第20話 決闘と金平糖
学園生活が始まり、半月が経った。
先週はシャルロット様とイザベラ様の強襲により、本来の目的であった「冒険者証の更新」ができなかった。
実は、冒険者として活動する場合、滞在地域の冒険者ギルドで更新手続きを行わなければ活動できない決まりになっているのだ。……今週こそは絶対に手続きを済ませなければならない。
今日は金曜日。明日の土曜日はハータン商会の定期報告を聞く予定があるため、日曜日にギルドへ行こうと計画を立てていた。
☆☆☆
話は遡り、木曜日の昼休みのこと——。
「おい、ギルフォード。なんだかんだ言っても、同学年でお前より強い奴なんてそういないだろう?」
第二王子のフェリクスが、ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべながらギルフォードの肩を叩いていた。
(そうだ……俺は変わったんだ。かつてキモブタと蔑まれたあの屈辱を晴らすため、死ぬ気で努力して痩せ、剣を振るい続けてきた。今の俺は、剣技の実習でも第一王子であるエドヴァルド殿下と互角に渡り合える。このAクラスでも一、二を争う実力者なのだ!)
フェリクスに唆され、すっかり自信を取り戻したギルフォードは、フェリクス王子の威光を借りてシャルロット様を呼び出したのだった。
「シャルロット殿下! 私と正式にお付き合いしていただけないでしょうか!」
堂々とした交際申し込みに対し、シャルロット様は冷ややかな表情で即答した。
「お断りいたしますわ」
「なっ……!? まさか殿下には、すでに好きな方でもいらっしゃるというのですか!?」
食い下がるギルフォードに、シャルロット様は満面の笑みで言い放った。
「ええ、いますわ! 私、ハーマインが大好きですの!」
「〜〜〜〜っ!?」
「それにあなた、クラス分けテストの時にハーマインに負けていらっしゃいますよね? そのようなお方とお付き合いする気は毛頭ございませんわ」
「あ、あれは偶然で……!」
「偶然であろうと何であろうと、負けは負けですわ」
「くっ……!」
(またハーマインか! 『*.*F』の平民以下の能力しかない超落ちこぼれのはずのあいつに、確かに俺は負けた。……だが、あれは絶対に偶然に過ぎない!)
「では! 私がハーマインに勝てば、お付き合いしてくださるのですか!?」
「お付き合いするかどうかは、あなたがハーマインに勝ってから考えることにいたしましょう」
嫉妬と屈辱で、ギルフォードの顔は真っ赤に染まっていた。
(俺が……あの落ちこぼれに負けるだと……!?)
☆☆☆
そして翌金曜日の放課後。
ギルフォードは、私がシャルロット様とイザベラ様の二人と連れ立って歩いているところを呼び止めた。
「ハーマイン!!」
(ん? なんでギルフォードが私を呼び止めるわけ? 確か昨日、シャルロット様に振られたばかりよね? まさか振られた翌日に別の女子へ告白……? 待て待て、横にシャルロット様がいるんだからそんな訳ないわよね。よし、無視しよう)
私が二人とそのまま歩みを進めようとすると——
「ハーマイン!! 待てと言っているんだ!!」
ギルフォードは強引に前に回り込み、私たちの行く手を塞いだ。
「い゛……?」
するとギルフォードは、懐から革の手袋を取り出すと、私に向かって激しく投げつけてきたのだ。
ペチッ!!
「ハーマイン・ルード! 男なら……いや、貴族ならシャルロット殿下を賭けて俺と『決闘』しろ!!」
「はぁあああ!?」
(いやいやいや、私『男なら』の時点で対象外だし! そもそも女の子だし! 何より面倒くさいから絶対断るし!!)
そう思って私が口を開きかけた、
その瞬間——。
サッと影が動いた。
なんと、シャルロット様が優雅な動作で地べたの手袋を拾い上げたのだ。
「いいでしょう。ハーマインが勝ちますから受けますわ」
「え゛えええええええっ!?」
思わず叫んでしまった私に、シャルロット様は「はい、ハーマイン」と笑顔で手袋を手渡してきた。そして「早く投げ返してあげなさいな」と小声で促してくる。
(鬼かこの王女様は!)
手にした手袋を見て私が困惑していると、
「早くしなさい」
「えっ……?」
「早く投げなさい」
シャルロット様の圧が凄まじい。
「は、はいっ! えいっ……と!」
断る間もなく、私は言われるがままギルフォードに向かって手袋を投げ返した。
すると——
パンッ!!
