異端査問調書 王国歴1423年 西方監理局第38号
【翻刻者注】
本記録は、旧カルゲン監理局跡の封庫の底より見出されたものである。表紙に禁記の印と、焼却すべしとの朱書があり、局の台帳には焼却済みと記されているが、現物はこうして残った。理由は分からない。文字遣いは、誤りと思われる箇所も含め、すべて原文のままに写す。
第1項 事案の概要ならびに密告状の写し
一、受理
王国歴1423年 青葉の月14の日、西方辺境カルゲン監理局は、管下ヴェンの村の認可施療師オッド・バレンより、別紙密告状を受理せり。同日これを異端査問局に移送し、高等査問官ギル・マッケンを主任、査問補フェッロを記録係として、査問第38号として立件す。
一、密告状の写し
「謹んで申し上ぐ。当村に住まう、治療士を名乗る女セーラは、黒き術を用いる魔女なり。去る青葉の月12の日、不治の熱病に苦しむ杣人ドルガ(74歳)の枕辺に呼ばれ、詠唱もなく、薬も道具も用いず、ただ手をかざしたるのみにて、同人は息を引き取れり。あれは治療にあらず、魂を奪う邪法なり。なお同女は認可を受けずして施療を行い、村人はこぞってこれを頼み、認可施療師たる小職の施療を退くる有様なり。機構の威光をもって、すみやかに詮議あらんことを」
一、予備調査
査問補フェッロを村に遣わし、左の各項を確認す。
被疑者セーラ。年齢26。ヴェンの村の生まれ。父母はすでに亡く、独居。生業は薬草の採取と施療の手伝い。機構の施療認可を受けず、また受けんと願い出たる形跡もなし。
家系。曾祖母の代に、東方ハルレン地方より移り来たれりという。東方は邪教の残滓多しとして査問局の記録するところ、この一事、注意に値す。
杣人ドルガの遺骸。争いたる跡なく、寝床の乱れなく、死顔は安らかに過ぐ。長患いの末期の相としては不自然なり。
村人の証言。同女はこれまでにも、眠れぬ幼童を眠らせ、狂いたる犬を鎮め、産の痛みを和らげたること多数。いずれも詠唱なし。村人の多くは同女を庇い、進んで語る者少なし。
一、所見
詠唱なき行使は、機構の登録するいかなるコルの型にも合致せず。由来を明らかにし得ざる力は、査問規程第9条により、三大禁忌が一「万夜の魔導」の嫌疑をもって査問すべきものとす。
第2項 第1次査問記録(青葉の月18の日)
被疑者を監理局査問室に引致し、高等査問官ギル・マッケンこれを査問す。記録、査問補フェッロ。
問う。汝が用いたる術の構文を述べよ。コルの意思部はいずれか。詞部はいかなる語根か。
答えて曰く。コルというものを知らず。呪文は用いず。ただ祈りたるのみ。
問う。詠唱なくして魔導の発現することなし。これは機構の確かめたる法則なり。汝はおのれを法則の外にある者と申すか。
答えて曰く。分からず。幼きころより、痛む者の傍らに座れば、手の内があたたかくなる。それを差し出すのみ。
問う。杣人ドルガの死につきて述べよ。
答えて曰く。爺さまは三月を病み、痛みに夜も眠れず、楽になりたい、休ませてくれ、と繰り返し願われたり。ゆえに、静かに休めるようにと祈れり。夜が来るように、痛みを終わらせたるのみ。
問う。終わらせた、と申したり。すなわち命を絶ちたるを認むるか。
答えて曰く。違う。夜は命を絶たず。一日を仕舞うのみ。爺さまは笑いて、良い晩だ、と言い、それから眠られたり。
問う。汝の言う夜とは、何者か。
答えて曰く。(長く沈黙ののち)夜は、夜にございます。
一、附記
同日、ヴェンの村の百姓ら27名、連判をもって被疑者の放免を求むる嘆願書を提出せり。されど右文書は宣誓を経ざるがゆえに証拠の能力なし(査問規程第21条)。却下す。なお連判の27名は、異端への同情の廉あるをもって、氏名を別紙に記録す。後日、うち24名より連判取り下げの申し出あり。
