第二章 歪んだトライアングル ②
「ココがボクが所属する研究室だ」
清志朗に案内された部屋は、顕微鏡やフラスコが几帳面に机に並べられたザ・研究室といった印象だ。広くはないが、ここに凝縮されているといった感じだ。
オレと貂子は入ってすぐの二人掛けの黒いソファに通され、テーブルを挟んで清志朗がパイ
プ椅子に腰かけた。
そこで清志朗は貂子のノートを読んでいる。オレと貂子は出してもらったホットコーヒーを飲みながら、研究室内をキョロキョロと見渡していた。
清志朗に対してはカルピスを要求しないらしい。差別だ。
「・・・なるほどねぇ」
清志朗はパタンとノートを閉じ、テーブルに差し出した。
「どんな内容かと思ったら、まさか灯宮さんが失踪していたとは・・・まるで『神隠し』だ」
『神隠し』、行方不明や失踪といったワードよりそれが一番適当なのかもしれない。
「そういうことなの。鷹崎君も灯宮さんのことは知っているのよね?」
「ハイジ君同様、同級生だからね。明るくてとても優しい子だったよ。ボクも一度助けてもらったことがある」
「助けてもらったって、清志朗が四葉にか?」
「うん。ほら、ボク中学に入ったころイジメられてただろ?」
そうだ、思い出した。小学校の頃はからかわれる程度だったのが、中学校に上がるとそれがエスカレートして複数で清志朗を脅してカツアゲしようとするようになった。それも堂々と教室で皆の前でだ。オレはそれを見て、「やめろ」と言ってやりたかったが言えないでいた。
「何度か昼休みにクラス皆の前で五人くらいに囲まれてさ、あの時は怖くて何もできなかったよ。でもボクも悔しくてね、ある日、勇気を出して一度反抗したんだ。『イヤだ』ってね。そうしたら連中の逆鱗に触れちゃったみたいで、胸ぐらを掴まれて殴られそうになったんだ。もうダメだと思って目を瞑った時だよ『清志朗君がイヤだって言ってるでしょ!』灯宮さんが立ち上がって大声で叫んだんだ。連中も灯宮さんが剣道ですごく強いのを知ってたし、女の子に言われて恥ずかしいと思ったのか素直にズラズラと出て行ったんだ。それ以来、来なくなったんだよ。ボクも女の子に助けてもらうなんて情けないと思ったけど、すごく嬉しかった」
四葉はそういうヤツだ。正義の味方気質というか、ズルいとか卑怯とか汚いやり方考え方が大嫌いだった。オレもその教室に居て四葉が大声出した時、オレに出来ないことが出来る四葉がカッコよく見えて、情けなくなったんだ。
「そんなことがあったのね・・・灯宮さんってカッコいいのね」
「あぁ、それからは灯宮さんが声をかけてくれて、ハイジ君の家でよく三人でゲームしてたよ」
「ボンバーマンな、アレ数人での対戦が超アツいんだよな」
「そうそうボンバーマン!懐かしいなぁ・・・ハイジ君が白ボンで、灯宮さんが赤ボンで、ボクが黒ボンって決まってたよね」
「アンタのダサいキーホルダーってそれだったのね・・・」
「ボンバーマン馬鹿にすんなよ?テン。神ゲーだぞ?」
紹介された時は過去の面影は微塵もなくて正直疑っていたが、この声や話し方、そして見ている側も楽しくさせるような笑顔、オレたちとの思い出、間違いなくこの人は清志朗だと確信した。
清志朗はもう一度ノートをパラパラと捲り(めくり)、口を開いた。
「話は分かった。この件にボクも協力させてもらうよ」
「ありがとう、鷹崎君」
「わりぃな、清志朗」
「いいっていいって、喜んで参加させてもらうよ。白衣さんの頼みだし、友達のハイジ君のためだし、何よりボクもまだ灯宮さんに恩返しできていないからね。断る理由がないよ」
「鷹崎君がいると、どこかの無能と違って心強いわ」
「おい、テン。どういう意味だ?」
「はいはい、ケンカしないケンカしない。ところで具体的にボクは何をしたらいいのかな?」
「ノート借りていい?鷹崎君」
貂子はノートを開き、箇条書きが並べられたページを指した。
「これを見て、ここに各自の行動計画をまとめたの」
アタシ 〇『呪い』について
・どうやってかけたのか
・どうやって解くのか
・放っておくとどうなるのか
鷹崎君 〇灯宮四葉の現在について
・生存の確認
・何処にいるのか
・何をしているのか
依頼主 〇灯宮四葉および自身の過去について
・自由
「なるほど、これは分かりやすいね白衣さん」
清志朗はこのページをパシャッとスマホで撮影した。
「意義有りぃぃぃいいっ!」
オレは思いっきり挙手をした。
「なによ」
「まず依頼主って・・・よそよそしすぎだろっ!行動も自由って何か冷たくないかぁ!?」
「依頼主は依頼主でしょう?灯宮さんとアンタ二人の過去についてはアンタにしかどうにもできないから、自由ってことにしてやってんの!お分かり?」
「過去って具体的にどういう過去なんだよ!」
貂子は呆れた顔でコーヒーをすすった。
「考えれば分るでしょう?二人の楽しい思い出なんてのは、この際全く興味ないの!『呪い』がアンタが『関津』に居た頃にかけられたモノならば、何かきっかけがあって何かの時にかけられたはずでしょう?ソレを思い出して、ソレに灯宮さんが関係してないかってことよ!」
ぐっ・・・正論すぎて何も言い返せない。
「分かりました・・・」
ケッ、と貂子は腕を組み、足も組みなおした。
「ボクもいいかな?生存の確認っていうのは、もしかしたら灯宮さんが亡くなっている可能性も視野に入れろってことかな?」
・・・何言ってんだ?
