闇の底
6 闇の底
《御身願い奉るは不浄なる穢れ。祓い結い浄め結えと請う。想に生まれいずるは想に還り。万物の常闇へと回帰せよ。》
神願『穢れ祓い』
闇照の前方に繋ぎ目の文字が浮かびあがる。穢と祓という文字である。文字が闇照の尻尾に折り重なると黒炎を纏う。黒炎を纏った尾を子女思兼神にむけて払うように打ち付ける。
「私は無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だーーーっ!。ギィやああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああっっーーーー!!。」
ぶあああああ
奇声と意味不明な言動を発するシメヤカネは打ち付けられる黒い炎を纏った尾を身体から漏れ出した穢れの瘴気によって弾き飛ばされる。
《くっ、これ程までの穢れか·····。》
闇照は石畳を踏み黒毛の犬顔が苦渋に歪む。
《ならばこれはどうだ。》
再び闇照は身構え神願を唱える。
《御身願い奉るは不浄なる穢れ。祓い結え清め結えと請う。想に生まれ出ずるは想に還り。万物の常闇へと回帰せよ。
神願『焔夜那息吹』
闇照の口から青白い炎を吐き出す。吐き出された青白い炎は小さな子女思兼神の小さな身体を覆う。
「嗚呼ーーっ!!。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたぃぃぃいいい!!。」
子女思兼神の強烈な鬱の発する言葉に呼応し。身体から抜け出た穢れが天へと舞い上がる。青白い炎はのぼっていく穢れに防がれる。
《これも駄目か····。致し方ない。願言を組んだ神願術を使うしかないか。強力ではあるが確実性はないのが傷だが。躊躇する余裕もない。》
闇照は屈んで黙祷し集中する。
矢座霧乃君(浪矢)と闇月乃姫は境内の囲むように翡翠を置き塩をまく。穢れを外に出さない。弱める為の結界を張っていた。社の周りの敷地の草やぶを囲むように透明な翡翠の石を置き塩を蒔く。
人間の青年は闇照とシメヤカネの戦いをはらはらしながら息をのみ様子をみていた。
自分が慕う子女思兼神という女神を救ってくれることを信じて。
闇照は子女思兼神の前で黒い四足の脚を石畳の床を踏み締めた。
《御身願い奉るは想を置き。願を示す。我願うは光也、我願うは静也、我願うは安也、我願うは幸也》
闇照の前に繋ぎ目の文字が次々と浮かび上がる。
順に光、静、安、幸という順に並び直ぐに折り重なり。闇照の黒毛の胴体へと入り込む。
闇照は境内の石畳の床をまるで音を鳴らすかのように足踏みをする。
神願『光神禍祓御魂!!。』
闇照黒毛が光だし、白き輝き白光は闇照の黒毛の毛皮に纏う。白光を帯びた闇照が子女思兼神目掛けて突撃する。
ヒュン
光速と呼べる速さで子女思兼神の小さな神体を掠めるように横切る。闇照が後方に着地すると子女思兼神は突然天を仰ぐよあに絶叫し始めた。
「嗚呼、嗚呼ああああああああああああーーー!!!。」
ズズズズズズ
絶叫とともに子女思兼神の小さな身体からどす黒い霞が漏れだし空高く舞い上がる。まるで生き物ように子女思兼神から吹き出した穢れは上空を塊をつくりうねうねと蠢いていた。
「やりましたね。闇照様!。」
境内の一部始終観ていた矢座霧乃君は闇照は笑顔で称賛する。
「ん?何か様子がおかしくないか?。」
右肩に勝手に乗っかっていた蚤童子はある上空に塊ながら漂う穢れにある違和感に気づく。
闇照はまだ子女思兼神から抜け出た穢れを警戒するように細目で睨んでいた。
ズズズズ
うねうね
境内上空に吐き出され歪な黒い塊は小刻みに蠢き。まるで境内の敷地にいる存在を確認してるようであった。
「···っ!?。矢座霧乃君っ!。そこから離れろ!!。」
突然闇照が叫びだす。
「小僧!!。逃げろッ!!。」
ぴょん
蚤童子も肩から飛びはね石畳の床を駆け出す。
「えっ!?。」
ズズズ ぶわああああああ