一、記録者所見
被疑者は頑迷にして邪法を隠蔽す。終焉を安息と言い換え、夜なる隠語をもってその主たる何者かを指し、統一神書ならびに神統略説の説くところを冒涜すること甚だし。第2次査問において、規程に基づく術式圧迫の適用を上申す。
第3項 第2次査問記録(青葉の月21の日)
査問規程第33条に基づき、執術官ボルツ立ち会いのもと、第3級精神圧迫術式を適用したるのちの記録なり。
一、経過
術式適用の間、被疑者は声を上げず。かえって執術官ボルツ、旧創(左肩)の痛みの消失を訴え、術の続行に支障を来せり。これ魅了の術の行使と認め、被疑者の両手を規定の封布にて縛す。
一、自白
問う。認むるか。
答えて曰く。(長き沈黙ののち)あなたがたの、言う通りに申します。
問う。述べよ。
答えて曰く。わたくしは、万夜と終焉の神の力を借り、杣人ドルガの魂を、強いて奪い去りました。
問う。いかにして反逆神と通じたるか。
答えて曰く。(応答なし。査問官の求めにより、左の通り記録す)幼きころ、亡き祖母より、夜を敬うことを教えられたり。
問う。祖母より授かりたるは、邪教の頌歌にあらずや。獄卒の報告に、汝が監房にて夜ごと唄うとあり。
答えて曰く。(応答なし)
一、獄卒の報告に基づく唄の書き取り(歌詞不明瞭、聞き取れたる分のみ)
「よるのにいさん くらいのをのんで みんなのかわりに くろくなった」
右、幼童の唄に類すれども、暗きものを呑む等、その意するところ明らかに邪頌なり。東方ハルレン地方の邪教残滓と断ず。
一、譫言の記録
自白の筆記を読み聞かせ、爪印を求めたるとき、被疑者、声低く左の通り呟けり。意味不明なれども、規程に従い記録す。
「なぜ、優しい夜を、あなたがたは悪いと呼ぶのですか。……いちばん、優しい方を」
右、譫言と認む。
第4項 判決ならびに処分記録
一、判決(青葉の月23の日)
被疑者セーラを、三大禁忌が一「万夜の魔導」の行使、ならびに反逆神への傾倒の廉により、有罪とす。量刑は、内規の定むるところにより火刑相当。
一、公示(青葉の月24の日)
ただし、村民の動揺と邪説の流布を防ぐため、左の通り公示す。
「被疑者は査問により深く悔悟し、機構の取りなしのもと、聖母神の御許にて終生贖罪の祈りに入るものとす。面会、文通は、これを許さず」
一、執行(青葉の月25の日 未明)
右公示にかかわらず、被処刑者の身柄は同日未明、監理局中庭において処分せり。立会は主任査問官以下3名。
執行記録。被処刑者は縛につくにあたり抗わず、苦悶の声を上げず、眠るがごとくに絶命せり。死顔の安らかなること、生前の相よりも甚だし。これすなわち、邪神の加護の最後まで解けざりし証左なり。なお立会の獄卒1名、動揺甚だしきにより、後日、配置換えを上申す。
一、結語
かくして、辺境に巣食う澱みと邪教の芽は、機構の法によって正しく摘み取られたり。すべては、至天の光輝たる第一の座の導きによる。
一、記録の取り扱い
本調書は禁記とし、西方監理局封庫に納む。写しの作成を禁ず。万夜に関わる記録の例に従い、結審より50年を経て焼却すべし。
【識語】
翻刻を終えて、ひとつだけ書き添える。
ヴェンの村を訪ねた。村はいまもある。村の年寄りは、二百年余り前の治療士の名を、いまも覚えていた。曰く、セーラさまは南の神殿に入られた。いまごろは聖母さまのお傍で、村のために祈っていてくださる。だからこの村では、眠れぬ子があると、南に向かって手を合わせるのだ、と。
わたしは、この調書のことを、村では言わなかった。
焼かれるはずの紙が、なぜ二百年、封庫の底で残ったのか。それは分からない。ただ、焼き捨てよと命じられた記録ばかりが、なぜか、いちばん長く残る。拾う者は、それを知っている。




