4回目『琥珀色の診断』
【??/?? (?) ??:??】
ほんの出来心だった。
僕を慕う仕事の後輩。彼女からの好意には薄々感づいてはいた。
僕にはアイカがいた。
だが、アイカに手を出せずにいた僕は、最悪の間違いを犯してしまった。
そして一度踏み外すと、タガが外れたかのように、後輩との逢瀬に堕ちていった。
それが、最悪の結末を迎えることも知らずに。
・ ・ ・
【5/21 (金) 17:00】
あの電子カードを捨てた日から、僕はその男のことばかりを考えていた。
かつてアイカが「尊敬する先輩」と語った男。
アイカのスマートフォンが鳴るたび、通知に「タカシ」の文字が出るのではないかと気が気じゃない。
けれど、彼女は僕の前でスマホを触ることもなく、ただ静かに、凪のような日常を過ぎていった。
・ ・ ・
【5/22 (土) 20:30】
そんな偽りの平穏を壊したのは、土曜日の夜だった。
「明日の夜、ディナーに誘われたから。……これが四回目」
日曜日の夜。
本来であれば、月曜からの仕事に備え、早めに夕食を済ませてゆっくりと過ごす時間。
「……相手は、……タカシさん?」
たまらず口に出した僕の問いに、アイカは答えを返さず、ただ困ったように曖昧に微笑むだけだった。
僕はそれ以上、何も言えずに。
音の聞こえない、ただ光るだけのTVディスプレイをぼんやりと眺めていた。
・ ・ ・
【5/23 (日) 19:00】
そして、日曜日。
夕方に家を出たアイカを見送ってから、僕は進みの遅い時計の針を、呪うように見つめていた。
八時。
九時。
食事だけなら、もう帰路についていてもおかしくない時間だ。
十時を過ぎた。心臓が嫌な音を立て始める。
……まさか、帰ってこないつもりなのか。
そんな不安が限界に達しようとした午後十時半。
玄関の鍵が開いた。
体がはじかれたように玄関へ向かう。
「ただいま」
いつもよりも遅い帰宅。
けれど、日付が変わる前。
明日も仕事だということを考えれば、ギリギリ「良識の範囲内」と言える時間。
「おかえり。……今日は、少し遅かったんだね」
震える声でそう言うと、彼女の口から微かなアルコールの香りがした。
顔を上げると、アイカの頬がほんのりと、けれど確実に赤らんでいる。
「うん。……ちょっとだけ、お酒飲んじゃった。」
時間は少し遅れた。
でも、彼女はちゃんと「明日」を見据えた時間に帰ってきた。
生活を壊すような真似はしない。
そう自分に言い聞かせ安心しようとする。
アイカが靴を脱ぎ、足を踏み入れた瞬間。
壁のコンシェルジュAIが、ホワンと柔らかな電子音を鳴らした。
『おかえりなさい、アイカ様。心拍および血中酸素濃度から、多幸感の高い状態であると推測されます。
現在の心地よさを維持するため、照明を「安らぎ」のプリセットに変更します。お疲れ様でした、素敵な夜でしたね。』
無機質な音声と共に、家の照明がゆっくりと、変わる。
僕との時間では見たこともないような、温かくもどこか艶めかしい琥珀色に沈んでいく。
「……あ、ありがと」
アイカは短くAIに応え、僕の横を通り過ぎる。
最新のセンサーは嘘をつかない。
「多幸感の高い状態」と判定されるほどの充実感を、僕以外から彼女は得てきたのだ。
目に優しい穏やかな光。
その琥珀色の灯りが、僕と彼女との溝を残酷なまでに照らしているようだった。
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