境内上空に漂っていた穢れの塊が一気に境内に堕ちていく。そして蠢く穢れはそのまま真下にいた矢座霧乃君(浪矢)目掛けてつっむ。
ズゥンンンンン
「ぐああああああああッ!!」
矢座霧乃君(浪矢)の身体は穢れとぶつかり身体に。子女思兼神から抜け出た穢れが矢座霧乃君(浪矢)身体に入り込む。
「ろうやああっ!!。」
闇月乃姫は叫ぶ。
「小僧っ!!。」
《矢座霧乃君っ!!。》
闇照が此方に向かってくるところをスロウで視認する。
何だこれは···あらゆる感情が流れてくる·····。
辛い苦しい哀しいありとあらゆる鬱の負の感情が矢座霧乃君(浪矢)の身体を蝕む。
❴俺は駄目だ。死んだ方がいい。こんな辛い目に合うなら私なんていなくなればいい。もう無理だ。どうして俺はこんなに不幸なんだ。終わりだ全て終わりだ。誰も僕なんて気にしないんだ。生きても仕方ない。嫌だ!もう嫌だあ!。帰りたい···あの頃に帰りたい··。私は全てに失敗したのだ。妻も娘ももう私を愛してはくれない。何で私が毎日虐られなきゃいけないの?もう終わりたい。お父さんはいつ帰ってくるの?。何故私は幸せになれないんだ。余命少ないなんて···私はもっと生きたかった····。不公平だよ他は幸せで俺だけ不幸で····。どうしてどうして····何もかもなくなってしまった。嫌いだ!世の中全てが嫌いだ!。安らぎなんてなかったよ。辛い··辛いよ···。苦しい··楽になりたい。❵
あらゆる心の叫びが矢座霧乃君(浪矢)の脳裏を駆け巡る。
最後に心の叫びが織り交ざり一つになる。交ざった感情がある一つの言葉を紡ぎ出す。
··私達には···もう··何も··ない······
「ぐあああっっっ!!ぐああああああ!!嗚呼嗚呼嗚呼ーーーー!!。ああ嗚呼嗚呼ああああああああああっっーーーーーーーっっ!!!。」
プツッ
矢座霧乃君(浪矢)を限界まで開かれた口から絶叫を放つと事切れたかのようにゆっくりと身体が堕ちていく。
スッ ドサッ
矢座霧乃君(浪矢)はそのまま硬い石畳の床へと地に伏した。
倒れた身体からゆっくりと意識が途切れ。瞼が薄く閉じていく瞳に仲間が駆け寄る姿が最後に朧気に目に写った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
深い深い闇の中にいた。闇は深く底が見えないほど深い闇。意識を失い。深い闇の中で哀しみと苦しみが浪矢の心を揺さぶる。あらゆる絶望とあらゆる哀しみとあらゆる心の叫びが浪矢の中にある深い後悔の闇へと突き刺さり呼び起こす。
意識が朦朧とする深い闇の底で記憶の断片が残像のように響く。
『ロイス、貴方がこの聖剣を使って···。私にはもう無理だから··』
『イスティル·····。』
青年はベッドに眠りにつく勇者と呼ばれた白髪の少女を嘆きながら看取っていた。
バチバチ ゴォオオオ
『ラッセル···ごめん。本当にごめん···。』
涙をため赤目の銀髪の幼い少年は嗚咽を発する
火柱のように家々の屋根が燃え上がり。焼けゆく村の集落で親友であった少年の血だらけの遺体に何度も謝罪と懺悔の言葉を投げ掛ける。
『ヴェルス、私は貴方の女神になりたかった····。』
教会の中で手に抱かれ。透けた少女は力のない微笑みをかける。
静かに泡のように消えていく少女を青年は無言で見守る
全てが過ぎ去った異世界での出来事。後悔と悲しみの日々。忘れたことなどない。忘れたわけじゃない。ただ思い出したくなかっただけだ。大切な思い出の筈なのに。俺はそれを腫れ物ようにして離していた。穢れにより呼び起こされた記憶を浪矢は再び垣間みる。
俺は···俺は····。
感情が冷たく流れ落ちる。
全ての苦しみと全ての哀しみと全ての絶望が蒸し返すように浪矢を責め立てる。
自分の過ちと自分の後悔を闇の底に漂う穢れは浪矢に何度も問いかける。
辛くない?悲しくない?後悔してない?死にたくない?
