4・ポンコツ魔女?
意外な反応だったのか、リズレインはきょとんとしている。どんなに整っていても男の顔なのに、どこか可愛らしく見えてしまうのは美形効果なのか。
『そもそも、なぜ魔女がベルゼウフ家を呪いたくなったのかが謎だが、まあどうせ魔女に呪われても仕方ないようなことをしでかしたんだろう。クソ親父を見ていればわかる』
クソ親父、にリズレインはかすかに眉をひそめたが、異議は唱えなかった。
『だったらどうしてその場で呪ってやらず、猶予を与えるような真似をしたのか。肝心の呪いにしたって穴だらけだし、呪いの内容そのものも不明だ。魔女の呪いってだけでみんなむやみやたらに怖がっているが、こんな穴だらけの条件文を何の疑問も抱かず押しつけてくるような奴は、はっきり言ってポンコツだろう』
『ポンコツ……』
『だがポンコツでも魔女は魔女だ。何か人間には想像もつかない深謀遠慮のもとで動いているのかもしれない。でもやってることはポンコツだ。結論としては、不思議な存在としか言いようがない。……魔女本人に聞かれたら、今度こそ名指しで呪われそうだがな』
ポンコツ、ポンコツ、と何度か繰り返してから、リズレインは花のような笑みを浮かべる。
『魔女は怒らないと思いますよ。むしろカガリ様に興味を持つのではないでしょうか』
『ポンコツ呼ばわりするようなクソガキにか?』
『だからですよ。忌まれ、畏れられる存在である魔女を、呪われた当人でありながらポンコツ呼ばわりするような人間など、カガリ様くらいでしょうから』
そうだろうか。カガリにしてみれば、この世界の人間は魔女をむやみに恐れすぎなのだ。
呪いを魔女が作成した条件文、つまり契約書とみなせば、魔女本人も条件に縛られる。一方的に義務を負わされるだけの契約は、基本的に存在しない。金銭消費貸借契約は金を貸す側が一方的に義務を負う契約だが、特約として利息を請求するのが普通だ。
『むしろ私は、カガリ様の方が不思議です』
考え込むカガリを、サファイアよりも深く澄んだ瞳が映す。
『魔女の呪いを恐れず、穴だらけの条件文と断言し、苛政を人喰い虎にたとえ、条件を満たさないことで呪いを回避しようとする。どれひとつ取っても、母君を亡くされたばかりの幼子にできることではございません』
『……あ』
『カガリ様? いかがなさいました?』
ぞくりとするほど整った顔に覗き込まれ、カガリは首を振る。
『いや、……そういえば俺、まだ六歳だったなって』
『まさか……忘れていらしたのですか?』
忘れていたというより、今の自分は過労死した日本のサラリーマンではなく異世界の少年だと思い出した、という方が正しいのだが、前世なんて説明したところで信じてもらえまい。素直に頷けば、リズレインはつかの間呆気に取られ、やがてくすくすと笑い出す。
『ふ、……ふふっ。カガリ様は面白いお方ですね。昨日までとは別人のようです』
『そうか?』
カガリ少年の知識はしっかり頭の中に残っているが、彼がどんなふうに過ごしていたのかまではわからない。ずっとそばにいたリズレインには怪しまれているのかもしれない。
『ええ。昨日まではただ運命に流されておいででしたが、今日の貴方は運命に抗う……いえ、運命を従わせようとなさっている。面白い、……本当に面白い』
『お前なあ、仮にもあのクソッタレ親父どもに雇われてるんだろ? まさか俺が何をしようとしているのか、わかってないのか?』
呆れるカガリに、リズレインは笑みを深めた。
『もちろん承知しておりますよ。魔女の条件を満たさないため、ベルゼウフ家を消滅させるおつもりなのでしょう? 虐げられている領民を利用して』
『……わかってるんじゃないか』
ベルゼウフ領の領民は魔女怖さでベルゼウフ家の横暴に耐えている。だが長きにわたる悪政は彼らの身も心も食らい尽くし、そろそろ限界が近いはずだ。明日食べるものがない、ベルゼウフ家を滅ぼさなければ命はないという段階まで追い詰められれば、必ず行動を起こす。
人間が本当に恐れるのは呪いなどではなく、飢えなのだから。
『領民が蜂起してベルゼウフ家を討てば、ベルゼウフ家も『ベルゼウフ家の長男』も存在しなくなる。悪政の末領民の反乱を招いて殺された領主家など、サザランド国王も再興させないでしょうね』
『リズレイン、お前……』
『警戒なさらないで。私は貴方を止めませんし、デズモンド様やサンドラ様に告げ口しようとも思いません。……私に、カガリ様のお手伝いをさせて頂けるのなら』
『手伝いだと?』
カガリの中で警告音が鳴った。
カガリを手伝っても、リズレインには何の益もない。しかもデズモンドにバレれば厳しい罰を受けるのは確実だ。赤の他人のために一方的なリスクだけを負う。そんな真似、まともな人間なら絶対にやらない。
ならば、リズレインは。
(デズモンドの間者……あるいは俺の情報をデズモンドに売ろうとしている……?)




