第9話 王女謁見と薔薇風呂 1
うちは貧乏男爵家。
だからこそ、私は今、乗り合い馬車に揺られている。
実は現在、お父様が仕事で王都へ滞在しているため、我が家の馬車が出払っているのだ。
ハータン商会の馬車を使おうとも考えたのだが、今回の王都出張のお土産や定期輸送の品を運ぶため、こちらもすべて出払っているとのこと。
私専用の馬車を作るという案もあったのだが、「10歳までは領外へ出る必要もないだろう」という経費節約(貧乏性)が裏目に出てしまった。
ちなみに乗り合い馬車での移動ということもあり、私は動きやすい訓練用の服を着ている。
シャルロット第一王女殿下から招待された以上、拒否権はない。このことをイザベラ様へ手紙をしたためて知らせたところ、彼女も同じく招待を受けているとのことだった。
なお、第一王女へのお土産として、「お風呂用の薔薇の花束」と「薔薇の模様を造形した白磁」を事前に商会便で送してある。念のため、イザベラ様用にも薔薇風呂用の花束を準備させておいた。
こうして移動すること三日目。
イザベラ様のシュタイン公爵領を通過し、隣接する領地に入ったところで——お約束の「あの出来事」が起きていた。
イザベラ様の乗った豪華な馬車が、盗賊どもに襲われていたのだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
「と、盗賊だーっ!」
急ブレーキとともに乗り合い馬車が止まった。
「どうした?」
「前で貴族様の馬車が盗賊に襲撃されてます!」
「何だと?」
貴族の馬車を襲うレベルとなれば、それなりの護衛騎士たちがやられているということだ。
「すみません! ここは危険ですので一旦引き返します!」
「すまぬが、私はここで降りる」
「えっ、嬢ちゃんやめときなって! ……あ、もう行っちまった! 一旦戻って冒険者ギルドに報告だ!」
私は風魔法を応用した「風蹴り(エア・ステップ)」で空中を跳び、護衛騎士の一人にトドメを刺そうとしていた盗賊の横をすり抜けざま、一閃で首を跳ね飛ばした。
そのまま返す刀で周囲の雑魚どもを次々と切り伏せ、馬車へ半ば乗り込んでいる首領と思しき男の背後へと舞い降りる。
「ヒヒッ、なるほど、こいつは上玉だ。ゾルゲ様がご所望されるわけだぜ」
「誰がご所望ですって?」
「ゾルゲ様だよ! 宰相閣下の息がかかったゾルゲ子爵さ! 知らねえのか?」
「知らないわ」
「えっ?」
私は首領の首根っこを掴むと、ヒョイと軽々と持ち上げ、そのまま地面へと全力で叩きつけた。
「がはっ!? なんだてめえぇえ!! ……って、クソガキじゃねえか! 野郎ども、何してやがる! おい、黙って突っ立ってねえで……え?」
——プシューーーッ!
次の瞬間、周囲にいた盗賊たちの首から一斉に血が吹き出した。
「う、嘘だろ……!? ぐえっ!」
私は地べたに転がる首領の背中へ、無言でどんどん蹴りを叩き込んだ。
「き、貴様ぁ! よくもこの『狂犬のゲルド』様を足蹴に……ぐはっ!」
私は無言でそいつの顔面と腹を殴り続けた。
「た、助けてくれぇえ! ぐほっ!」
「貴様、その指図書を出しなさい」
「わ、分かった! これだ! これをやる!」
「ほう、これね」
「約束通り渡したんだ、命だけは助けて——」
「そんな約束、知りませんわ」
私はその男の首を容赦なく跳ね飛ばした。
そのまま、あたりで倒れている負傷した騎士たちへ『ヒール』をかけて回る。運が良かったのか、死にかけていた重傷者も数人いたが、上位回復魔法『ハイヒール』のおかげで全員一命を取り留めることができた。
すると、車内からメイドを引き連れたイザベラ様が降りてきた。
(……まずい、見つかる前にズラかろう!)
コソコソと逃げ出そうとした瞬間、後ろから騎士団長に頭を押さえつけられ、地面に膝をつかされてしまった。
「公爵令嬢様の前である! 控えよ!」
「アルフォンス! 命の恩人になんたる無礼をなさいますの!」
「し、しかしイザベラ様……!」
「えっ……? ハーマインなの? あなた?」
(あーあー……見つかっちゃった……)
「アルフォンス、このお方はルード男爵家のご令嬢、ハーマイン様ですわ!」
それを聞いたアルフォンス騎士団長は慌てて手を離し、私に向かって深々と頭を下げた。
「こ、これは大変失礼いたしました! お召し物から、てっきり凄腕の冒険者かと……!」
「お久しぶりです、イザベラ様。今回、馬車の都合がつかなかったため乗り合い馬車で移動しておりまして……このような格好でお恥ずかしい限りです」
「そうでしたの。それにしても……なんてお強いのですの!」
「いいえ、たまたま相手が弱かっただけですわ。何せ私、『アスタリスクF』ですから」
すると、アルフォンス騎士団長が余計な追撃を入れてきた。
「我が騎士団は最低でも『BB級』以上の手練れ揃い。その我々が後手に回るほどの襲撃……敵の首領は元『A級』の指名手配冒険者『狂犬のゲルド』ですぞ。それを一瞬で……」
「そ、そんなはずは……騎士団長さん、なにをおっしゃっていらしてるのかしら、今回は不意打ちできたから偶然成功しただけにすぎませんわ。これは神のご加護にちがいありませんわ」
だが、そんな誤魔化しを聞く様子もなく、イザベラ様は目を爛々と輝かせて私を見つめている。
「ハーマイン様、乗り合い馬車は……?」
「引き返してしまいましたわね」
「これからどうなさるおつもりで?」
「次の街まで歩こうかと」
「でしたら、私の馬車にお乗りになってくださいませ!」
「えっ?」
半ば強引に豪華な馬車へ押し込まれてしまった。
手にはしっかり「ゾルゲ子爵からの指図書」を忍ばせたまま。
そしてなぜか、イザベラ様は私の腕をしっかりと抱きしめて離さない。
「イ、イザベラ様……?」
「ハーマイン様……」
「あの、いつも通り『ハーマイン』でいいですよ?」
「ふふふ、ハーマイン。さっきのハーマイン、まるで王子様みたいだったわ……! それに、私……まだ少し怖いですの。だから、一緒にいてくださいね?」
(ああ……これはあれだ。ラノベでよくある『ヒロインを助けてフラグを叩き折る(立てる)やつ』だわ……)
最後までお読みいただきありがとうございました!
次回、「第10話」は【明日の07時】に更新予定です!
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