4・魔女は尽くす
『最初はとんでもない貧乏くじを引かされたと思ったけどよ、今は悪くねえと思ってるんだ』
グレンは針金のような髪を掻き、窓へ目をやった。嵌め込まれているのは透き通ったガラスではなく木製の雨戸だが、グレンには見えているのだろう。
魔物に荒らされた村と、負けじと働く村人たちの姿が。
『父親をカマキリ野郎に喰われちまった小僧が、必死に畑を耕していた。小さな女の子が遠くの井戸から何度も往復して水を汲んでいた。若い奴らが掘り返したガレキを、爺さん婆さんが運び出していた。誰一人、諦めてなんかいなかった。泥水をすすってでも生き延びてやろうとしてた』
クク、とグレンは笑う。粗野なはずのそれに、リズレインの目は吸い寄せられる。
『眺めてるうちに思ったんだ。俺はここにたどり着いたのかもしれない、って……柄でもないけどよ』
『たどり着いた、ですか』
『ああ。生まれた時からずっと、どこにも居場所がなかった。でもここなら、……あいつらとなら共に生きていけるかもしれない、ってな。もしかしたら、善き精霊とやらのお導きだったのかもしれないな』
ずき、とリズレインの心臓は痛んだ。
精霊は魔女が契約する悪魔とは対極の存在だ。人間の善なる心を好み、儚さを愛でる。圧倒的な力のみに従う悪魔とはどうあっても相容れない。
リズレインと、グレンのように。
『あいつらも、得体の知れない雑兵上がりを受け入れてくれた。ここは俺が初めて得た居場所なんだ。あいつらには幸せになって欲しい。贅沢はできなくても、せめてくたばる前、悪くない人生だったと思えるくらいに。……だから』
グレンはゆっくりと振り返った。頬を斜めに走る傷痕が、彼を愛でる精霊の小さな手に見える。
『少しの間でも、魔術師のお前さんがいてくれたら心強い。報酬も、高位貴族ほどは払えないが必ず……』
『要りませんよ』
『へっ?』
『報酬など要りません。食べるものと寝るところさえ保障して下されば、存分に働かせて頂きます』
ぽかんと口を開けるグレンだが、驚いているのはリズレインも同じだ。
(私は今、何と言った……?)
魔女が他人のために無償で働くなどありえない。魔女によって基準は違うが、必ず依頼人にとって痛手となる対価を要求するのに。
なぜ?
『食べ物と寝床だけって、そんなわけいかないだろ』
『構いません。命を助けて頂いたお礼ですから』
……そうだ、グレンは命の恩人なのだ。命を救われた恩を、命をかけて返すのは筋が通る。
恩返しをする限り。
グレンのそばに、いられる。
忌まわしい母親殺しでも、男の魔女でもなく。
ただのリズレインとして。
『はあ……』
グレンが盛大に息を吐いた。
『魔術師ってのはもっとお高くとまってる奴らだと思ってたんだが、お前さんみたいに義理堅いのもいるんだなあ。嬉しい誤算だが』
『……では、使って下さるのですか?』
『ああ。……けど、きちんと報酬は払わせてくれ。お前さんの気持ちは嬉しいが、俺はタダ働きが大嫌いなんだ』
金ならこれまでじゅうぶん稼いだから本当に必要ないのだが、グレンは絶対に譲らなかった。タダ働きに対する底知れない憎悪を感じ、リズレインは渋々、報酬を受け取ることに同意する。
その後、グレンは豪快な見た目からは想像もつかないほど細かく労働条件を定め、リズレインをベルゼウフ領に迎え入れた。条件のほとんどはリズレインが不当に搾取されないためのものだった。
魔術師といえどよそ者だ。最初は警戒されると覚悟していたが、村人たちはあっさりリズレインを受け入れた。
『領主様が連れてきたお人なら大丈夫だ』
そう口を揃える彼らは、領主でありながら共に泥にまみれるグレンを信頼すると同時に、彼の『見る目』が確かだと理解していたのだろう。善き精霊の存在を知らなくても。
リズレインはグレンの家に間借りし、魔術師として領地の復興に助力した。
枯れた井戸の代わりを掘る、水路を引く、小石だらけの荒れ地を開墾する。魔術師が一人加わっただけで復興の速度は目に見えて上がり、最初から悪くなかった村人たちの態度はどんどん友好的になっていった。
うわべでは愛想よく振る舞いつつも、彼らなどどうでも良かった。リズレインの眼中にあるのはグレンだけだったから。
豪快で些事にこだわらない、かと思えば驚くほど細やかな気遣いもする。
本人は『領主なんて向いてない』とぼやいていたが、グレンには間違いなく人の上に立つ素質があった。少なくとも王都で遊興にふけり、領地を顧みることもない上級貴族たちよりは。
真っ先に苦難を引き受け、民を守るのが貴族なら、彼は間違いなく貴族の中の貴族だった。
……最期の瞬間までも。




