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ミエハリ

「誠二さん、すごーい! 本当にここ、誠二さんの持ち物なんですか?」

銀座の高級レストラン。誠二は、目を輝かせる派遣社員の不倫相手、美奈を前に鼻を高くしていた。

「まあね。地権者っていうのは、いわばこの土地の王様みたいなものさ。嫁はただの管理役。実質的にこのマンションを動かしているのは、僕と、48階の柏木さんたちエリートグループなんだ」

誠二は、私が買い与えたクレジットカードを躊躇なく差し出し、数十万円の会計を済ませた。

彼は知らない。そのカードの利用通知が、リアルタイムで私のiPadに届き、同時に「不正利用」としてカード会社に報告されていることを。

「さあ、行こうか。今夜は特別な夜景をプレゼントするよ」

誠二は勝ち誇った顔で、美奈を連れてタクシーに乗り込んだ。目的地は、彼が自分の城だと信じて疑わない、あのタワーマンションだ。

同じ頃、私はタワマン最上階、50階のペントハウスにいた。

そこに住むのは、このタワーを建設したデベロッパーの筆頭株主であり、真の資産家として知られる一之瀬。

「綾香さん、君が提出した資料を精査させてもらった。……驚いたよ。柏木夫妻の資金洗浄の疑い、そして管理費の横領。これだけの証拠を個人で揃えるとは」

一之瀬は、クリスタルのグラスを傾けながら私に微笑んだ。

「元・不動産投資顧問ですから。数字の嘘を見抜くのは、呼吸をするより簡単です」

「誠二君の方はどうするんだい? 彼は今、君の資産を使って女性と遊んでいるようだが」

「彼はもう、私の資産プロパティではありません。ただの『不良債権』です。今夜、その債権を全額償却カットします」

私は手元の時計を見た。

18時03分。

タワーマンションのメインエントランス前。

誠二は美奈の手を引き、意気揚々と自動ドアの前へ立った。

「見てな、このカードキーをかざすと、コンシェルジュが全員起立して挨拶するから」

誠二がポケットから重厚なカードキーを取り出し、センサーにかざす。

……しかし、無音。

いつもなら「おかえりなさいませ、柏木様」と開くはずの自動ドアが、ピクリとも動かない。

「あれ? おかしいな……」

もう一度、力任せにかざす。赤色のランプが点滅し、鋭い警告音がロビーに響き渡った。

「な、なんだ!? 故障か?」

美奈が不安げに誠二を見る中、ロビーの内側から二人の警備員が足早に歩み寄ってきた。その後ろには、顔を強張らせたコンシェルジュの姿もある。

「お客様、恐れ入りますが、そのカードキーは現在『無効』の設定になっております」

「無効? バカ言うな! 僕はここの住人だぞ! 低層階の、柏木誠二だ!」

誠二が怒鳴り散らすが、警備員は動じない。

「確認いたしました。本日18時をもって、区分所有者である綾香様より、貴方の居住権抹消および立ち入り禁止の届け出が出ております。現在、貴方は本物件にとって『外部の人間』です。速やかに敷地外へ退去してください」

「は……? 居住権抹消……?」

誠二の顔が、急速に青ざめていく。

美奈の繋いでいた手が、冷たくなった誠二の手から離れた。

「誠二さん……? 王様じゃなかったんですか? 外部の人って……え、嘘でしょ?」

「違う! これはなにかの間違いだ! 綾香! 綾香を出せ!」

誠二がガラスの向こうに向かって叫ぶが、その声は厚い防弾ガラスに遮られ、誰にも届かない。

その時、誠二のスマホが震えた。

私からのメッセージだ。

『誠二。乙。不倫相手との夜景、外から眺める分にはタダだから、ゆっくり楽しんでね。あ、会社の方にも「誠二さんが私物のカードを不正利用して遊んでいる」って証拠一式、送っておいたわ。今頃、人事部が動いてるんじゃないかしら?』

誠二は力なく膝をついた。

東京の冷たい風が、彼の高級スーツを容赦なく叩く。

「掃除はまだ終わっていないわよ。誠二」

私は50階の窓から、豆粒のように小さく見える、エントランス前で立ち尽くす二人の影を見下ろしていた。

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