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ガクガク

「開けなさいよ! 綾香! 貴女、何をしたの!」

タワマンの静寂を切り裂くような怒鳴り声。

柏木礼子が、取り巻きも連れずに綾香の住む低層階の廊下で発狂していた。48階の住人が、見下していたはずの低層階へと自ら降りてくる。その事実こそが、彼女が追い詰められている何よりの証拠だった。

綾香は静かにドアを開け、一歩も中に入れぬよう入り口に立ちはだかった。

「柏木さん。深夜に騒音を立てるのは規約違反ですよ。……ああ、もう貴女には関係ない話でしたね」

「ふざけないで! 雅也さんの会社に監査が入ったのも、私が理事会から除名されたのも、全部貴女の仕業でしょ! 地権者のくせに生意気なのよ!」

礼子が掴みかかろうとした瞬間、綾香は冷徹な眼差しで、一枚の書面を突きつけた。

「これは、貴女の旦那様の会社が管理組合から『不当に引き出した資金』の返還請求書、およびこのマンションの貴方の部屋に対する『仮差押通知』です。私の専門は不動産法務。貴女たちが華やかな生活を維持するために、どれだけ規約の網の目を潜り、積立金を食いつぶしてきたか……全容を解明させてもらいました」

「な、……差押え……?」

「雅也さんは、貴女を切り捨てることに決めたようですよ。今夜、彼は弁護士と離婚の手続きに入っています。貴女に残されるのは、このタワマンでの地位ではなく、膨大な賠償金と、明日から住む場所もないという現実だけ」

礼子の膝がガクガクと震え出す。

完璧だったはずのメイクが涙と脂で崩れ、醜い亀裂が走る。

「嘘……そんなの嘘よ……。私は、48階の……女王なのよ……っ!」

「いいえ。貴女はただ、他人の金で虚飾を纏っていただけの『滞納者』です。乙。」

綾香が冷たく言い放つと、礼子は力なくその場にへたり込んだ。

その時、エレベーターから一人の男が転がり落ちるように現れた。

誠二だった。

雅也の男たちから解放されたのか、スーツはボロボロで、顔には泥がついている。

「綾香! 頼む、綾香! 鍵を返してくれ! 全部、全部礼子さんに命令されたんだ! 俺は悪くない、俺は君の味方だ!」

地べたに這いつくばり、綾香の足首を掴もうとする誠二。

そのすぐ隣には、同様に床に崩れ落ちた礼子がいる。

かつてラウンジで「女王」と「パシリ」として優雅に笑っていた二人が、今は地権者の足元で、醜く泥を塗り合いながら命乞いをしている。

「……見苦しいわね。二人とも」

綾香は、掴まれた足を汚物を避けるように引き抜いた。

「誠二。礼子さんのパシリをして、不倫相手にいい顔をして、それで『王様』になった気分はどうだった? 貴方が踏み躙ったのは、私の感情だけじゃない。貴方自身の尊厳よ」

「やり直そう! 綾香! 俺たち、夫婦だろ!?」

「いいえ、もう他人よ。先ほど、受理された離婚届の控えが届きました。……さあ、警備員を呼びました。部外者は速やかにお引き取りください」

廊下の向こうから、屈強な警備員たちがやってくる。

絶叫する誠二と、虚空を見つめて震える礼子。

二人が引きずられていく様子を、綾香は最後まで無表情で見届けてから、静かに、そして重厚に、地権者の部屋のドアを閉めた。

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