全身に回りきってしまった状態だ。かろうじて命をつないでいるのが魔女の呪いに対する恐怖なのだから、むしろ魔女に感謝すべきなのではないかと思えてくる。
生まれてから一度も会ったことのない異母弟アーサーはサンドラに溺愛され、甘やかされ、わがまま放題のクソガキに成長しつつあるらしい。そこへイエスマンだらけの家臣団が加われば、ベルゼウフ家の次代も絶望的だと考えるべきだろう。
負債だらけで未来のない領地。それがベルゼウフ領だ。
跡継ぎなら頭を抱えただろうが、カガリの目的はベルゼウフ家を消滅させることだ。そっと一押しするだけでドミノ倒しのように崩れてゆくのだから、ありがたいと思うべきである。望んだわけではなく、ただベルゼウフ領に生まれただけで苦しむはめになった領民に、かすかな同情を覚えたとしても。
『さあ、次はどうなさいますか? カガリ様』
微笑むリズレインにしばし沈思し、カガリは告げる。
『次は――』




