3 共同生活の開始
メルティの申し出に、僕らは少なからず驚いた。
「いやあの……凄くありがたいけど――家の人の都合とか、大丈夫なんですか?」
上条さんが、メルティに訊く。と、メルティは眼鏡の奥の眼を細くして、笑顔で答えた。
「この家に住んでるのは、わたし一人ですから」
「え……そうなんですか? あの――お仕事とかしてるんですか?」
メルティはそこで僕らを見つめる。
「はい! そこでですね――お二人に頼みたいことがあるんです」
「な……なんですか?」
上条さんが恐る恐る訊くと、メルティは一本指を立てて答えた。
「お二人に――冒険者になってほしいんです!」
「ぼ……冒険者?」
上条さんは首を傾げた。
「冒険って――なんか南極行ったりするんですか?」
今度はメルティが首を傾げてる。僕は、恐る恐る、口を開いた。
「あの……もしかして、モンスターと魔法で戦ったりします?」
「あ、はい! その通りです! お二人――特にナツキシロウさんは、既に高い魔力を持ってます。あのDランクモンスターの一角熊を一人で倒せるほどの力量ならば、すぐに冒険者になれるはずです!」
メルティはそこで、ふと小さくなってこちらを見る。
「それでですね……わたしと一緒に――パーティーを組んでほしいんです」
「パーティー? なんかドレス着て踊るみたいなの?」
上条さんがまた不思議そうな声を出す。僕は慌てて言った。
「あの! パーティーっていうのは、チームのことだよ。団体戦みたいなもの」
「夏木くん、なんか詳しいね。この世界のこと知ってるの?」
「いや……ファンタジー世界を…ちょっと知ってるだけ――」
僕はしどろもどろになって答えた。まさか、ラノベやアニメで異世界ものばかり見てたとか言えない。
「ふ~ん、じゃあ仲間になるってことね? いいですよ、むしろお願いしたいくらい」
「あ、あの上条さん! けど……冒険者になるってことは――さっきみたいなモンスターと戦うって……ことだよ……」
僕は躊躇しながらそう言った。
異世界ものではよくチートでいきなり強くて、異世界でも楽勝だったりする。
……けど、さっきの感じだと決してそうじゃない。
なんとか熊に一撃加えられたけど――こっちが死ぬ可能性だってあったんだ。
「けどさ、夏木くん、頑張って倒せたじゃない! そんな強いモンスターばかり相手にしなきゃいけないわけでもないんでしょ?」
上条さんは僕に言った後、メルティに訊ねた。
「そうですね。やっぱり自分の強さに見合った相手を選ばないと、です。実はわたしは冒険者なんですけど、まだ新人でEランク。師匠である、お爺ちゃんに魔法を習いながら、一生懸命、実力を上げてる最中でした」
「……でした?」
メルティは、少し寂しそうな顔をする。
「はい。お爺ちゃんが二ヶ月前に亡くなってしまって……これからは、わたし一人で生きていかなきゃいけない。けどどうしよう……そんな風に悩んでるところに、お二人が現れたんです。きっとこれは神のお導き! ――だと思いました」
メルティはそう言って微笑した。
上条さんが、僕の方を見る。
「夏木くん――あたしは元の世界に帰りたい。けど、しばらくはこの世界で生きていかなきゃだと思うんだよ。あたしたちが、この世界でなんとかやっていくためには……メルティさんのお世話になるしかないと思うんだけど……。夏木くんは、どう思う?」
「僕も……そう思うよ」
僕は、やっとの思いでそう答えた。
すると上条さんが、メルティに笑いかける。
「それじゃあ、メルティさん。これからよろしくお願いします!」
上条さんがそう言って頭を下げたので、僕も慌てて頭を下げた。
と、メルティがにっこりと笑う。
「よかった! じゃあ、わたしのことはメルティと呼んでください。お二人はナツキシロウさんとカミジョウマイナさんでいいですか?」
「あ、あたしのことはマイナって呼んで」
上条さんは、笑顔でそう言う。そして僕を見た。
え――僕も、呼び方を言うの?
