神願の極意
8 神願の極意
《次の穢れのある地までには時間がある。それまでに神願術を習得して貰う。神願術が唯一穢れに対抗できる攻撃手段だからなあ》
闇照は道中を四本脚で歩み説明する。
「宜しくお願いします。」
俺は闇照に次の穢れがあるという村までに神願術を教えて貰うことになった。穢れの危険性は前の子女思兼神の戦いでしみじみ理解した。穢れは普通の魔物とは違う。実体のない想念の塊だ。油断すればこちら側が取り込まれる。戦う術がないのなら足手まといにしかならない。前の失態を反省し。この世界の特有の力で対抗しなくてはならない。今俺が扱える力は因果術しかないのだ。他のチート武器やチート能力はこの世界では扱えない。
いりくんだ山道を闇照と頭に乗っかる蚤童子、俺と闇月乃姫が歩く。頭上にはぷかぷかと浮かぶ球、そして山道の生い茂る樹林をミュルが優雅に泳いでたいた。
闇照は穢れを吸収したことで疲弊し。空中を駆けることができないので暫くは徒歩で向かうそうだ。次の穢れのある地はそう遠くない村にあるそうだ。
《神願術には二タイプのやり方がある。一つは基本の神願術もう一つは願を組んだ神願術だ。》
「二つの神願術はどう違うのですか?。」
神願術に二タイプあってもどう違うのか理解できなかった。
《基本の神願術は『御身願い奉るは祓い結え清め結えと請う』これは私はお願い致します。祓って下さい清めて下さいという意味だ。》
「?、誰にですか?。神様がお願いするのは不自然な気がします。」
神様とはお願いされる側であり。お願いする側ではないはず。
《この神願術に関してはお願いするのは今は亡き日の神、我々神々の始祖である日出弥と言われている。日出弥の言い伝えにはこうある。『沈みし陽の光、穢れ生みし闇祓い。陽が昇りては光の衣帯びて陽陰を分かつ』。》
「?、意味がよく分からないのですが?。」
中学のころから古典は苦手だ。
《私にもよく解らないのだが。昔この世界が穢れにまみれたことがあったそうだ。その頃は人間達は他者を憎み恨み妬み疑念し。殺しあい。争いが絶えなかったそうだ。その時日出弥様は奇蹟を起こし、深き闇である穢れを正常なる白光に戻したそうだ。どのようにして人の負の想念である穢れを白光したのか解らないが。そのような奇蹟を起こした後、日出弥様はとある言葉を残して消えたそうだ。》
「消えたのですか?。」
矢座霧乃君(浪矢)は眉を寄せ困惑する。
《ああ····。》
始まりの世界として役目をおえたのだろうか?。
《日出弥様こう申された。穢れは穢れであらず。想いもまた想いだけであらず。違いなどありはしない。あるとすればそれは見方でしかない。穢れもまた人の営みの理でしかないのだから···と。》
意味不明だ。哲学だろうか?。
《残りの神願の言葉。想に生まれいずるは想に還り。万物の常闇へと回帰せよとは想いは想いに戻り無に帰れと言う意味だ。全ては想いと生命は無から誕生すると言われている。無から生まれ無に還る。人の想いも無から始まり無で終わるのだよ。》
「そうですか····。」
何処か神道の教えに似ているような気がするなあ。俺は宗教観とか特に詳しく知らない。この異世界が何処か俺の知っている古事記の神々の神話に似ているからそのせいなのかもしれない。雰囲気も容姿も西洋よりは東洋の雰囲気に近い。
《では暫し休憩を兼ねて神願術の練習しよう。》
「はいっ。」
山道を歩き続け開けた場所に出る。そこには一本の大木が根を下していた。大木の木陰で俺と闇照、闇月乃姫が腰をおろす。ミュルは大木の枝に長い白い胴体を巻き付き器用に休む。珠はぷかぷかと俺の頭上を浮遊している。
《では矢座霧乃君、私はみているから基本の神願術を唱えてみせよ。》
「はい。」
闇照に指示され俺は神願術を唱えてみる。
「御身願い奉るは祓い結え清め結えと請う。想に生まれ出ずるは想に還り。万物の常闇へと回帰せよ。」
神願
ぽおっと手の甲が光だす。
