7回目『幸せの広告』
【5/29 (土) 00:01】
『これで、7回目』
手元の端末の文字が読めない。
知っている言語、言葉のハズなのに。
完璧なスマートホームAIが提供する最適な温度と、穏やかな間接照明。
そんな無機質な快適さの中で、僕だけが、冷たい液晶の光を網膜に焼き付けていた。
「やめろ。……やめてくれ」
画面の中では、心拍数が跳ね上がり、体温が刻一刻と上昇していく。
のたうつように波打つバイタルデータの波形。
ただ眠っているだけなら、こんな狂った数値が出るはずがない。
数値が変動するたび、心臓が直接握り潰されるかのように、嫌な拍動を繰り返す。
画面の向こう側の「熱」が、冷たいガラス越しに指先を焼いているような錯覚さえ覚えた。
――パッ。
一瞬、画面が赤く明滅した。
『微細な出血』を知らせる、デバイスの基本的な反応。
指先を切った程度の傷でも反応する『一瞬の赤』。
それは、生命活動に問題がないと判断されたのか、すぐに通常の状態に戻る。
AIにとっては、絆創膏すら不要なほどに瑣末な事象。
けれど、その瞬きひとつが、僕の視界からすべての色を奪い去った。
そこから先は、地獄だった。
画面の中の波形は、僕が一度も見たことのない鋭い山を刻み続けている。
乱れる数値。異常な体温の上昇。
やがて、狂ったようにのたうっていた波形が一際大きく跳ね――そして、すとんと落ちた。
「あ……」
頭の中が真っ白になった。
彼女が、今、この瞬間に、奪われた。
確認する術はない。
ただ、盗み見た画面の中で凪いでいる数値だけが、事の終わりを告げていた。
信じたくない。
理解できない。
これは現実で、ない。
――ピロリン。
軽快な音が鳴る。
『ユーザーのステータス変更に伴い、現在のライフステージに最適なプランをご案内します。』
ただそれだけの、事務的な通知。
直後、僕の視界を埋め尽くしたのは、地獄のような「広告の数々」だった。
『あなたへおすすめ:【高純度】葉酸サプリメント・定期便コース』
『関連広告:「二人で選ぶ、初めてのベビーシューズ」 ―― 今なら20%OFF』
「……あ……ああ」
残酷なアルゴリズム。
AIは彼女の体内で起きた不可逆な変化を正確に受理し、すでに彼女を「次の段階」へと導き、示している。
僕の過ちから始まった『ささやかな復讐』。
その果てに宿った命の父親が、僕ではないことを。
「あああああ……っ!!」
手元のスマホを思い切り叩きつける。
大きな音を立て液晶が砕け、床へと散らばっていく。
その割れた破片の中で、広告の赤ちゃんが、いつまでも僕に笑いかけていた。
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