↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

異端査問調書 王国歴1409年 南方ダレ監理局第22号


第1項 事案の概要ならびに密告状の写し


 一、受理

 王国歴1409年 刈入れの月7の日、南方ダレ監理局は、管下オルサの町の粉挽き職人ケッポより、別紙密告状を受理せり。高等査問官レン・ヴァッサを主任として、査問第22号として立件す。


 一、密告状の写し

 「申し上ぐ。当町の穀物商デルグの倉のみ、この夏の黒腐れを免れたるは、いかにも怪しきことなり。町の畑は三たび黒腐れに食われ、麦は穂のまま崩れて黒き粉となれり。しかるにデルグの買い付けたる畑ばかりは無事にして、同人は値の三倍にて麦を売り、払いかねたる者の畑を次々に質に取れり。さらに同人は、去る春、小職が同人との取引を断りたる折、おまえの水車は今年ひと回りも回るまい、と申したり。果たして小職の水車の軸は、ふた月を経ずして芯より腐り落ちたり。あれは商いにあらず、呪いなり」


 一、予備調査

 左の各項を確認す。

 被疑者デルグ。年齢51。オルサの町の穀物商。町の寄り合いの席次第3位。倉2棟、質に取りたる畑11筆を有す。

 黒腐れの検分。腐れは畑より畑へ、風にも水にも沿わず、飛び石のごとくに移れり。天災の型に合わず。また腐りたる麦は、煮ても焼いても家畜が口を付けず。

 被疑者宅の家宅捜索。寝室の床下より、革の筒に納めたる古き写本の断片1葉を押収す。焼け焦げの跡あり。記されたるコルの構文は、機構の登録するいずれの型とも異なり、意思部の位置が逆しまなり。当局はこれを、焼却処分を免れたる禁書の断片と認む。


 一、所見

 押収の断片は、写本の形式より見て、崩滅より前の代に遡るものと推定す。三大禁忌が一「万夜の魔導」に関わる文書の現存は、それ自体が重罪なり。査問規程第9条により査問を開始す。


第2項 第1次査問記録(刈入れの月11の日)


 問う。床下の断片は何か。

 答えて曰く。知らず。前の家主の残せしものならん。わたしは字が読めず。

 問う。汝の帳簿は汝の手にて几帳面に記されたり。字が読めぬとは何ごとか。

 答えて曰く。(沈黙)

 問う。ケッポの水車について述べよ。

 答えて曰く。あれは古き水車なり。軸の腐るは道理なり。わたしは商人にて、麦を安く買い、高く売る。それは罪にあらず。

 問う。断片の出所を述べよ。

 答えて曰く。(長き沈黙ののち)三年前の冬、南街道の行商より買えり。名は知らず。よく効く護符と申したり。倉を守る護符と。わたしはただ、倉を守りたかったのみ。

 問う。護符と申すが、汝はこれを読み上げたるか。

 答えて曰く。……月のなき晩に、教えられたるとおりに読めり。読めば、望まぬものが枯れると。されどわたしは、枯らしたきものを枯らしたるのみ。ひと畑か、ふた畑のことなり。倉のため、家のためなり。誰も殺してはおらぬ。


 一、記録者所見

 被疑者は行使を認めたり。ただしその供述、責をことごとく行商と断片とに帰し、おのれを買い手に過ぎずとなす。また黒腐れの広がりし畑は11筆を数え、ひと畑かふた畑との供述と合わず。腐れは、被疑者の望みたる範囲に留まらざりしものと認む。


第3項 第2次査問記録(刈入れの月14の日)


 術式圧迫の適用に先立ち、これを告知したるのみにて、被疑者は左の通り供述せり。


 一、自白

 答えて曰く。すべて申し上ぐる、術はご容赦を。わたしは万夜と終焉の神に魂を売れり。月のなき晩、倉の陰にて、夜の声を聞けり。望むだけ枯らしてやろう、代わりに魂をよこせと。わたしは肯えり。されど、たぶらかされたるは、わたしひとりにあらず。行商がわたしに断片を売れり。寡婦ミラは、わたしより先に、あの声のことを知りたり。垣根越しに、夜には耳を貸すな、と申したることあり。あれは知りたる者の言なり。それから、粉挽きのケッポ。あの男の水車の腐り方は、わたしの覚えたる枯れ方と違う。あの男もまた、別の断片を持てるならん。

 問う。ほかに名指すべき者ありや。

 答えて曰く。(しばし考えたるのち)町の寄り合いの席次第1位、油商のバルセ。あの男の倉も、この夏、無事なりき。


 一、附記

 被疑者の供述に基づき、寡婦ミラにつき査問第23号を、油商バルセにつき査問第24号を、それぞれ立件す。行商は人相書きを諸局に回付するも、所在知れず。なお密告人ケッポへの嫌疑は、詮議に値せずと認む。


第4項 判決ならびに処分記録


 一、判決(刈入れの月20の日)

 被疑者デルグを、三大禁忌が一「万夜の魔導」の行使、禁書の所持、ならびに反逆神との契約の廉により、有罪とす。火刑。質に取りたる畑11筆は町に返付し、資産はすべて機構に没収す。


 一、執行(刈入れの月22の日)

 オルサの町の広場において執行す。会衆多数。被処刑者は終始、恩赦を乞い、縄の下より重ねて油商バルセの名を叫べり。会衆の一部これに和し、広場は騒然たり。

 執行後、黒腐れは止みたり。町は静穏に復せり。


 一、結語

 かくして、南方に巣食う澱みと邪教の芽は、機構の法によって正しく摘み取られたり。すべては、至天の光輝たる第一の座の導きによる。


 一、記録の取り扱い

 本調書は禁記とし、南方監理局封庫に納む。写しの作成を禁ず。万夜に関わる記録の例に従い、結審より50年を経て焼却すべし。


【識語】

 本件にて名指された寡婦ミラの調書(第23号)も、同じ封庫にあった。読むに堪えない。翻刻は見合わせる。油商バルセの調書(第24号)は、表紙のみ残り、中身がない。広場で名を呼び交わした者たちの綴りが、この棚には、あと九つ並んでいる。腐れは畑だけのものではなかったらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。