それは甘い誘いであった。穢れのなかにある。報われない救われない幸せになれないそんな者達による羨望と絶望と未練による甘い誘いであった。自分と同じ境遇だから一緒にいようという深い闇の底にある人間達の想念による甘い誘いであった。それはまるで報われず成仏できない霊達が生者に対して同じ死を分かち合おうという行いと似ていた。霊のような存在は浪矢は一度も見たことはなかったし。ただ怨念や怨霊のような存在は信じていた。穢れもまた似たようなものなのかもしれない。人が発する負の想念が集まったのが穢れだという。哀しみ、絶望、苦しみ、怨恨、妬み、怒り、憎悪、それらの感情が集まり穢れとなる。だから浪矢は穢れは怨念、怨霊に近いものだとかんじたのだ。共通なところそれは『報われない』その一点でしかないからだ。
深い闇の奥深くで穢れは浪矢を惑わす。
彼の心奥深くにあった闇と哀しみ、後悔と絶望を鬱の穢れは敏感に感じ彼を新たな宿主を定めようとしたのだ。
穢れは誘う。報われない者を。穢れは誘う救われない者を。穢れは誘う幸せになれない者を····。
矢座霧乃君(浪矢)の心は段々と深い闇に染まりつつある。
身体が冷たく黒く深く濁っていく。
自分という存在が暗く穢れいくのを感じた。
《穢れに惑わされなあ!。矢座霧乃君っ!···。》
「闇照っ!?。」
突然深い闇の底で闇照の叫ぶ声が響く。
闇照の叱咤する声に矢座霧乃君(浪矢)は我に返り。深い闇の底で手を伸ばし這い上がろうとする。
深い深い哀しみと深い深い絶望と深い深い苦しみを矢座霧乃君はそれらを振り払い足掻き。立ち上がろうとする。
闇の底に漂う穢れは蠢き放そうとしない。
くっ、こんなところで終われ····。
フッ
突然の目の前の景色が一瞬にして変わる。。
ザザー
深い闇の空間がいつの間にか雨が流れ落ちる曇った空の景色へと変貌する。
浪矢は何が起こったのか理解できなかった。
ただ深い闇の底にあった穢れの心を締め付けるような甘い誘いはなかった。
今はただ自然に囲まれた山奥に雨が流れおちる景色があるだけだった。
自分の姿はまるで幽体離脱したかのように空中に浮遊していた。
「ここは一体·····。」
見覚えのない場所であった。雨が降りしきり。浮遊する目の前の真下には寂れたように古びた神社が見える。木製が焦げたように黒く。年期の入った寂れた神社だった。ただふと目を凝らすと社の賽銭箱の前に人影がみえた。よくみればそこにはまだ年端のいかない幼い少年とそれに寄り添う真っ黒な黒い犬が社の賽銭箱の前で雨宿りしていた。
「あれは····。」
幼い少年は見覚えないが寄り添って座る黒い犬にどこか見覚えがあるような気がした。
激しく雨水が流れ落ちる社で矢座霧乃君は雨宿りをする一人の幼い少年と真っ黒な黒い犬にじっと視線を注いだ。