表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の桁ミスで500kgの聖剣を渡されスライムに殺された元勇者、魔王に転生して奪われた人生を取り戻す  作者: 羊皮紙のヤギ
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/10

第7話 モンスターの従属

 ヴェルドラゴン城の黒鉄の扉を開けた翌日、俺たちは周辺の魔物勢力を制圧するため、東の鬱蒼とした針葉樹林へ踏み入っていた。


 地表から湧き出す湿った魔力が木の根を黒く染め、一歩踏み出すごとに腐葉土が粘り気を持って靴底に絡みつく。


 この城を中心に生存圏を確立するには、周囲を徘徊する脅威を従属させるか、さもなくば駆逐せねばならない。


「……我が主。前方、樹齢数百年の大木が密集する一角に、オークの群れを確認。数は十一」


 ガルドスが、腰の折れた大剣を静かに抜き放ち、その白骨の体躯を低く沈めた。


「大オークが指揮を執っているな。レベル十五。今の俺たちの数では、力ずくでの殲滅はリソースを消費しすぎる」


「ならば、私が再び――」


「いや、ガルドス。今回は、俺がゴブリンから奪った《号令》の術理を直接通す」


 俺は木の陰から身を乗り出し、喉の奥の魔力を震わせた。


「――跪け」


 俺の声に魔王の波動を乗せ、《号令》を発動させる。


 見えない魔力の波がオークたちへ伝播し、彼らの強靭な四肢が一瞬だけ硬直した。


 しかし、大オークが鼻孔から激しく泥水を吹き出し、大斧を地面に叩きつけると、他のオークたちの硬直は一瞬で霧散した。


 黄色い濁った瞳がこちらを捉え、地響きのような突撃が開始される。


「くっ、レベル差がある個体には、単純な《号令》の魔力では抵抗レジストされるか!」


「主、下がってください! 奴らの突進速度は人間の重装騎兵に匹敵します!」


 大オークの突撃が、周囲の立ち木を圧し折りながら肉薄する。


 距離は、あと十メートル。


 五メートル。


 三メートル。


 土と腐葉土が蹴散らされ、根の折れる音が耳の横で爆ぜる。


「上に――!」


 俺は《飛翔》の翼を小さく羽ばたかせ、斜めに身体を跳ね上げた。


 風が足元をすり抜け、大オークの大斧が空を切る。


 刃先が、俺の足首をかすめて木の幹を抉った。


 木片が飛び散り、頬に小さな傷が生まれる。


 その隙を狙い、俺は奴の剛毛に覆われた頭頂部へと急降下した。膝を折り、体重を乗せ、両手で大オークの頭蓋を挟み込む。


「《ドミネイト》!」


 大オークの頭骨の奥、脈打つ四つの赤い核。


 《剛力》《皮膚硬化》


 《咆哮》《群れ統率》


 俺は、奴の群れの精神的支柱である《群れ統率》の核を指先で掴み、強引に引きずり出した。


「奪う――!」


 大オークが喉を裂くような絶叫を上げ、膝から崩れ落ちる。


 同時に、俺の脳内に凄まじい「濁流」が流入した。


 ――飢えに喘ぐ同胞たちを養うため、他者の肉を貪り尽くそうとする盲目的な貪欲。


 ――群れの中で最も強く、最も冷酷であり続けなければ生存を許されないという、剥き出しの掟。


 その獣の責任感が、俺の頭蓋骨を内側から締め付け、激しい偏頭痛を引き起こす。


 脳の血管が千切れるような痛みに耐えながら、俺は視界の端に明滅する赤い警告テキストを捉えた。


【スキル《群れ統率》を上書き獲得:大オークの群れの重圧で再定義】


【スロット使用:8/8(スロット上限到達。


 以降、スキルの新規奪取不可)】


「これで……限界か」


 スロットは完全に満杯。


 もう、何一つ新しく奪うことはできない。


 ゴブリンから得た小さな群れの統率は、大オークの剥き出しの掟に飲み込まれ、より大きな獣の重さへと変わっていた。


 この精神の閉塞感を抱えたまま、俺は着地し、大オークから奪った《群れ統率》を《号令》に重ねて叩きつけた。