《神願術を唱えるのには問題ないな。後はどのように扱うかは自分で工夫するしかない。私の場合は基本の神願術は穢れ祓いと焔夜那息吹の二つだ。穢れ祓いという神願術はその名の通り穢れを祓うものだ。穢れに憑かれたもの祓う為の技だ。そして焔夜那息吹は穢れを浄化させる炎を放つ技だ。では基本の神願術である「穢れ祓い」から教えよう。》
「お願いします····。」
俺は丁寧にお辞儀をする。
神願術という技は俺が神として誕生した頃に使えていたのかもしれない。転生の記憶が欠損している以上培っていたものがあったかもしれないが今となってはどうしようもない。
そういえばジュネは神願術使えたんだったな。どんな神願術かまだみていなかったけど。
「闇月乃姫も神願術使える?。」
「使えるよ。ろうや。」
ジュネはスッと立ち上がり大木から少し離れ神願を唱え始める。
「御身願い奉るは祓い結え清め結えと請う。想に生まれいずるは想に還り。万物の常闇に回帰せよ。」
神願『常闇逢魔刻』
ズズズズズズ
闇月乃姫のラベンダー色の髪が舞い上がり。闇月乃姫の頭上の空間にぽっかり黒い大穴が開く。ぽっかりと開いた大穴からまるでブラックホールのようにあらゆるものを吸い込み始める。
ごぉおおううううう
それと同時に大穴から歪な黒い塊や野生の動物までもが吸い込まれていく
『ゲゲ、ゲふぁあああっっ。』
通り過ぎた穢れと思われる歪な黒い塊は物悲しげに大穴に吸い込まれた。
その様子を俺と闇照と蚤童子がポカ~ンと口を開けたまま観察する。
ぎゅうううう ぎゅう
黒い大穴が吸い込みが止むとそのまま空間こど消失する。
「どう?ろうや。」
闇月乃姫は自信満々に満足げな笑顔を浮かべる。
「これはたまげたなあ。ここまで強力な神願術は初めてだよ。」
《私も穢れを吸い込ませる神願術などはじめてみたよ。なんともまあ強力だがとてつもない禍々しさを感じる。》
闇照と蚤童子の顔は闇月乃姫の神願術に唖然としていた。
まあ邪神ですからねえ存在そのが者チート級ですから。
《だが、この神願術は欠点があるなあ。他の生物まで吸い込んでしまうようだ。人里付近に使えば人間達に危害を加えかねん
。》
闇照は気難しそうに黒い犬顔が渋る。
「だって、闇月乃姫。」
「む~残念。」
闇月乃姫はラベンダー色の眉を寄せふくめっつらをする。
《もう一つの神願術だがこれに関しては願言を組んだ神願術だ。私が扱う願言の組んだ神願術は「光神禍祓御魂という技だ。」》
「願言を組む神願術?。」
《想を置き願を示す。それ即ち想いを置き願い言を伝えるという意味だ。想いを込め願言、願いにどのような想いどのような言葉を乗せるかで願言をくんだ神願術の効力も効果も決まる。願言の神願術は想いを込め願言を組みその後手をうちならす。》
「手を?。」
《例えば人間が社の神にお参りするとき手を叩くだろう?》
「はい···。」
俺も子供の頃神社にお願いするとき手を叩いた記憶がある。特にどんな意味があるか理解していなかった。
《人が社の前で手を叩くのは素手あることを示して下心ないことを神様に示すという意味を持つ。そして我々神々が神願術で手を叩くのは純粋な想いと願いを形として為すという意味を持つ。違いあれど根本的なところは同じだがなあ。作法も仕方も違えど根元、根本にあるのは願うことであり。想うことだからなあ。》
「そうなんですか···。」
俺は神願術とは奥深いものだと感じた。
魔法とも魔術ともスキルとも違う。技一つ一つに意味を為しているのだ。この異世界の自然体系奥ゆかしいものがある。
《私の場合は手を叩くことや指を使い文字を描くことが出来ぬから足踏みを鳴らすことしかできない。複雑な願言を組んだ神願術を唱えることが出来ぬのだよ。だがお前達なら願言を組んだ神願術を多用に扱えるだろう。ふむ、蚤童子人型用神願術を教えてやってくれ。》
「ほいっ、来た。」
蚤童子は闇照の獣耳の頭からひょいと地面の石に乗っかる。
「半神前の小僧供よーく見ておけ!。これが願言を組んだ神願術だ。」
蚤童子は瞑想し左右の足を交互にずらす。
蚤童子は瞑想したまま神願を唱えはじめる。
