4 異世界の――初めての夜
上条さんの問いに、メルティは頷いた。
それを見た上条さんが、暗い顔で呟く。
「なんか……残酷な存在ね――」
「けど、わたしたちも生き物を捕らえて料理するのですから――それほど変わりはないかと」
メルティはなんでもないように言う。
上条さんは、呆気にとられた。
「そういえば……そうか」
僕らの元の世界では、スーパーで加工品――既に殺されて解体された肉や魚が売っている。それを買って食べていれば、生き物を殺して食べているのだという感覚は極めて低い。
……けど、生きるって、そもそもそういうことだ。
僕らが普段、陰でやってることを見ないで生きてきただけだ。
と、メルティが笑顔を浮かべて、僕らに言った。
「さあ、お二人ともお疲れでしょう。寝具の余りが一つしかないので、一人はソファで寝てもらうことになりますが――」
「あ……僕がソファで寝るよ」
僕がそう言うと、上条さんがこちらを見る。
「いいの? 夏木くん」
「うん」
「……ありがとう」
上条さんが笑ってくれた。よかった、言い出した甲斐があった。
それから僕らはリビングで、上条さんは敷いたマットに――僕はソファに寝て毛布をかける。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「「おやすみなさい」」
僕と上条さんがおやすみを言うと、メルティは自室に帰っていった。
暗くなって――夜が静かだ。
遠くで、なにか鳥が鳴いてる声がする。
僕は疲れもあってか――うとうとしてきた。が、それを不意に起こされる。
「――夏木くん……」
「あ……上条さん?」
「ごめん……起こしちゃった?」
「いや――まだ寝てなかったよ」
僕はそう言ってみせた。
と、暗い部屋の中で、上条さんの声が聞こえる。
「あたしたち……これからどうなるんだろう――」
僕は――答えられない。何の確証もないからだ。
けど、きっと上条さんは不安に思ってる。
見知らぬ異世界で、何も頼れるもののない状況で――
「僕が……上条さんを…守るよ――」
僕は、小さい声で――そう言った。
最大の勇気を振り絞った言葉だった。
「夏木くん……」
心なしか……その声が震えてる気がした。
泣いてるのだろうか――無理もない、と思った。
「夏木くん…こっちに――傍に来てほしいの……」
上条さんが、毛布から顔を出して、こっちを見つめてる。
え……傍って――
僕は躊躇したけど、ソファを降りて上条さんの傍に行った。
一緒に――毛布にくるまる。
毛布の中で、上条さんが僕にそっと触れてきた。
そして、その身体の一部が密着する。
「ごめんね……明日からは――頑張るから」
「うん……」
僕は上条さんの体温を近くに感じながら――異世界の初めての夜を過ごした。
――翌朝。
気づくと、僕は一人でマットで寝ていた。
「――夏木くん、おはよう」
ふと、傍から上条さんの声がする。
僕が眼を向けると……上条さんはもう起きていて、床に座っている。
その姿は朝陽に照らされ、とても眩しい笑顔で僕に微笑みかけていた。
「お…はよう……」
そのあまり可愛さに呆然となってると、奥からメルティがやってくる。
「おはようございます。お二人とも、ゆっくり休めましたか?」
「うん。すっごく、休めたよ」
上条さんは、メルティにも笑顔でそう返した。
強いな――上条さんは。
僕はそう思った。女子部員が少ない剣道部で、男子に混ざって練習してる上条さんは大変なことも多かったと思う。
男子の方が上背があるし力もある。痛い時もあるし、届かない時もあるだろう。
けど上条さんは苦労の素振りなどまったく見せずに、一生懸命練習をしてた。
クラスの男子は上条さんが可愛いから、いつも色々言ってるけど――
上条さんはそれだけじゃない。とても努力家で……素敵な子なんだ。
「それじゃあメルティ、あたしたちが冒険者になるために必要なこと、教えてもらえる?」
上条さんはそう言った。と、メルティは微笑して答える。
「まずは朝御飯ですね」
「そっかぁ~!!」
二人はそう言って笑い合った。…なんか、凄く気が合ってる。
僕らは美味しい朝御飯を食べ終わると、上条さんが改めて口を開いた。
「――で、あたしたち、冒険者になるために、どうしたらいいの?」
「まずはお二人には、実戦で使えるレベルにまで魔法を使いこなせるようになってもらう必要があります」
上条さんの問いに、メルティが人差し指を立てて答える。
が、上条さんは首を傾げた。
「けどそもそも、あたし……魔法を使った自覚があんまりないんだよなぁ」
「作った木刀は、ここにあるけど」
僕はそう言って、傍に置いてあった昨日の木刀を上げてみせた。
するとメルティが、突然、大声をあげる。
「えぇっっ!? どうして、その木刀がそこにあるんですかっ!」
そのメルティの驚きぶりに、逆に僕らの方が驚く。
「いや……昨日の現場から…持ってきた――から?」
「そうじゃありませんっ!」
えぇっ!? そうじゃないの!?
「そうじゃなくて――どうして消えてないんですか!?」
「え……だって、魔法で作ったものなんでしょ?」
上条さんが、不思議そうに訊ねる。と、それに対してメルティが凄い血相で答えた。
「創成魔法で作るものは、『仮現質』――ミラージュというもので構成されてます。これは実際の物体ではなくて、仮に存在する半物質のようなものです」
――まったく、言ってる意味は判らないが、とにかく魔法で作るのは、実際の『物体』ではないということだな。
「で、その構成体は、魔導士の力量や注力した魔力量にもよりますが、時間が経つと消失します。Eランク冒険者の魔導士なら、5分や10分くらいその形状を維持できればいい方です。Dランク魔導士でも、1時間くらいです!」
上条さんは上を向いて考える。
「え~と、昨日の昼間作ったと考えると――20時間は経ってる感じ?」
「そうです! だから驚いてるんです。もしそうなら……マイナの潜在魔力量は、相当なものです!」
メルティの意気込みに、上条さんはちょっと困ったように僕を見た。
「だって……あたし、凄いのかも」
「うん、上条さんはきっと凄い力を持ってるんだよ」
僕はそう上条さんに言った。まったく驚くようなことでもない。
上条さんなら、当然かも――と、むしろ思った。
「まったく……やっぱり、お二人は彷徨者なんですね。この凄さが伝わってない」
メルティはそう言って苦笑する。
それから僕らは、庭に出た。
「マイナの創成魔法は木製に強いようなので、その系統をイメージするのがいいと思います」
「具体的に、何をイメージしたらいいの?」
「まず……手の上に、小さくてもいいので芽をふかせて見てください」
上条さんは手の平を上に向けて、それをじっと見つめる。
――と、光の粒子がキラキラ輝いたと思ったら、手の上に芽が生えてきた。




