10・魔女は愛する
――グレンだ。ああ、グレンが還ってきてくれた!
カガリが『魔女の呪い』を条件文として読み解いてみせた時、リズレインの魂は震えた。
豪快なようでいて細かく、傍若無人なようでいて気配りを欠かさず、用心深く疑り深く……なのに根本的なところではお人好しで善良で。
カガリは、あまりにグレンだった。
何よりカガリには目眩ましの術が通じなかった。『お前、そんなに綺麗なら引く手あまただっただろうに、どうしてうちなんかに奉公してるんだ?』と聞かれた時には、今すぐさらってしまいたい衝動を堪えるのが大変だった。
後にカガリは、異なる世界で生きていた記憶を明かしてくれた。
元のカガリの中で眠っていた記憶と人格が、母親の死によってよみがえったのか。
全く別人の魂がカガリの魂を食い尽くしたのか。
どちらでもいい。
カガリは、グレンなのだから。
カガリの望みなら何でも叶えてやりたいから、魔女の呪いを条件不成立という形で回避しようとするカガリに協力した。
我慢しきれなくなったら、カガリの意志など関係なく、いつでもさらっていくつもりだった。
なのに、結局最後まで付き合ってしまったのは。
「……グレンの気配ではなく、貴方自身を愛してしまったということなのでしょうね」
長い回想から現実に戻り、リズレインは眠るカガリの黒髪を撫でた。
いくら眺めても飽きない。まだ何も知らない無垢な身体に溢れるほどの快楽を教え込んで、リズレインなしではいられないようにさせたくなる。
けれどそれは、もう少し先の話だ。
リズレインはまだ見ていたい。ベルゼウフ家という鳥籠から飛び出したカガリが、外の世界を羽ばたく様を。
……どれほど果てしなく広がっているように見えても、その世界はリズレインのたなごころの上なのだが。
明日になったら、まずは冒険者ギルドの本部へ向かう。数日かかるが、その旅路もまた楽しいだろう。
冒険者という存在にカガリが憧れていることは知っている。しばらくは安全な裏方の事務を任せ、慣れてきたら冒険者の仕事をさせてもいいだろう。リズレインがそばにいる限り危険はない。
ずっと、ずっと、共に在って。
ゆっくりと、だが確実にカガリの心と身体をからめとる。魔女の呪いから逃れ、安心しきった心の隙を存分に突いて。
カガリもまたリズレインと同じ気持ちになってくれたら、その時こそさらっていく。
カガリなら『俺がお前と同じ気持ちになるかどうかは不確実だから条件だ』と言って、逃げようとするかもしれないが。
まがまがしくも蠱惑的な魔女の笑みが、リズレインの美貌を彩る。
「いいえ、カガリ様。条件ではありません。期限ですよ」
何故なら同じ気持ちになってくれるまで、リズレインはカガリに愛を注ぎ続けるから。
五百年の間、燃やし続けてきた……この十年でさらに燃え上がったこの思いからは逃げられない。
逃がさない。
どれだけ時間がかかっても、いつかカガリは必ずリズレインを求めてくれるようになる。
「今度こそ、放さない」
眠るカガリの温かい唇に己のそれを重ね。
魔女は、嗤った。
これにてこのお話は完結となります。
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