6・魔女は告白する
『……貴方だ!』
目の奥がツンと痛くなり、リズレインは叫んだ。
『生き延びるべきは貴方だ! 貴方よりも価値のある人なんていない……いるわけがない!』
『リズ……』
『私にとって貴方より大切な人間はいないのに……、なぜ……!』
髪を振り乱し、喉を引き絞るように叫ぶなんて初めてだ。
グレンの前ではいつでも穏やかに微笑んでいた。リズレインが一番の『上玉』だと思って欲しかったから。グレンが彼にしか見えない自分の美貌に時々見惚れていることを、知っていたから。
『お前……、そんな顔、できたんだなあ……』
グレンはぱちぱちと目をしばたたき、また笑った。
リズレインの心臓が杭でも打たれたように痛む。ほんの少し前まで生気に満ちていたはずの顔に、逃れようのない死の陰を見つけてしまったから。
リズレインの身に流れる魔女の血が……冥界の女王の血が告げている。グレンはもう助からない。
グレンも悟っている。だから二歳の子どもに特効薬を譲った。
彼らしい判断だ。領民たちはグレンの判断を讃えるだろう。
でも。
(でも、……私は!)
『ありがとうなあ』
真っ赤に染まりかけた頭を、かすれた声が引き戻した。
『リズのおかげでたくさんの領民が助かった。……今回だけじゃない。二十年の間、お前はベルゼウフ領のために、尽くしてくれた……』
『グレン……』
やめてくれ、と叫びたかった。グレンの口から出る言葉の全てが、まるで遺言のように聞こえてしまうから。
でも、止められない。
彼がはっきりと言葉を紡げるのは、これが最後だと魔女の勘が告げるから。
『……俺、なあ。義母に、殺されかけたんだ』
『何ですって……?』
『三男っていうのは、嘘だ。俺は、長男で……父親の前妻が産んだ、たった一人の子、だった』
グレンの母親がグレンを産んですぐ亡くなった直後、後妻に入ったのが義母だった。
義母は立て続けに四人もの男の子をもうけたが、父の畑を受け継げるのは長男のグレンだけだ。どうしても我が子を跡継ぎにしたかった義母は、ある日、グレンの食事に毒を盛った。
だがグレンは食べなかった。食べたらとんでもないことになると、勘が告げたからだ。彼を祝福した善き精霊の声だったのかもしれない。
こっそり部屋に持ち帰った食事の残りをネズミに与え、ネズミが泡を吐いて死んだその日、グレンは家を出た。産みの母が残してくれたわずかな金だけを持って。
『そこからは……お前も、知ってる、通りだ……』
はあ……、とグレンは細い息を吐いた。
グレンが領主でありながら結婚しなかったのは、義母の影響だったのだろう。
『カマキリ野郎を倒しても、ベルゼウフ領って居場所を見つけても、ずっと一人なんだって……思ってた。一人で、死んでいくんだ、って、でも、……』
『……』
『お前が……、いてくれたから……俺は、一人じゃ、なくなった……』
死の陰がどんどん濃くなっていく。
『……ありがとう、なあ……』
やめろ。
『誰かに看取られて死ねるなんて、思わなかった……』
やめてくれ。
『俺がくたばったら、恩返しは終わりだ。お前は、もう、ここに、縛られなくていい』
私は、そんな綺麗な存在なんかじゃない。
『お前に出逢えたことは、俺の人生で、最高の幸運、だった……』
私は。
『私は……!』
心臓の奥に渦巻いていたどろどろした何かが、ばちんと弾けた。飛び散ったそれはリズレインの全身を巡っていく。
目の奥が痛い。いや、痛い。
この感覚は――。
『お前……』
今にも閉じてしまいそうだったグレンの目が見開かれる。
理由はすぐにわかった。二十年前はなかった、ベッドのそばの窓ガラス。よく磨かれたそれに、両の瞳を紅く染めたリズレインが映っていたから。
紅い瞳は魔女の証。
人間なら、子どもでも知っている。
『……そう、私は魔女です』
一番知られたくなかった人に知られてしまった。
絶望よりも、身の内を駆け巡る熱が勝った。
騙していたのかと、裏切ったのかと、男の魔女などおぞましいと、リズレインを詰ればいい。憤ればいい。
その怒りが、少しでもグレンの命を永らえるなら。
恨まれても、嫌われてもいい。
『魔術師などではない。冥界の血を引き、悪魔と契約し、災厄を振り撒く魔女。その腹から生まれ、同じ魔女たちからも疎まれ、里を追われた。……それが私です』
ガラスに映る魔女が悪辣に嗤った。




