2 爺ちゃんの教え
僕はしばらく、夢中になって上条さんの創ってくれた木剣――訓練棒と言った方がいいかな? を、振っていた。
実際、ほとんど丸太なので手に持つと、ずっしりと重い。
けど青い光を発動すると、それも軽々持てるようになる。
――感覚的には、ほとんど竹刀を持ってるのと変わらない。
「……これなら振れる」
そう呟いて、僕は移動しながら訓練棒を振る――というのを一人で繰り返していた。
剣道では面打ちは、面に当たったところで止める。
――けど、これは実戦では『斬れない』動きだ。
この異世界では、実際に斬らなきゃいけない。そのために僕は、訓練棒をヘソの高さまで振り下ろすことを意識した。
「うぉっ――と」
前に出ながらヘソまで斬るイメージで振ると、剣の重みで前につんのめる。
これじゃダメだ。ここで動きが止まって、その隙にやられる。
これは剣道で言うところの『居着き』だ。
どんなに動いても、剣を振っても『居着かない』ようにするためには、常にいい姿勢を維持することが大事だ。
……剣道をやってる時に、よく爺ちゃんに言われた。
“士郎、お前は当たったらいいが、当たらなかったら、そのまま動けない状態だ。身体が前に出て、後ろ足が跳ね上がってる。――それじゃあ、打たれるぞ”
そう――爺ちゃんに言われて、小学生の僕は意味が判らなかった。
「当たればいいじゃん」
「当たればいい、というものではない。剣道はあてっこ競技ではない。どんな状況に置かれても、泰然自若とした心構えを維持することが、大事なんだ」
「タイゼンなんとかって何?」
意味が判らなくて訊いた僕に、爺ちゃんは眼を細めた。
「ちょっと難しいか。じゃあな、とにかくまっすぐ相手を打て。どんな相手でも恐がることなく、正々堂々と胸を張るんだ」
「うん……判ったよ」
僕はそう答えた。その時は意味が判らなかったし――
僕の人見知りも臆病も治らなかった。
田舎にいて……爺ちゃんの傍で暮らしてる時はよかった。
小学二年までだったけど、その頃は父さんと母さんも仲がよかった――多分。
けど、小三で父さんの転勤で都会に越してから、どんどん家の中の雰囲気は悪くなった。
そして小4の時に父さんが出て行って、僕と母さんが残された。
「あんたができなけりゃ、アタシはあいつと結婚せずに済んだんだ! お前なんか――生まなけりゃよかった!」
……事あるごとに、母さんは僕にあたるようになった。
だけじゃなく、よく叩かれるようになった。そして言うんだ。
「お前なんか、金がかかるだけの厄介者だよ! 必要ない存在さ!」
そうして、堪えきれずに泣いた僕を足蹴にした……
そんな生活に耐えて――中学に入ってから、僕は爺ちゃんに少しだけ教わった剣道を始めた。
全然、弱かった。いつも先輩や同学年の部員に打たれてばかりだった。
けど――相手を前にしても、少し恐がることがなくなった。
少し背が伸びた僕に、母さんはいつものように悪態をついて叩こうとした。
が、僕はその腕を捕まえた。
「もう……やめてよ……」
僕は泣きながら言った。母さんは驚いた顔をしていたけど――憎々し気に僕の手を振り払った。
それ以降、母さんは僕を叩かなくなった。罵詈雑言は相変わらずだったけど……言い過ぎな時、少し怒って睨むと、それも収まるようになった。
それから僕は――少しずつ、同学年の相手を打てるようになっていた。
けど僕らはもう三年生で、もう部活も引退だった。
そんな中学最後の夏、僕は爺ちゃんの家に預けられた。
その時、爺ちゃんに稽古をつけてもらったのが――爺ちゃんとの最後の思い出だ……
中学を卒業で――僕は高校に入った。
そこで如月先輩に会って……凄く親切な指導を受けてるうちに――やっと同学年や先輩たちと、対等に戦えるようになったんだ。
僕は知ってる。
いっぺんに強くなるなんてできない。
けど、どんなに弱くても……強くなることはできるんだ。
それは本当に少しずつだけど――それでも、頑張るしかない。
「イヤアアァッ!」
僕は気合を込めて、大きく訓練棒を振った。
――と、突然、訓練棒がキラキラと光り出して……消えた。
「わっ! わわわ――っ!? 消えた! ……けど――どうしてっ!?」
なんか急にどうしていいか判らなくなって、僕は上条さんの所に走った。
「――蔓の網!」
上条さんは空中に向けて、掌を向けている。
植物の蔓が、網のように編まれて空中で広がっていた。
「……す、凄いや、上条さん」
「あ――夏木くん、どうしたの?」
僕に気付いた上条さんが振り返る。僕は上条さんに言った。
「あ……あの…創ってもらった木剣が消えちゃったんだけど……」
「えぇ!?」
上条さんが驚く。が、すぐに気を取り直して、口を開いた。
「じゃあ、もう一回創ろうか?」
「あ……いや…そういう事じゃなくて――」
何が起きてるのか知りたいんだけど……
「メルティは?」
「家の方に帰ったよ。なんか、家を片付けるって」
「ありがとう」
僕は家の方に走った。
と、家の中から、ベッドマットを出して干してるメルティに出くわす。
「あ、メルティ!」
「シロウ、どうしたんですか? ああ、休憩ですか」
メルティはそう言ってにっこり微笑む。
……よく見ると、眼鏡で隠れていたけどメルティもかなり可愛い子だ。
とか、そんな場合じゃない!
「あの……上条さんに創ってもらった木剣が消えたんだ、突然。これ、どういうこと?」
僕がそう言うと、むしろメルティは安心したように息をついた。
「ああ、そうだったんですね。え~と、創ってから一時間くらいですか。マイナの魔力はDランク冒険者クラス――って感じですね」
「けどさ……こっちの木刀は消えてないんだよ」
僕は上条さんが最初に創った木刀を見せた。
「え~っっっ!??」
今度はメルティが凄く驚く。
と、恐る恐る、その木刀に触れる。
「……本当だ。消えてませんね」
「でしょ? どういう事なんだろうって思って」
メルティは少し考えていたが、やがて口を開いた。
「多分、後から創った木剣は普通の創成魔法です。けど、こっちの木刀を創ったのはもしかしたら創成魔法ではなく――創造魔法」
メルティは眼鏡の奥の眼を見開いて、そう口にした。
「それって……どう違うの?」
「創成魔法が生み出すのは仮現質――ミラージュです。これはいずれ消えます。けど創造魔法は、本当の物質を創り出す魔法。……Aランクのさらに上、Sランクの魔導士でも可能かどうかと言われるくらいの大魔法」
メルティは少し恐ろし気に、そう言った。
僕はその雰囲気に圧倒されて、押し黙る。が――
「あの……この事は…少し上条さんには言わないでいてほしい…んだけど……」
「え? どうして? 凄い事ですよ」
「その……まだ魔法自体にも慣れてないのに――いきなりそんな巨大な力を持ってるなんて知ったら……自分の力が恐くなっちゃうんじゃないかと思って……」
僕は考えた挙句、そう言った。
メルティも、少し考えた後で頷く。
「判りました。結局のところ、その木刀は謎ですしね。最初に魔法を使った偶然の奇跡――みたいな感じで言っておきましょうか」
メルティはそう言って微笑む。
僕はその笑顔に安心して、思わず笑いが洩れた。