「じゃあ……僕は…シロウで」
「マイナとシロウですね。じゃあ、これからよろしくです!」
メルティがそう言って頭を下げたので、僕と上条さんも頭を下げた。
で、全員で顔を上げると、恥ずかしくなって笑った。
「それじゃあ、わたしご飯をつくりますね。お二人は戦った後ですし、休んでいてください」
「あ、ありがとう――メルティ」
上条さんがそう呼びかけると、メルティは嬉しそうに微笑んだ。
メルティが料理をしてる間――気づくと僕は眠っていた。
やっぱり、あの一角熊とかいうモンスターと戦った疲労が残ってたんだ。
起こされると、やっぱり上条さんも寝てたらしい。けど、それから僕らはメルティの料理をいただいた。
メルティの料理はとても美味しかったが、やっぱりパンが主食だった。
これからは、こういう感じの食事になるのかな……
片づけを上条さんが手伝っている。
僕は――リビングで一人、ボーッとしていた。
……これから、僕らは冒険者になる。
それは――戦うってことだ。剣道で、僕も上条さんも戦ってはいる。
けどそれは、命のかかってない『試合』だ。
あの一角熊との戦いがそうだったように、これからの戦いは一歩間違えれば命を落とす戦いだ。
――上条さんを死なせたりしない。
僕は、台所でメルティと談笑する上条さんの姿を見ながら、そう思った。
いや――決意した。何があっても……上条さんを死なせたりしない。それだけは――これから、僕が絶対に守る。
「――夏木くん、食後のコーヒーもあるんだって! 飲む?」
「……あ、う…ん」
僕は、屈託のない上条さんの笑顔を見て――小さな声で頷いた。
上条さんは――この異世界で、僕のたった一つの光だ。
と、僕はふと気づいた。
「そういえば……この明り――電気なの?」
僕の問いに、コーヒーを持ってきたメルティが、なんでもないように答える。
「あ、これは魔源筒ですよ」
メルティはそう言って、照明器具の横を指さした。
照明器具の横に、発煙筒くらいの筒が着いている。
「ここに魔源筒が入っていて、それが動力源なんです。定期的に交換するんですよ――あ、コンロや冷蔵庫も同じです」
デカい電池のようなものか。
「この魔源筒の元になってるのが、魔石です。シロウが一角熊を倒した時、紫の石になりましたよね。あれです」
「あれを――埋め込むの?」
僕の問いに、メルティが笑った。
「いいえ、一旦は交換所に売るんです。そうすると集められた魔石は精製されて、魔源筒になるんです。その動力の元になるの魔石を集めるのが、冒険者です」
「電気を集める――みたいな職業か。絶対必要な職じゃない」
上条さんが、そう口にする。
メルティは頷いた。
「そうなんです。魔石は高ランクのモンスターから取れるものの方がエネルギー保有量が多いため高額で買い取られます。そういう高ランクモンスターを倒せるのが、高ランク冒険者です」
僕はメルティの話を聞いて、ふと疑問が沸いた。
「そういえば……お肉料理もあったけど、モンスターは死んだら魔石になるんだよね? 肉はどうやって手に入れてるの?」
「簡単に言うと、死んでも肉が残るのが動物。死んだら身体を構成してる力が、命力として魔石に吸収されちゃうのがモンスターです」
メルティは人差し指を立てて、そう説明した。
「モンスターは生きてる時に既に、魔石によって生命を維持してます。捕食によって、生きてるんじゃないんです」
「じゃあ、なんで僕らを襲ってきたの?」
僕は訊いた。メルティはそれに答える。
「それは、モンスターが命力を直接吸収するためです」
「命力を吸収するって……つまり、殺すってこと?」




