第4話 大豊作と嫌がらせ 1
春が来た。冬小麦の収穫の季節だ。
収穫とは言っても、もともと冬小麦は成育が悪く、収穫量も期待していなかった。しかし、今年は違った。
「なんということだ。秋の収穫期の倍だ!!」
そう叫んだのは、お父様だった。
「これで、この夏を乗り切れる……!」
領地の農民たちのお金にも余裕ができ、私の作った堆肥も飛ぶように売れる。これで堆肥事業の見通しがついたのだった。
一方、ハータン商会の堆肥が売れることを、バルトロ商会は面白く思わなかった。領民に余裕ができたのだから自分たちの商材も売れると思っていたのだが、売れ行きは例年通りだったからだ。
「何故だ!!」
「ハータン商会の堆肥がよく売れているそうです」
「くそ!! なんでそんなものが売れるんだ?」
「わかりません。しかし、ついでにハータン商会で農具などの商品を買っているようです」
「農具は売れんのか!」
「ですから、ハータン商会のでついでに買われてしまい……」
「うーむ。だったら、鉄の値段を上げよう」
こうして、バルトロ商会の嫌がらせ(反撃)が始まった。その報告をユーグリットから受けた。
「ハーマイン様、如何なさいます? 例の鉄の販売を開始しますか?」
私は執務室で、質素な焼き物のカップに入った「紅茶もどき」を飲んでいた。
「そうね、ユーグリット。もう少し様子をみましょう」
「はぁ……しかしハーマイン様、今こそ鉄を売るべきかと」
「待ちなさい。分かったわね?」
その時のハーマインの眼光を見たユーグリットは、ただならぬ雰囲気を感じ取った。
「ところでユーグリット、石鹸はどうであった?」
「それが最初は相手にされなかったのですが、王女殿下がお気に召しまして」
「王女殿下とは、私と同じ歳の?」
「その通りです。王室にはハーマイン様と同じ歳の腹違いの殿下が三人いらして、その一人でいらっしゃる第一王女シャルロット殿下です」
「ということは、どこかの公爵家クラスの商会を紹介されたのかしら?」
「いえ、それが……『王立商会』で販売することになりました」
「ええ!! 何故それを早く言わないの!」
「すみません……!」
「まぁよいわ、よくやったわね」
「はっ。ありがとうございます!」
「それでね、まずは王立商会に王都での鉄の相場を確認してもらって、ハータン商会でも鉄の販売準備を進めるの。そして商業ギルドに『王立商会からの指名で販売する』という実績を作る。さらに一部は、ここの鉄を王立商会から買ったことにして買い戻すのよ」
「は? それでは、こちらの利益が減ってしまいます」
「こうでもしないと、相手につけ込まれるわ。それと、例のスラムからの選抜は済んだかしら?」
「はい。自衛隊は既にボタ山に集合しています」
「よろしい。では、街の鍛冶屋へ向かうわよ」
「はい!」
⭐︎⭐︎⭐︎
街の鍛冶屋に到着すると、窮地に陥った職人たちの悲鳴が聞こえてきた。
「ユーグリット殿、助けてください! 鉄が値上がりして仕入れられず、何もできません! このままだと俺たちは破産してしまう……!」
「それは大変でしたね……」
「そちらのお方は……?」
「ハーマイン様です」
「初めまして、ハーマイン・ルードですわ」
「き、貴族様がこのようなところまで……」
「さぞかし大変でしょう。そこで、私の提案を受けていただけますかしら?」
私は彼らに、スラムから集めた「自衛隊」の若者たちを研修生として受け入れ、技術指導をしてほしいという話を持ちかけた。
「研修生の育成費用や指導料はハータン商会が負担いたしますわ。練習用の鉄もこちらで手配いたしますので、ご協力していただけませんか?」
「はぁ、それは願ってもないありがたい話で……!」
「お引き受けいただけますかしら?」
「させてください! お願いします!」
「では、詳しい契約はユーグリット、お願いいたしますわね」
⭐︎⭐︎⭐︎
あれから数日後、王立商会の担当者がやってきた。もちろん対応はユーグリットに任せていた。
「これはイングリッド様、あなた様が直接来られるとは!」
「いやあ、こんな良い噂を聞いては飛んで参りますよ。馬車で7日もかかりましたがね」
そこへ、私が姿を現した。
「遠路はるばる、このような片田舎までお越しいただきありがとうございます」
「ユーグリット殿、このお方は……?」
「挨拶が遅れました。私、ハーマイン・ルードと申します」
「えっ、あの……!?」
イングリッドは、あまりの幼さに息を呑んだ。
「それではユーグリット、あれをお見せして」
「はっ、ハーマイン様」
ユーグリットが、ボタ山で自社精錬した高品質な鋼材を差し出した。
「これは……なんとも見事な鉄ですね! これほどの品質でしたら、直接販売されては如何ですか?」
「それが……あのバルトロ商会が手を回しておりましてね。現在も鉄の価格を釣り上げて我が領の職人たちを苦しめておりますの。ですが、私の商会はまだ新参ですので、商業ギルドでの立場が弱いのです。いま唐突に鉄を販売すれば、ギルドの権力を使って潰しに来ますわ」
「なるほど、そのような事情がありましたか。それで、私どもにはどのように?」
「ひとつは、ダミー商会を挟んで王立商会にこの鉄を買い取っていただき、それをハータン商会へ委託販売という形で回していただきたいのです。それと、王都の腕利きの鍛冶屋さんに我が領の職人を勉強させてほしいのですわ」
「分かりました。しかし、条件がひとつございます」
「なんでしょうか?」
「この高品質な鉄の王都での取り扱いを、王立商会『専属』とさせていただきたい」
「もちろんですわ」
こうして、王都の商業ギルドにおいて「ルード男爵領での鉄の委託販売権」「王都での職人受け入れ」「王立商会への優先的な鉄の供給」という契約が正式に結ばれたのだった。
その後、イングリッドはハータン商会の保養施設(温泉)を体験し、大いに感動していた。
「ハーマイン様、あれは素晴らしい施設です! ぜひ王都にも欲しいのですが!」
「王都には温泉がありませんものね」
「そうですね……」
「分かりました。その件は保留といたしましょう」
「ありがとうございます」
「それと……あそこは『治療施設』ではありませんわ。肩こりが治った、神経痛やギっくり腰に効いた、肌が綺麗になったなどと言われることはありますが、あくまで『個人の感想』ですの。もし可能でしたら、王都の教会に保養施設として認定していただけませんか?」
「なるほど……そのように手配いたしましょう。ただし条件として、将来的に王都で施設を作る際はご協力いただく、ということで如何でしょうか?」
「もちろんですわ」
こうして、反撃のための下準備がすべて整ったのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
次回、「第5話」は【明日の07時】に更新予定です!
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