第29話 夏休み 3
王妃様と公爵夫人という、国家の超重鎮ふたりのサプライズ降臨に脳が破裂しそうになりつつも、私は脳をフル回転させた。
「……とにかく、お部屋とお食事の確保よ!!」
幸いにも、突貫工事の設計段階で万が一のための『予備の客室』を用意してあった。
「急いで今すぐベッドメイキングを完了させない!」
と指示を飛ばすと、新設された温泉施設で働く庶民出身の中居さんたちが神がかった手際の良さで速攻で部屋を仕上げてくれたらしい。
……ナイスプレイすぎるわ、中居さんたち!!
だが、本当の地獄は「食事の確保」だった。
元々は私と両親、そしてシャルロット様とイザベラ様の五人分で豪華なコース料理を組んでいたため、王妃様と公爵夫人、そして増えた護衛たちの分の食材が圧倒的に足りないのだ。
青ざめる私に、温泉施設の料理長が秘策を耳打ちしてきた。
「ハーマイン様! 庶民用の食堂に回す予定だった食材から、主菜として『鶏の唐揚げ』、副菜に『ポテトサラダ』と『旬の野菜の天ぷら』を急遽盛り合わせとして仕立て直します! これでなんとか急場を凌ぎましょう!」
「頼んだわ、料理長!!」
異世界の貴族料理としてはあまりに庶民的なラインナップだが、背に腹は代えられない。
⭐︎⭐︎⭐︎
なんとか食事の目処がついたことで胸を撫で下ろし、まずは検問所の特別室にてお茶会を始めることにした。
……のだが。ここで私は、最大の大ポカをやらかしてしまった。
「お気に召すと良いのですが……」
長旅でお疲れのお召し物にと、ハータン商会の試作スイーツである『新作のショートケーキ』を出してしまったのだ。
「……まぁ! ハーマイン、このふわふわとした甘い生地と、甘酸っぱい果実の組み合わせは一体なぁに……!?」
「こんなに上品で美味しいお菓子、王都でもいただいたことがございませんわ……!」
口に含んだ瞬間、目を輝かせる王妃様と公爵夫人。
しまった……! 王都の貴族文化を遥かに超越した前世の洋菓子を出してしまったことで、完全にお二人のロックオン対象になってしまったのだ!
さらに会話の端々で、我が領地が独自に整備を進めている『舗装道路』や『馬車鉄道』の存在まで耳に入ってしまったらしく、
「……ハーマイン? これは後日、国王陛下から呼び出しを受ける覚悟をしておいた方がよろしいかもしれませんわね♪」
と、恐ろしすぎる笑顔で告げられる羽目になったのだった。
(ひええええええっ……!! 舗装道路と馬車鉄道で国王呼び出し確実とか、私のアスタリスクFの設定が本格的に息をしてないのよぉぉぉっ!!)
⭐︎⭐︎⭐︎
冷や汗を流しながら、なんとか突貫工事で完成した温泉宿へとご案内し、ついに大問題の夕食の時間を迎えた。
目の前に運ばれてきたのは、本来なら庶民用の食堂に出されるはずだった『B級グルメ特製盛り合わせ』——香ばしい狐色に揚がった鶏の唐揚げ、ホクホクとしたポテトサラダ、そしてサクサクの野菜天ぷらだ。
お上品なコース料理とは似ても似つかない大衆的なビジュアルに、最初は「これは一体……?」と首を傾げていた王妃様と公爵夫人。しかし、シャルロット様が恐ろしい手つきで唐揚げを一口かじった瞬間、食卓の空気が一変した。
——カリッ、ジュワァァァ……!
「ん……っ!? な、なんですのこのお肉!? 外はサクサクなのに、中から旨味たっぷりの肉汁が溢れてきますわ!!」
「まあ……!? シャルロット、品のない音を立てては……って、んんっ!? この黄色くて甘酸っぱいペースト(ポテトサラダ)と、サクサクの衣を纏ったお野菜(天ぷら)も絶品ですわ……!!」
サクサクの衣と特製醤油ダレの香ばしさ、そしてジューシーな肉汁の暴力。
日頃から手の込んだ薄味の貴族料理ばかり召し上がっている超ハイソサエティなお方々にとって、庶民の知恵が生んだガツンと濃い味のB級グルメは、まさに脳を揺さぶる衝撃だったらしい。
「ハーマイン! このお肉、おかわりはございますの!?」
「ハーマイン、この衣のサクサク感と独特の味付けの秘密、絶対に教えていただきますわね……!」
優雅な社交辞令もどこへやら、王妃様も公爵夫人も夢中になって唐揚げと天ぷらを口へと運んでいる。
……急場しのぎで出した庶民派メニューだったが、結果的には大絶賛で大成功(?)を収めたのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
満腹になった後は、長旅の汗を流すべく温泉へ入っていただくことに。
……そして、お風呂上がり。
湯上がりの王妃様、公爵夫人、シャルロット様、イザベラ様の四人が、サロンで私を待ち構えていた。
温泉の効能によってお肌は驚くほどツルツルのピカピカ。さらには、私が開発して洗い場に置いておいた『ヘアリンス』を使ったことで、普段はゴワつきがちな髪が見違えるようにしなやかでサラツヤの絹糸のようになっている。
「「「「……ハーマイン?」」」」
「ひっ……!? は、はいっ!?」
四人が一歩ずつ、静かな威圧感を漂わせて私へと歩み寄ってくる。
逃げ場を失った私は、一人ずつ代わる代わる両肩をガッシリと掴まれた。
がっし!!!
「ねえハーマイン、このお肌が若返るようなお湯と、髪が滑らかになる不思議な液体はなぁに……!?」
「ハーマイン、説明していただけますわよね……!?」
ガクガクガクガクガクッ!!!!!
「あばばばばばばっ!!?(首が! 首がもげるーーーーーっ!?)」
食後すぐの満腹状態だった私の胃袋は、四人の猛烈な揺さぶりによって限界を迎えた。
(あ、ダメ……! 夕食の唐揚げと天ぷらが逆流してくる……吐く……マジで吐く……っ!!)
ほうほうの体で四人の手から逃れ、床に膝をついて項垂れる私。口を押さえながら青ざめた顔で「うぐっ……うぷっ……」と必死に胃液の逆流と戦っていると、後ろから様子を見に来た私のお母様が、のんきな声をかけてきた。
「あらあら、ハーマイン? 湯当たりでもしたのかしら?」
(違うわよお母様ーーーーーっ!! 湯当たりじゃなくて食後のシェイク(物理)による胃潰瘍寸前なのよぉぉぉっ!!)
心の中で叫ぶ気力すら残っておらず、私はそのまま床に突っ伏して虚無の空を仰ぐのだった。
ルーデ領での波乱に満ちすぎた夏休みは、こうして地獄の幕開けを果たした。
「ハーマイン頑張れ!」「この勘違い(オチ)はひどい(褒め言葉)」など、少しでもクスッとしていただけましたら、リアクション、ページ下部の【ポイント評価(★★★★★)】や【ブックマーク】で応援していただけると大変励みになります!




