第18話 四天王会議
忠誠の誓いを交わした翌日、ヴェルドラゴン城の大広間で初めての四天王会議が開かれた。
長い黒檀の円卓を囲み、四天王がそれぞれの席に着いている。
主賓席には俺。
右隣にガルドス、左隣にティアラ。
対面にメイヴィス、端の床に直接ボルグが腰を下ろし、厨房付近ではリリィが静かに控えていた。
窓の外から差し込む灰色の光が、磨き抜かれた黒石の卓上で反射し、会議室全体の重苦しい静寂を浮かび上がらせる。
「……これより、我が軍の今後の戦略方針を定める」
俺が口を開くと、円卓の空気が一気に引き締まり、全員の視線のピントが俺の手元へと収束した。
「はっ。現在の戦力配置について報告いたします」
ガルドスが、指の骨を「カタカタ」と乾いた摩擦音で鳴らしながら立ち上がった。
「現在、我々の支配権下にある魔物はオーク二十、ゴブリン百、スライム群、ワイバーン四、そして沼の主。四天王を加え、総員二百十を超える勢力となりました。……グロッグによる再編成も順調です」
「二百か。北の魔王アズガロスの五百には及ばないが、局地戦で後れを取る数ではない」
「はい。しかし、アズガロスは領地拡大のピントを東へと向けております。遅かれ早かれ、このヴェルドラゴン城が標的となるのは必然かと」
「ならば、先制すればいい」
ティアラが拳を卓上に叩きつけた。
青い火花が黒石を走り、全員の視線が彼女に集まる。
「アズガロスが東に目を向けている今、北の裏をかけば、奴の本拠地を焼ける。防御だけでは、いつまでも獲物だ」
「それは自滅だ、ティアラ」
ガルドスの声音が、一層低く重くなる。
「我が軍の兵站は、二百の胃袋を満たすのが精一杯。遠征すれば、城は空き、背後を突かれる。お前の雷は強いが、兵を守る糧は雷では生まれん」
「では、いつまで籠るつもりだ? 魔王の城に、籠城だけの魔王がいるか?」
空気が鋭く張り詰める。
ティアラの角が低く唸り、ガルドスの眼窩の青い火がかすかに明滅した。
「黙れ、二人とも」
俺は地図に描かれた山脈の境界に黒鉄の重りを置いた。
金属の重い音が、円卓の緊張を一瞬で押し潰す。
「まずは、城から半径五里の防衛線を強固に確立する。それと並行し、人間界の動向をジャックのルートで引き出せ。アズガロスを叩くのは、我々が『選ぶ』時だ。今は、選ぶための目と糧を集める番だ」
会議の最中、床に直接巨体を沈めていたボルグが、丸太のような太い手を恐る恐る上げた。
「……魔王様。ボルグ、提案があります。城の東門の結晶装甲ですが、あれは魔獣の突撃を防ぐには少々厚みが足りません。私の岩石魔力で、さらに三尺ほど基礎を補強させてください」
「東門か。あそこは人間界の結界からも最も近い位置にある。お前の盾の魔力があれば心強いな」
レインが頷くと、ボルグは恐縮したように太い眉をハの字に曲げた。
「はい。……五十年前、人間たちの城門を一人で守っていた時、私は神殿の命令に従ってただ立っていました。私に親切にしてくれた若い兵士たちのために。……ですが、最後には、彼らも『魔物を駆逐する役割』を神殿から与えられ、私に向けて槍を突いてきました。……あの時の冷たい金属の感触だけは、今も私のこの硬い岩肌が覚えているのです」
ボルグの丸い瞳の奥に、かつて彼が人間から受けた「裏切り」の澱が、静かに沈殿していた。
「だからこそ、今度は誰かの命令ではなく、私のこの意志で、私たちの新しい家であるこの城門を守りたいのです」
レインはボルグを見つめ、低く言った。
「ああ。お前の守る盾の力は、神殿の与えた役割に依存しているのではない。お前自身が、あの日の若者たちの『生の記憶』を今も守り、かつそれを乗り越えようとする、その意志に宿っている。東門の補強は頼むぞ」
「魔王様……!」
ボルグの巨躯が、感極まったように小さく震えた。
俺は円卓の地図を強く叩き、全員の視線を戻させた。
「次の議題だ。……我々が対峙すべき最大の壁は、アズガロスでも、アレスでもない。誰かに決められた『勇者が魔王を倒す』という、押し付けられた結末だ」
四天王たちの視線が、俺の口元に集中する。
「かつての俺は、勇者として走らされた。女神のミスで死に、魔王として蘇った。アレスもまた、同じように誰かに都合の良い『正義』として使われている。だが、ここにいる我々は違う」
俺は円卓の面々を順に見渡した。
「我々は、裏切られた者同士が、自らの足で集まった『家族』だ。与えられた結末を拒絶し、俺たちの人生をこの泥の上に新しく刻む。それが、ヴェルドラゴン魔王軍の真の理念だ」
「……御意に。我が主の描くその余白、この骨の剣で切り開いてみせましょう」
ガルドスが錆びた大剣の柄を叩き、乾いた忠誠を捧げた。
「レインの『家族』なら、私の青い雷で害敵をすべて焼き尽くすだけだ」
ティアラが鋭い角を揺らし、不敵に微笑む。
「ふふ。数千年の退屈が吹き飛ぶような、面白い物語になりそうね。私も喜んでそのページの一部になりましょう」
メイヴィスが銀髪をかき上げ、紫の視線を俺の瞳に合わせた。
「ボルグ、お城を守ります。おにぎりのための田んぼも、私が耕します」
巨人が力強く胸の岩肌を叩き、地響きのような頼もしい音を立てた。
会議が終わり、全員がそれぞれの部署へと散っていく。
会議室に残る、仲間たちの熱い魔力の残香が、この冷たい生体結晶の城に、静かな鼓動を刻み続けていた。
だが、俺の脳内には、会議の結論が冷たく沈んでいる。
防衛線の確立。
人間界の監視。
そして、いずれ訪れるアズガロスとの衝突。
その前に、まずは「ゼロ」へ向かう。
ジャックから、新勇者アレスの動向を聞き出す。
家族を守るための、次の一歩だ。