「――武器を捨て、地に這いつくばれ。お前たちの長は、今、俺の一部となった」


 その重圧は、先ほどの比ではなかった。


 大オークの絶叫を聞いた残りの十体のオークたちが、まるで糸の切れた人形のように、同時に泥の中へ両膝を突き、頭を垂れた。


 森の中に、彼らの荒い鼻息と、地面に大斧が落ちる鈍い音だけが残る。


「……従属に、成功したな」


「見事な掌握です、我が主。しかし、スロットが上限に達したとなると、今後の戦闘力向上には制約が――」


「ああ。次に何かを奪うときは、今あるスキルのいずれかを破棄せねばならない。だが……これだけの数がいれば、彼らに別の魔物を従わせる『間接支配』のラインが作れる」


 勇者時代、大軍を指揮する将軍たちが用いていた兵站と指揮系統のロジック。


 魔王となった俺は、その知恵を魔物の統率に流用する。


 オークたちを引き連れ、ヴェルドラゴン城へ帰還したとき、門の前に不自然な「白い塊」が縮こまっているのが見えた。


「誰だ」


 ガルドスが剣の先を向ける。


 それは、泥だらけの白い衣をまとった、猫耳の少女だった。


 白い髪の隙間から覗く耳が、俺の足音に反応して警戒するように細かくピクピクと動く。


 年齢は人間でいう十歳前後。


 大きな琥珀色の瞳には、恐怖と、それ以上に強い「飢え」が張り付いていた。


「リリィ、です……」


 少女は、小刻みに震える尻尾の毛を逆立てながら、掠れた声で言った。


「ヴェルドラゴン城の、魔王様に……雇ってもらいに、来ました。メイドとして……」


「メイド? この魔物の蠢く魔界の城でか?」


 俺は思わず、その場に似合わない言葉に眉をひそめた。


「私、お掃除と……それから、お料理が得意なんです。魔王様にお仕えすれば、お腹いっぱい、おにぎりを食べられるって、風の噂で聞いて……」


 少女のお腹が、グウと小さく鳴った。


 張り詰めていた空気が、その音一つで奇妙に弛緩する。


「……我が主、どうされますか。魔物の配下とは明らかに性質が異なりますが」


「……城の厨房は埃を被ったままだ。それに、俺たちも泥水ばかりでは胃が保たない。試してみるか」


 一時間後、厨房の古い暖炉に火が灯り、黒い煙が煙突から吸い込まれていった。


 リリィが作ったのは、魔界の野生の野草と、スライムの核から抽出したゼラチン質の魔力水を煮込んだ、シンプルなスープだった。


 木製のスプーンで口に含む。


「……美味いな」


「本当ですか!?」


 リリィの白い猫耳が、嬉しそうにピンと立ち上がった。


 硫黄の臭みはハーブの香りで綺麗に消され、魔力水が疲弊した俺の胃の腑を温かく浸していく。


 数日間の泥のような戦闘の緊張が、その一杯のスープの熱によって、ゆっくりと融解していくのを感じた。


「よし、お前をヴェルドラゴン城のメイド長として採用する」


「やったあ! 魔王様、おにぎりも作りますね! 魔界のお米は少し青いですけど、しっかり握れば美味しいですから!」


 はしゃぐリリィの後ろ姿を見送りながら、俺は掌を見つめた。


 奪い、支配し、冷酷に徹するはずの魔王の城に、小さな「温もり」が灯ってしまった。


 それが、これからの戦いにどう響くのかはわからない。


 だが、この温かいスープの味だけは、俺の冷え切った身体に、確かに「生きている重み」を取り戻させていた。


 そして、もう一つ。


【スロット使用:8/8】


 もはや、新しいスキルを奪う余地はない。


 次に何かを得るには、今ある力のどれかを捨てる必要がある。


「……整理が必要だな」


 城の外では、従属したオークたちの荒い鼻息が夜風に乗って聞こえていた。


 新しい拠点。


 新しい従者。


 そして、限界に達したスキルスロット。


 次は、どれを捨てて、どれを手に入れるか。


 その選択が、魔王軍の形を決める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