第6話 大豊作と嫌がらせ 3
数日後、ハータン商会には商業ギルドの監察調査官が到着したはずだ。だが、この日わたしは領地にいなかった。寄親であるシュナイダー公爵家の居城へと向かっていたからだ。片道丸一日かかる長旅である。
6歳になってからというもの、自宅に家庭教師を招いてマナーなど貴族として必要な教養をスパルタで学んでいたのだが、それはまさに「今日この日」のためだった。
私にとって、マナー教室や社交ダンスの独特のリズムに合わせる作業は、最も苦手とするところだったのだが——。
「ハーマイン様、素晴らしいですわ! なんというお体調躍でしょう!」
ほんの数回練習しただけで、マナーの先生が手放しで褒めちぎり始めたのだ。
絶対におかしい。何か裏がある。そう勘ぐっていたが、案の定ビンゴだった。
公爵家で開かれるお茶会。本来、ルード男爵家のような末端の貧乏貴族が呼ばれるはずもない。だが、公爵家の令嬢イザベラ様とわたしが同い年(6歳)だという理由で招待状が届いたのだ。
というより——イザベラ様の「引き立て役」兼「いけにえ」として呼ばれたというのが正しい。
⭐︎⭐︎⭐︎
公爵家の絢爛豪華な大広間でダンスパーティーが始まった。
主役であるイザベラ様は、見るからに立ち振る舞いのしっかりした良家のご令息と優雅に踊られている。
……問題は、わたしのパートナーだ。
(なんなの……このキモデブ……鼻は垂らしていないみたいだけど、フガフガと荒い鼻息を撒き散らしながら、いやらしい目でわたしを見てるんだけど……)
「貴様のような田舎者、この俺と踊ってもらえるだけでもありがたいと思え!」
「きゃっ!?」
思わず声を上げてしまった。
男——ヴァイス公爵家のギルフォードは、挨拶もそこそこに、6歳児の力任せに私をぶんぶんと振り回してきたのだ。
(うわ、マジで殺意湧くわ……!)
最初は力任せに引っ張られて体勢を崩しかけたものの、私の身体能力からすれば、こんなクソガキの腕力など蚊が止まったようなものだ。
私が全く動じず、逆にダンスの軸として軽々と立ち回るため、力任せに引っぱろうとしたギルフォードの方が、かえって私の力に引っ張られる形になった。
曲が終わる頃——お相手のギルフォードは「ゼェ……ゼェ……」と肩で激しく息を吐き、床に崩れ落ちかけていた。対する私は、汗ひとつかいていない。
案の定、壁際で見物していた意地悪そうな淑女が、扇子で口元を隠しながら嫌味を言ってきた。
「あらあら……やはり男爵家のお育ちは野生的ですわね。ダンスというものを分かっていらっしゃらないわ」
(ここでキレたら恥……耐えろ私、ここは可憐に対応するのよ……!)
私はニッコリと天使の笑みを浮かべた。
「お褒めいただきありがとうございます。お相手の足を踏んでしまわないよう、合わせるのが大変でしたの」
「そ……そうでしたの……?」
(おいババァ、これ以上調子に乗った発言をしたら本気で叩き潰すわよ……?)
無意識に極上の微笑みのまま眼光をギラつかせると、その淑女は顔を青くした。
「ひっ……! こ、今後もご精進なさってくださいませ……!」
怯えたように逃げ去っていった。……よし、撃退完了。
と思いきや、背後からまだ肩で息をしているギルフォードが、フラフラと寄ってきた。
「おい……! お前を、俺の妾にしてやる……!」
(あ?)
わたしはゆっくりと振り向いた。
「今……なんておっしゃいましたの?」
(こいつもぶち殺す……)
「ひ、ひぃぃぃっ!! なんでもありませぇぇん!!」
殺気を全開にして見下ろすと、さっきまでフラフラだったギルフォードは悲鳴を上げ、脱兎のごとく走って逃げ出していった。
ちなみにこの時、遠くで見守っていた公爵家騎士団長が、わたしの放った殺気にガクガクと震えていたという報告があったらしいが、知ったことではない。
⭐︎⭐︎⭐︎
「凄いですわ! 貴女、お名前は?」
そこへ、主役であるイザベラ様が目を輝かせてやってきた。
(おい!! 呼んでおいて名前も知らないのかしら!?)
内心でツッコミを入れつつもキレるわけにはいかない。わたしは綺麗なカーテシーの所作をとった。
「ルード男爵家が三女、ハーマイン・ルードと申します。以後お見知りおきを」
「イザベラ・フォン・シュタインですわ。ところで先ほどのダンス、よく投げ飛ばされませんでしたわね?」
彼女が近寄ってくると、周囲の視線が痛いほど刺さってきた。特にイザベラ様に付き添う執事長の険しい視線や、周囲の令嬢たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。
『あれが噂のアスタリスクFの落ちこぼれよ……』
だが、イザベラ様はそんな周囲の雑音など全く意に介さず、楽しそうに話しかけてくる。
「ヴァイス公爵家のギルフォードが逃げ出す様は傑作でしたわ!」
「はい?」
「あのお方、公爵家ということで仕方なくお呼びしたのですが……昨年は別の令嬢が振り回されて投げ飛ばされ、怪我をされたのです。今年は皆『体調不良』だと嘘をついて参加を断られてしまいまして」
「……それで、わたしに?」
「いえ、他に数人候補はいらしたのですが、当家から遣わしたマナー講師のしごきに耐えられる方がいらっしゃらなかったのですわ。それで、唯一断られなかったルード男爵家の貴女が来られることになりましたの」
「そうでしたの……」
(あのスパルタマナー教室、わたしを耐えさせるための実験だったのね……!)
「でも、最初に貴女が振り回されそうになった時は『またか』と思いましたけれど、すぐに持ち直されて綺麗に踊られたのは驚きましたわ! しかもあんなにギルフォードがヨロヨロになるなんて……去年のことを思うと本当にスカッといたしましたわ!」
「お役に立てたのなら光栄ですわ」
ふと、イザベラ様が鼻をクンクンと鳴らしてわたしに顔を近づけてきた。
「……まぁ、いい匂いですわね」
「そうですの?」
「ええ、貴女から綺麗な薔薇のいい匂いがいたしますわ」
「あっ……!」
(しまった……! 今朝、うっかり試作品の『薔薇の香りをつけた石鹸』で顔と手を洗ってきたんだっけ……!)
「でも、イザベラ様からもとても良い香りがいたしますわ」
わたしが誤魔化すように言うと、イザベラ様は誇らしげに胸を張った。
「これは、王都で最近大流行している石鹸の香りですのよ!」
「そうですか、石鹸ですか……」
(知ってるー! だってそれ、わたしが作って王立商会に売らせてるやつだもの! ……なんて言えるわけないけれど)
「そうですの! あれは本当に画期的ですわ。特有の油臭さが一切なくて、ほんのりと上品な良い匂いがいたしますの。流石は王立商会ですわね」
「そうですか……王立商会から買われたとなると、さぞやお高かったのでしょうね?」
「ええ、とても! ですから今日のような特別な日だけ、使うことを許されておりますのよ。それにしてもハーマイン、どうしたら貴女のように全身からそんなに強い良い香りを漂わせることができますの?」
「これは……その、薔薇の花びらをたくさん浮かべたお湯に浸かりましたの」
とっさにそう吐くと、イザベラ様はパッと目を輝かせ、わたしのお手を両手でガシッと握りしめてきた。
「なんて素敵なことですの……!!」
最後までお読みいただきありがとうございました!
次回、「第7話」は【本日の18時】に更新予定です!
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