大罪
「そんな……嘘だろ。おい、開けろ! 僕の荷物も、僕の生活も全部あの中にあるんだ!」
誠二が自動ドアを拳で叩くが、センサーは無慈悲な赤光を放つだけだ。背後では、不倫相手の美奈が、冷めきった目で誠二を凝視している。
「誠二さん……まさか、奥さんの持ち物にタダ乗りしてただけなの? 私に言った『地権者の王様』って、全部嘘?」
「違う、美奈! 綾香がちょっと、情緒不安定になってるだけで……!」
その時、誠二のスマホに、追い打ちをかけるような着信が入った。相手は、職場の直属の上司だ。
『柏木。お前、今どこにいる。会社名義の法人カードの不正利用、それから提携先への虚偽報告……今、人事部に綾香さんと名乗る女性から、お前の不正の証拠一式が届いたぞ』
「部長! それは、その、何かの間違いで……!」
『間違いなわけがあるか! 領収書からLINEのスクショまで、完璧に整理された資料だ。お前、明日は会社に来なくていい。自宅待機だ。……いや、もうお前に「自宅」なんて無いんだったな』
無機質な通話終了音が、夜の静寂に響く。
誠二の手からスマホが滑り落ち、タイルに当たって乾いた音を立てた。
「誠二さん、最低……。私、帰るわ。タクシー代、返してよ!」
美奈は誠二を突き放すと、足早に闇へと消えていった。
「……待てよ、美奈……。嘘だろ、全部一瞬で……」
呆然と立ち尽くす誠二の前に、一台の高級セダンが滑り込んできた。後部座席から降りてきたのは、48階の住人であり、誠二が「主」と仰いでいた柏木礼子の夫、柏木雅也だった。
「柏木……さん……」
誠二が縋るような目で雅也を見る。だが、雅也の目は氷のように冷たかった。
「君か。……うちの妻を唆して、管理費の流用に手を貸していたのは」
「え……? 唆す? 僕はただ、礼子さんの命令で……!」
「いいや。君が妻に『地権者である綾香さんの権限を奪う方法がある』と持ちかけ、その実、妻を隠れ蓑にして私的流用を行っていたという詳細なレポートが、君の妻——綾香さんから届いている」
「なっ……!?」
実は綾香は、誠二が礼子のパシリをしている間に、彼が女王の威光を借りて、マンション内の備品や共有部の利用権利を勝手に現金化していた証拠を、徹底的に洗っていたのだ。
「妻は今、家で発狂しているよ。君のせいで、私の会社にも監査が入ることになった。君には、きっちり責任を取ってもらう」
雅也の合図で、黒塗りの車から屈強な男たちが二人降りてくる。
「ひっ、……あ、綾香! 助けてくれ! 綾香!」
誠二は必死に頭上のタワーを見上げた。
しかし、45階以上の高層階は、煌々と輝く夜景の中で、彼を拒絶するように冷たくそびえ立っているだけだった。
その頃、綾香は50階の一之瀬の部屋で、タブレットに表示された「誠二のSNSアカウント」が炎上し始めているのを確認していた。
「自業自得、乙。」
彼女は静かに呟くと、次の「掃除」の対象である柏木礼子の部屋へ視線を移した。
絶望の夜は、まだ始まったばかりだ。




