3 昔の人の苦労
安心したら、散々かいた汗で、ちょっと身体が冷えてきた。
「――っくしょん!」
「あ、身体が冷えてるんじゃないですか、シロウ? タオルで拭いてください」
メルティがタオルを持ってくると、背中に廻って僕の身体を拭いてくれる。
「あ、あの……自分で…拭くから――」
僕は恥ずかしくなって、そう言った。
メルティは特に気にした様子もなく、口を開く。
「あ、そうですか? じゃあ、どうぞ」
僕はタオルを受け取って、汗ばんだ身体を拭いた。
「……ところで、メルティは何してたの?」
「あ、シロウにお爺ちゃんの部屋を使ってもらおうと思って――ちょっと整理してました」
えへへ、とメルティが笑う。
「あの……ありがとう…色々――」
「あ、いえいえ! わたしの意志で決めたことですので! それに……シロウとマイナみたいな人でなかったら――こんな風にはできなかったと思います。自分の家と思って、気兼ねなく暮らしてほしいんです」
メルティはそう言って、嬉しそうに微笑んだ。
と、気付いたように、口を開く。
「それにしても、やっぱり汗だくですよね。今日はお風呂炊くかなあ」
「あ、お風呂あるんだ」
「ありますよ。ただ……水汲みが大変ですし、お風呂は火力が必要なので魔源筒じゃなくて、薪で炊いてます。だから独り暮らしの時は、あまりいれてなかったんですよね」
メルティはそう言って、ちょっと恥ずかしそうに笑う。
僕は思いついた事を言った。
「じゃあ、僕が薪割りをしますよ。水汲みも」
「そんな! 悪いですよ、重労働ですし。慣れてないと大変ですよ?」
「だからだよ。……薪割りも水汲みも、いい訓練になる。身体を基本から鍛えるはずだ。……ぜひ、やらせて」
僕がそう言って笑うと、メルティも笑顔を返してきた。
「それじゃあ、お願いします。シロウ」
それから僕は、家の裏へ案内してもらう。
そこにはもう少ししか残ってない薪と、まだ割ってない丸太が何本も積んであった。
「実は……お爺ちゃんが死んでから、薪割りはしてなくて――。もう保存分も少なくなって、不安に思ってたんです」
「うん。じゃあ、適当に薪は割っとくよ。あと……水汲みの場所は何処?」
「森の中に、この方向に歩いていくと小川があるんです。そこへ行って、この桶に水を汲んできます」
メルティが示したのは――いわゆる天秤棒と二個の桶のセットだ。
これを肩に担いで、水を運ぶわけか。
「うん、判った。じゃあ、やってみるよ。後は任せて」
「じゃあ、お願いします!」
メルティはそう言って、家の中へと戻っていった。
「ようし……じゃあ、薪割りから始めてみるか」
僕は斧を手に取ると、丸太を手にして台木の上に立てた。
斧を振りかぶって――振り下ろす!
カン! と音がして斧が当たる。が! 薪はあらぬ方向へ飛んでいった。
「わっ! ――あっぶな……丸太の端の方に当たったから、割れないで飛んじゃったのか。きちんと真ん中に当てないとダメなんだな」
相手の中心を斬る――剣の基本だ。けど、こんなところで、それができないと自覚させられる。
「ようし……今度は割ってやるぞ」
僕はもう一度、丸太を立てると思いきり斧を振り下ろした。
と! 今度は跳ねた薪が、僕の脛に当たる!
「がぁっっ!! ――痛っうっっくぅぅぅ……」
痛い! 弁慶の泣き所から響く激痛に、僕は悶絶した。
痛すぎて泣きそうだ。……いや、ちょっと涙が出た。
ズボンをめくってみると――血は出てないが、ちょっと青あざになってる。
くぅ~、痛い!
「くっそ~、薪め! よくもやってくれたな、こうなったら……青い光!」
僕は斧を構えて、全身から青い光を発動した。
「やってやるぞ、薪! ダアァッ!」
僕は青い光を発動して、斧を振り下ろした。
が、またしても、薪は弾け飛ぶ。
しかも今度は僕の顔面だ!
「ヒッ――痛っ……くない?」
僕の顔面に飛んできた薪は、青い光に弾き返されて、僕はノーダメージだった。
「フフ、どうだ薪め。僕にダメージを与えることはできなかったぞ、さすが僕の魔法。……じゃな~い! 薪を割らなきゃ意味ないんだよ!」
けど、これで判った。青い光は速度、パワー、防御力を上げるかもしれないが、正確な技を上達させるわけじゃないんだ。そんな便利魔法じゃない。
「それに、青い光を使って割ってたら、身体能力は上がらないぞ。それに薪も割れない」
メルティに『僕がやる!』とか大口叩いた割りに、『ゴメン……うまく当たらなくて、割れませんでした』とか報告できないよ!
それに上条さんから、『え……お風呂入れないの? ……汗かいたからお風呂に入りたかったけど――仕方ないね』、とか笑顔で慰められたら、どうしよう!
いっそ責められた方が、まだマシの感じだ!
「いやいや、薪に当てようとするから割れないんだ。最初に、もう少し斧で斬り込んどいて――」
僕はコンコンと、薪に軽く斧を当てて斬り込ませる。そして斧を上げると、薪も一緒に上がってくる状態にした。
「これなら割れるはずだ!」
そこから一気に振り下ろす。コン、といういい音がして、薪が二つに割れた。
「やった! この調子で割っていけばいいんだな!」
コツを掴んだ僕は、それからしばらく薪を割る。
当てることを意識しなくて済むようになって、逆に自分の姿勢を意識できるようになった。
前かがみになりすぎないようにして、腰を据える。振りかぶりと振り下ろしは、的を目指すというより、自分の中心線を通す感じ。
そんな事を意識すると、剣の振りにかなり近い感じがして、僕は夢中になって薪を割った。
ふと気づくと、割った薪が山になっている。
「……あ、結構割ったな。今度は、水汲みに行くか」
僕は天秤棒を抱えて、その両端に紐で桶を吊るす。
――江戸時代の人みたいだ。昔の人は、こんな風に水汲みしてたんだろうな。
僕は森に入る。すぐに小川は見つかった。
二つの桶に水を汲み、それを天秤棒で担ごうとする――と……
「お――重っっ!」
肩にのしかかる重圧。
「い、痛っ。――肩、痛いぞ、これ!」
こんな事を、昔の人は苦にせずやってたのか?
凄いな昔の人。それにしても、肩が痛い。
ちょっと悔しいけど、桶の中の水を少し減らす。
それでなんとか肩に天秤棒を担ぐと、僕はやっと二杯分の水を運んだ。
「メルティ、汲んできた水はどうしたらいい?」
僕は家に入って、メルティに呼びかける。
メルティはなんだか、荷物を色々運んでる様子だった。
「あ、水汲みしてくれたんですね。それじゃあ、外の水タンクに入れてください」
メルティに教えられて、家の外にある大型のタンクに水を移す。
「ここで貯めた水はろ過されて、生活用水になります。お風呂を入れるには、最低でもこのラインまで入れないと――その後の生活用水に困ることになります」
メルティがそう言って指し示したラインは、タンクの中でもかなり上。
現時点での水量から――約50cmは上!
「わ……判ったよ…頑張り――ます」
「お願いしますね、シロウ」
メルティはそう言って、にっこり微笑した。
僕はタオルを一本借りて、肩にあてるようにする。
結果、判ったこと――水汲みは、足腰を相当に鍛える。
そして……翌日、僕は全身のひどい筋肉痛で起き上がるのも大変だった。