「御身願い奉るは想を置き!願を示す!。」
蚤童子は指を空に印を刻むように文字を描き始める。
「我願う繭也、我願う蜜也、我願う華也、我願う樹也」
描いた空に繭、蜜、華、樹という繋ぎ文字並ぶ。
並んだ文字が一つとなりそれを蚤童子が手を合わせて打ちならし合掌する。
パン
神願『蟲呂蜜!』
ぽあ もわもわ
蚤童子が手を打ちならすと蜂蜜色のシャボン玉がぽあぽあと三つ空中に浮かびあがる。
空中に浮遊する蜂蜜色のシャボン玉がパチン弾けとぶと地面の草花が元気よく伸び咲かせる。
「どうだ!?。半神前の小僧供!!。見たか!」
蚤童子は勝ち誇ったような満面な笑みを浮かべる。
「地味ですね····。」
「地味····。」
俺と闇月乃姫は蚤童子の願言を組んだ神願術をみて何とも言えない微妙な顔を浮かべる。
「何だとーっ!!。」
蚤童子は湯気をたちのぼらさせプンスカプンスカ憤慨した。
《願言を組んだ神願術が自ら工夫して自分にあった神願術を見いだせばいい。基本の穢れを祓う「穢れ祓い」の神願術を習得することに専念するがよい。今日1日ここでキャンプを張る。それまで神願術の穢れ祓いくらいは覚えられるはずだ。この森にもさ迷う穢れがいるからそれらを相手にすればよい。》
「解りました。。」
闇照の提案で1日キャンプ兼ねて基本の神願術の会得することにした。
『ゲゲ···戻りたい··ゲゲ··帰りたい··ゲゲ··あの頃に··。』
くねくねと歪な黒い塊が物悲しげな言葉を呟き森をさ迷っていた。
「御身願い奉るは祓い結え清め結えと請う。想に生まれいずるは想に還り。万物の常闇へと回帰せよ。」
神願『穢れ祓い。』
手の甲が光だしそれを祓うようにかざした。
「ギャヒ··ゲゲ··あの頃にゲゲ··戻れた···。」
光の帯のようなものが現れ穢れにかかると物悲しげな歪な黒い塊は満足したように消え去る。
《だいぶ様になってきたようだな。これならばある程度の穢れに対処できるだろう。》
「本当ですか?。」
これなら足手まといならずにすむ。
俺は満面な笑みを浮かべ歓喜する。
《だがあくまで穢れに対処できるのであって穢れ神相手にはまだ無理だ。》
「そうですか····。」
シュン
俺は気落ちし落ち込む。
穢れ神とはまだ対等に渡り合えないのだろう。確かに穢れを宿した子女思兼神の神様には穢れ祓いは効かなかった。闇照が効き目があった神願術は願言を組んだ神願術だった。今の俺にまだ願言を組んだ神願術は使えない。いやヒントはあるのだ。想いを形に為す神願術、それが可能ならこの世界の理に沿った新たな戦い方ができる。特に長年異世界の転生旅行してきた俺だけが扱える力。ラーシアがこの世界には聖剣、魔剣、魔法の概念がないから使えないと言った。しかしこの世界特有の力、神願術は想い形に為す力だというなら。概念がなくて扱えない力ももしかしたら扱えるかもしれないのだ。幼き始まりの世界が言っていた。理がないなら新しい理を作ればいいと。
俺は願言を組む神願術の構想に頭を巡らす。
・・・・・・・・・・・・・
そのキャンプの晩俺は深い森に根付いていた大樹に登り。月夜の空を眺めていた。木のかたい枝に腰掛け。他の異世界とは違い普通に一つの月を眺めていた。月の光は朧気な山吹色の光を放つ。
《眠れぬのか····。》
闇照が身軽にジャンプし俺の隣の丈夫な枝に着地する。
「はい、すみません。」
俺は軽くお辞儀をする。
《構わぬよ。穢れの戦いは誰だって不安を感じるものだ。》
暫くお互い同じ夜空に浮かぶ月を眺める。
俺はふと穢れに憑かれた時のことを思い出す。社で雨宿りをする幼い少年と黒い犬の夢。隣に座る黒い炎を纏った巨大な犬の姿をした神をみいいる。微かに夢に出てきたあの幼き少年の隣で泣き声を上げ願いを請うクロという黒い犬の姿に面影が重なる。
何度も吠え何度も願い何度も懇願したあの黒い犬。亡き主人の幸せを切に願った黒い犬。
《········。》
闇照の獣のような黒い瞳は夜空に浮かぶ月を何処か寂しそうに見つめていた。