・・・四葉が・・・死んでるかも?
「そっ、そんなことあるわけねぇだろ!」
「あるわっ」
なっ・・・何言ってんだよ。
「あくまで、可能性の一つとしてだけど」
「わかった。それも視野に入れて調べるよ」
「お前ら何勝手に殺してんだよっ!アイツが・・・四葉が死んでるわけねぇだろ!」
オレは我慢できず声を大にして言った。
するとガタンッと椅子を響かせ清志朗が立ち上がった。
「生きていて欲しいから言ってるに決まっているだろう!?死んだと決めつけた人間をこれから探すバカがどこにいる?どこかで元気に暮らしていて欲しいからだろ?ねぇ、ハイジ君。分かるだろ?」
オレは子供の頃から清志朗を知っているが、ここまで声を荒げた姿を見るのは初めてだった。
コイツは変わった。昔のコイツにソレができたなら、イジメに遇うこともなかっただろう。
そうだ、死んでいると決まったわけじゃない。元気で生きていて欲しいからこそ、その可能性を受け止めなくてはならない。
「スマン、清志朗。オレが甘かったわ」
「いや、ボクも、ごめん」
清志朗はゆっくりと元の椅子に座り、コーヒーを飲んだ。
「コホンッ、いいかしら?鷹崎君には主にネットを中心に調べてもらいたいの」
「わかった、ボクにできることはそれくらいだよ。まず灯宮さんのケータイが起動しているかを調べてみるよ。ハイジ君、灯宮さんはスマホだったかい?」
「あぁ、高校入学前に一緒に買いに行ったから間違いない」
「ちなみに、SNSとかはやっていたかな?」
「メッセージとツイスタはやっていたはずだ」
「なるほど・・・分かった、調べてみるよ」
清志朗はポケットから手帳を取り出し、メモをとったようだ。
ツイスタは何気ないつぶやきや写真等を投稿してフォロワーや利用者全体に公開できるソーシャル・ネットワーキング・サービスだ。利用者は老若男女問わず、世界中で親しまれている。
スマホを所持している人ほとんどが一度はインストールしている。
おそらく、そのツイスタを中心に四葉について調査するのだろう。
「ハイジ君はツイスタやってる?灯宮さんと繋がっていないかい?」
「高一の時に四葉に勧められて登録はしたんだが、それっきりだ。オレみたいなアナログ人間には合わなくってな。オレも気になって四葉のツイスタをチェックしようと思ったんだが、IDとパスワードを忘れちまって・・・」
「アンタ本当に使えないわね」
「スマン・・・」
「大丈夫だよハイジ君。灯宮さんがツイスタに登録していた事実さえ確かなら、別の方向からでも灯宮さんに辿り着けるはずだからさ」
「サンキュー、清志朗。そっちは頼んだ」
「オーケー、任せてよ。さて、そろそろココの研究室に学生が集まってくる時間だから今日は解散にしようか」
「そうね、鷹崎君何か分かったらアタシにメッセージ入れてくれる?」
「了解。ハイジ君とも連絡を取れた方が良いから、白衣さんこの三人でのグループトークを組んでおいてもらっていいかな?」
「わかったわ、さてとっ」
貂子は立ち上がってカバンを肩に掛け、肘でオレにつんつんと合図した。
「じゃあ、オレたち行くわ。ありがとな清志朗。あと、よろしくな」
「うん、よろしくねハイジ君、白衣さん」
「後でまた連絡するわね、じゃっ」
オレと貂子は研究室を後にした。




