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異端査問調書 王国歴1462年 北東フェン監理局第11号


第1項 事案の概要ならびに上申書の写し


 一、受理

 王国歴1462年 実りの月9の日、北東フェン監理局は、管下フェンの谷を巡察中の巡察官エスト・ブランより、別紙上申書を受理せり。高等査問官ダル・ケイエを主任として、査問第11号として立件す。


 一、上申書の写し

 「職務により上申す。フェンの谷は当夏、熱病の流行下にあり、死者すでに31名を数う。小職、死者の出たる家々を検めるうち、奇怪の一事に気づけり。いずれの死の前夜にも、谷の外れに住むマレなる老婆が、その家を訪れたるなり。婆は日暮れに戸を叩き、病人の枕辺に座り、夜明けに去る。しかしてその朝、病人は必ず死したり。31の死のうち、小職の確かめ得たるだけで24、婆が先立ちて訪れたり。村人はこれを古き習いと称して怪しまず、かえって婆の来訪を待つ有様なり。死を追う者にあらず、死を連れ来る者と疑うべし。すみやかに詮議あらんことを」


 一、予備調査

 左の各項を確認す。

 被疑者マレ。年齢はおのれも知らず、村の申すところ78あるいは81。フェンの谷の生まれ。夫子はなく、谷の外れに独居。生業は糸紡ぎ。村にては夜伽のマレ婆と呼ばれ、人の死ぬる晩にその家に座ること、少なくとも40年に及ぶという。

 家宅捜索。押収すべき書物、護符、道具の類、一切なし。家財は寝台と、糸車と、腰掛けがふたつ。

 家系。両親の代より前は、記録なく、たどるべからず。

 村人の証言。婆の座りたる晩の死は、いずれも静かなり。苦しみ抜きたる病人も、婆の来たる晩は騒がず、朝には安らかなる顔にて冷たくなりおれり。村の年寄り曰く、婆が来るなら今夜だと分かる、支度ができる、ありがたいことなり、と。なお婆の触れたる病人より熱病の広がりたる例、確かめ得ず。


 一、所見

 死の前夜を違わず言い当つることは、人の知り得ざる知なり。由来を明らかにし得ざる知は、力と同じく、査問規程第9条により、三大禁忌が一「万夜の魔導」の嫌疑をもって査問すべきものとす。


第2項 第1次査問記録(実りの月14の日)


 被疑者は耳遠く、問いはたびたび繰り返して発したり。


 問う。汝の訪れたる家にて、人は必ず死ぬ。これを認むるか。

 答えて曰く。逆さにございます。死ぬる家に、呼ばれるのでございます。

 問う。誰が呼ぶか。

 答えて曰く。誰、ということはございません。夕暮れどきに谷を見ますると、屋根のひとつに、夕暮れがもうひとつ、重なって見えまする。ああ今夜だと分かりますれば、行って、戸を叩きまする。

 問う。行きて、何をなすか。

 答えて曰く。何も。枕辺に腰掛けを寄せて、手を握って、朝まで座っておりまする。歌えと言われれば歌い、黙れと言われれば黙り。それだけの婆にございます。

 問う。何のために、40年もそれを続けたるか。

 答えて曰く。ひとりで夜に入るのは、こわいものでございます。誰かが手を握っていれば、こわくない。わたしも先に逝った母に、そうしてもらいましたゆえ。

 問う。汝の来たる晩に死なざりし者は、ひとりもおらぬのか。

 答えて曰く。おりませぬ。わたしは間違えたことがございません。(しばし黙したるのち)一度だけ、若い時分に、見えたのに行かなかった晩がございます。こわくなったのでございます。その晩の死人は、ひとりで逝きました。それからは、行くと決めております。

 問う。汝は死を見るのではなく、死を運ぶのではないか。熱病の年に、汝の見る屋根が急に増えたり。これをいかに説く。

 答えて曰く。(長く沈黙ののち)病が流行れば、夕暮れも増えまする。増えたのは、わたしではございません。


 一、記録者所見

 被疑者の供述は終始平静にして、隠蔽の色なし。されどまさにその平静こそ、死に対する畏れの欠如を示すものなり。人の死をおのれの務めと心得る老婆の存在は、統一神書の教えの外にあり。第2次査問において術式圧迫の適用を上申す。


第3項 第2次査問記録(実りの月17の日)


 一、経過

 被疑者の高齢を勘案し、術式圧迫は第5級に留めて適用す。被疑者は目を閉じ、圧迫の間、左の通り繰り返し呟けり。

 「こわくない。こわくない」

 右は、おのれに向けたるにあらず、執術官に向けて発したるもののごとし。執術官、続行に難色を示す。交代のうえ続行す。


 一、自白

 問う。認むるか。

 答えて曰く。(長き沈黙ののち)婆の頭には、あなたさまがたの仰ることが、よく分かりませぬ。分かりませぬが、それで村の衆への詮議が仕舞いになるのでしたら、わたしが夕暮れを連れて歩いたのだと、お書きくださいませ。

 問う。汝みずからの言葉にて認めよ。

 答えて曰く。わたしは、万夜と終焉の神の力を借り、40年、谷の死人の枕辺に夕暮れを連れて参りました。(ののち、声低く)けれど、旦那さま。夕暮れは、悪いものではございませんよ。一日でいちばん、優しい刻限でございます。

 右後段、譫言と認む。


第4項 判決ならびに処分記録


 一、判決(実りの月21の日)

 被疑者マレを、三大禁忌が一「万夜の魔導」の行使、ならびに反逆神への傾倒の廉により、有罪とす。火刑。ただし谷の人心の動揺を勘案し、執行は監理局内にて非公開とし、執行の後にこれを公示すべきものとす。執行の期日は、実りの月25の日と定む。


 一、執行不能の記録(実りの月25の日)

 夜明け、獄卒が監房を開きたるところ、被疑者はすでに絶命しおれり。寝台に仰臥し、両手を胸の上に重ね、その顔は眠るがごとし。検分するに、外傷なく、毒物の痕なく、自害の具もなし。

 なお獄卒の申し立てに曰く、夜半、監房のうちより、低く語らう声を聞けり。誰と誰の声かは分からねども、ふたりの声なりき、と。同房に人なし。また、家財没収の折に婆の家より運びたる腰掛けふたつのうち一脚が、倉より監房の寝台の際に移されおりたるを認む。何人がいつ移したるか、判明せず。当直の獄卒を戒告処分とす。

 被疑者死亡につき、執行不能。結審す。


 一、結語

 かくして、北東に巣食う澱みと邪教の芽は、機構の法によって正しく摘み取られたり。すべては、至天の光輝たる第一の座の導きによる。


 一、記録の取り扱い

 本調書は禁記とし、北東監理局封庫に納む。写しの作成を禁ず。万夜に関わる記録の例に従い、結審より50年を経て焼却すべし。


【識語】

 フェンの谷を訪ねた。谷はいまもあり、熱病はあの年の秋に終わったと、村の帳面にある。

 谷では、いまも人が死ぬる晩、寝台の脇に空の腰掛けをひとつ置く。誰の席かと年寄りに訊ねたら、さあ、誰のだったか、昔からそうするのだ、手を握ってくれる人の席だ、とだけ言われた。

 置かれた腰掛けは、朝には、少しだけ寝台のほうへ寄っているものだそうである。谷の者は、それを見て、ようございました、と言う。

 わたしは、この調書のことを、谷では言わなかった。


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