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異端査問調書 王国歴1447年 中央査問庁第7号

【翻刻者注】

 本件の綴りには、ところどころに、削除すべしとの朱書がある。しかし削除そのものは行われず、原文はそのまま読める。朱書を入れた者と、墨を引くはずだった者とが、別の人間だったのだろう。手続きの隙間から、消されるはずだった言葉がこちらを覗いている。朱書の位置は(削除指示)として示す。


第1項 事案の概要


 一、受理

 王国歴1447年 白霜の月3の日、機構第2研究院より中央査問庁に、内部通報一件の移送あり。通報者は第4房助手2名。特務査問官ハウゼルを主任として、査問第7号として立件す。本件被疑者は機構の禄を食む身分なるをもって、禁記中の禁記とす。


 一、通報の要旨

 第2研究院第4房上級研究員ドレン・カッセ(年齢44)は、崩滅期遺物の解析の職務にありながら、許可なき実地の試みを重ねたり。曰く、房の薬草園の一隅にて、育ちたる薬草が一夜にして芽の姿に戻りたるを見たり。曰く、癒えたるはずの助手の火傷が、指示に従い経過を記すうち、癒える前の姿に戻りたり。曰く、同房の水盤の水が、幾日を経ても澱まず、されど魚を入るれば三日にして骨となれり。助手2名、恐懼に堪えず通報に及ぶ。


 一、押収物

 私製の研究記録17冊。表題に曰く、「逆しまのコル、すなわち魔導の裏の顔についての覚え書き」。


第2項 第1次査問記録(白霜の月8の日)


 問う。汝が用いたる術の構文を述べよ。

 答えて曰く。喜んで。基本のコルは治癒の第3型なり。意思部を先頭より末尾に移し、詞部の語根を鏡合わせに読む。すなわち、癒やしの逆しま、ほどきの型なり。なお貴官の用いたる「構文」の語は不正確なり。正しくは「構文と読みの向き」と問われたし。

 問う。汝はそれが三大禁忌が一「万夜の魔導」なるを知りたるか。

 答えて曰く。名は、後より知れり。わたしが見出したるは、名にあらず。法則なり。すべての生かすコルには、ほどくコルが裏として備わる。織りたる布が、ほどけるがごとし。これは禁忌にあらず。魔導そのものの、裏の顔なり。

 問う。反逆神との交わりを述べよ。

 答えて曰く。(笑いたるのち)神など借りておらぬ。祈りもせず、契りもせず。紙と、水盤と、四百三十度の試行のみ。貴官らが夜の神の仕業と呼ぶものを、わたしは机の上で組み立てたり。(削除指示)

 問う。何のためにか。

 答えて曰く。知るためなり。機構は、魔導の表の顔のみを法とし、裏の顔を焼き捨てたり。されど裏を知らずして、表を知りたりと言えるや。崩滅がなにゆえ起こりたるか、貴官らは知らぬままなり。わたしは知りたい。それのみなり。


 一、記録者所見

 被疑者に悔悟の色、微塵もなし。おのれの試みを研究と呼び、査問を論争と心得たり。また被疑者の右手の指3本、先より黒く変じて感覚を失いたるを認む。被疑者はこれを、代価にあらず、単なる不注意と称せり。


第3項 第2次査問記録(白霜の月15の日)


 一、経過

 術式圧迫の適用を決したるも、執術官の報告に曰く、被疑者の周囲にては圧迫の術式が組み上がらず、コルが結ばれる前にほどけたり。三たび試みて三たび失せり。適用を断念す。

 被疑者、これを見て左の通り述べたり。

 答えて曰く。案ずるな。汝らの術が拙きにあらず。わたしの傍らでは、編まれかけの糸は、編まれる前に戻るのみ。(削除指示)近ごろは、わたしが望まずとも、そうなる。


 一、自白

 問う。認むるか。

 答えて曰く。事実は認む。汝らの呼び名は認めず。わたしは万夜の魔導なるものを行使せず。魔導の裏の顔を、四百三十度、めくりたるのみ。

 問う。悔ゆるところありや。

 答えて曰く。ひとつのみ。十七冊で足りなかったことなり。


第4項 判決ならびに処分記録


 一、判決(白霜の月20の日)

 被疑者ドレン・カッセを、三大禁忌が一「万夜の魔導」の研究ならびに行使の廉により、有罪とす。ただし火刑の執行は、火中における術の変異を予見し得ざるをもって、これを避く。魔力回路の完全なる破壊、ならびに北方封監における永久幽閉に処す。研究記録17冊は炉にて焼却し、灰は水銀に封じて地中に納む。本件は公示せず。研究院の名簿より被疑者の名を抹消し、第4房は解散す。


 一、回路破壊の執行記録(白霜の月21の日)

 定めの手順により執行す。被処刑者は声を上げず、終始おのれの右手を眺めたり。執行後、被処刑者は左の通り述べたり。規程に従い記録す。

 「汝らが焼くのは紙なり。わたしの見たるものは、焼けぬ。裏の顔は、めくる者を待たず、そこにある。いずれ誰かが、また」(削除指示。右供述、以下を筆記すべからずとの指示により、記録ここに終わる)


 一、結語

 かくして、機構の内に生じたる澱みと邪知の芽は、機構みずからの法によって正しく摘み取られたり。すべては、至天の光輝たる第一の座の導きによる。


 一、記録の取り扱い

 本調書は禁記中の禁記とし、中央査問庁の奥封庫に納む。閲覧は庁長の允許を要す。焼却の期は、定めず。


【識語】

 研究院の古い名簿を検めた。第4房の頁は、その年だけ、房の名ごと切り取られている。北方封監の収監簿にドレン・カッセの名はなく、移送の記録もない。回路を破壊された男が、その後どこで、いつまで生きたのか、どの帳面にもない。

 焼却の期を定めず、とある。焼くと決められた記録は残り、いつか焼くとだけ決められた記録も、こうして残った。この封庫で確かなのは、それだけである。


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