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6回目『追跡と境界線』

【??/?? (?) ??:??】


 彼女を心から愛していたからこそ、壊れ物を扱うかのように大切にしていた。

 ただ隣にいて、彼女の笑顔とその温もりを感じるだけで、僕の心は満たされていた。


 籍を入れるまでは一線を越えないと誓ったのも、他でもない僕自身の意志だ。

 その決意を伝えた時、アイカは少し驚いたような顔をして、それから「あなたらしいね」と笑った。


 その嬉しそうな、誇らしそうな。


 そんな笑顔を。



 今でも、覚えている。



 ・ ・ ・



【5/27 (木) 01:00】


 僕の精神は限界を迎えていた。


 昨日(ぜんかい)の、『5回目』は僕の楽観を吹き飛ばすには、十分すぎる出来事だった。 


 僕は、すぐに行動した。


 住居を快適に保つスマートホームAIには、居住者である僕とアイカのバイオデバイス(生体)情報が紐づいてる。

 とはいえ、詳細な情報は情報プライバシー設定で守られており、仮に配偶者であっても閲覧はできない。


 ……だが、僕は知らなければならない。


六回目(つぎ)』に、彼女がどこで、何をするのかを。



 スマートフォンで、違法アプリをダウンロードする。

 自身のデバイスを他人のデバイスと偽装させるもの。


 僕は震える指で液晶をタップし、違法なパッチを適用させた。


 『六回目』、その日だけは、これを使う。


 愛する婚約者の生体データを盗み見る。

 最低の行為だと理解していた。許されないことだとも。


 けれど今の僕にとって、このまま真実を知らないままでいることは、死にたくなるほど耐え難かった。



 ・ ・ ・



【5/28 (金) 7:45】


 金曜日。

 朝食を済ませた後、アイカはいつになく入念に鏡に向かっていた。


「今日の夜、ディナー誘われたから。……6回目ね」


 口紅を引きながら、事も無げに告げられた宣告。


 僕は「わかった」と冷静に答えた。


「とめないの?」


 いつもと様子の違う僕を不思議に思ったのか、アイカが手を止めてじっと僕を見つめる。


「……うん、楽しんできて」


 その言葉に、アイカが少し寂しそうにした気がした。


 そう、問題はない。

 これからは全てわかる。


 いつ、どこで、なにをしているのか。



 ・ ・ ・



【20:00】


 僕の手元の画面には、アイカのリアルタイムデータが表示されていた。


 心拍、体温、各種指数。それに、現在の位置情報まで。


 画面の地図上の赤いドットが、高級フレンチレストランの場所で静止している。

 心拍数は安定し、ストレス指数は驚くほど低い。

 たしかに幸せを感じているようだが、異常な値は示していない。

 本当に、ただ食事を楽しんでるだけ。

 その事実に、僕は微かな安堵を覚えた。




【22:00】


 ドットが移動を始める。

 駅のほうへ向かっている。


 よかった、帰ってくる。


 しかし、位置情報は駅の手前、一軒のBARで止まった。




【22:50】


 画面から目を離すことができない。


 バイオデータから、彼女がアルコールを摂取していることが読み取れる。

 別におかしなことじゃない、『四回目』の時(以前)も、お酒は飲んでいた。

 前と同じ、少し話し込んでいるだけだ。


 そう自分に言い聞かせる。




【23:15】


 僕は祈るように、画面を見つめていた。


「……なにやってる。もう駅に向かわないと、終電に間に合わない」


 独り言が、空っぽの胃の底からせり上がってくる。




【23:40】


 ついにドットが動き出した。

 よし、これならまだギリギリ間に合う。


 しかし僕の淡い期待は、無慈悲に絶望で塗りつぶされた。


 ドットは駅へ続く交差点を迷いなく左へと折れる。

 大通りを素通りし、街の喧騒から逃れるように、細い路地へと入り込んでいく。




【23:55】


「嘘だ、……だめだ……それだけは」


 一度も足を止めることなく、ドットは一つの建物の敷地内へと吸い込まれていく。

 画面上の数値が、彼女の高揚を明確に示す。


 アイカは、今、僕ではない誰かの手を取っている。




【23:59】


 地図上の赤いドットが、完全にとまった。




【00:00】


 スマホの通知音が、やけに大きく聞こえた気がした。



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