投げ放たれた手袋は空気抵抗に耐え切れず、弾けるような音を立てて粉々に破裂してバラバラになり、ゴミくずのようにギルフォードの足元へパラパラと落ちた。
「「「…………」」」
静まり返る中庭。
「ぷっ……くすくす! あらごめんなさい、あまりにもお安い手袋をお使いになられているものですから……!」
シャルロット様の煽りに、ギルフォードの顔は羞恥で真っ赤から真っ紫へと変色していった。
☆☆☆
こうして、教官たちも巻き込んで「土曜日に訓練場で緊急の決闘を執り行う」という話になってしまった。
「待ってください!! 私、明日は用事があるから絶対に無理です!!」
すると、教官たちが私を怒鳴りながら取り囲んできた。
「「何を言うか!! 神聖な決闘だぞ!?」」
「神聖だろうが何だろうが、明日は絶対に無理なんです!」
「貴様!! 神聖な決闘を愚弄する気か!?」
放課後の校内が騒然となるが、私だってこれだけは譲れない。
なぜなら明日、ハータン商会で報告を受けた後、『あの人』がやってくるからだ。絶対にその時間、私は商会に居合わせなければならないのだ。
「ハーマイン……あなた何をおっしゃっていますの? 神聖な決闘ですのよ?」
シャルロット様が先ほど以上の凄まじい圧をかけてくるが、こればかりは譲るわけにはいかない。
しかし、明日は王妃様がお忍びで『パティスリー・ハーマイン』へ来られ、主催されるお茶会のためのお菓子とお土産を選ばれる日なのだ。だが、王妃様のお忍び訪問は極秘事項であり、シャルロット様を驚かせたいという王妃様のご意向もあるため、ご本人に話すわけにもいかない。
(仕方ない……こんな手は使いたくなかったけれど……!)
「シャルロット様……これで許してくださいませ」
私は小さな紙包みをシャルロット様へそっと手渡した。中には、以前試作段階でボツになったクッキーが入っている。
「こ、これは……?」
「日程の変更に反対されないのでしたら、差し上げますわ」
シャルロット様は、クッキーの誘惑と『神聖な決闘』の間で激しく葛藤し始めた。……よし、ダメ押しでこれも出そう。
それは、色鮮やかな「金平糖」だ。
「なんですの……? この星のような可愛らしいお菓子は……?」
私は、金平糖を一粒シャルロット様に手渡した。
「どうぞ、お召し上がりください」
「ん~~~~♡」
口の中に広がる優しい甘さに目を潤ませ、それが口の中から消えた瞬間——。
「……それでは、決闘は『日曜日の午前10時』といたしますわ!」
(『落ちた』)
(『落ちましたわね』)
私と周囲の心の声が重なる。心の中でガッツポーズを決める私。
……だが、日曜午前にズレ込んだことで「今週も冒険者ギルドに行けない」という現実に気づく。
ふと見ると、目の前でイザベラ様が恐ろしい威圧感のある笑みを浮かべて立ち尽くしていた。
「ハーマイン……? 私の分は……?」
結局、お二人へ均等に金平糖を買い与える(献上する)ことで、なんとかその場を丸く収めたのだった。
☆☆☆
そして、日曜日。
観客席にはAクラスの生徒たちが大勢押し寄せ、第二王子フェリクスは「ギルフォード、叩きのめしてやれ」と余裕の表情で見下ろしている。
「ハーマイン、後悔しても遅いぞ!!」
ギルフォードが剣を構えると、その全身に強大な魔力がみなぎった。
『アクセル』
——身体能力を極限まで引き上げる高級戦闘用魔法だ。一瞬にして彼の姿が掻き消え、猛烈な踏み込みとともに私の目と鼻の先へ肉薄してくる。
(うわっ、早……くはないな。陸軍学校の軍曹たちの動きに比べれば全然遅い。止まって見えるレベルだわ)
しかし、ここで格好良く叩きのめしては悪目立ちしてしまう。
「きゃあああああっ! 怖い体勢で来ないでくださいましーーっ!?」(まだ、少し演技がぎこちない)
私は女の子らしく悲悲鳴を上げながら、両手で持った練習用の剣を無茶苦茶にブンブンと振り回した。
もちろん、彼の突進軌道と顔面の位置を完璧に見切った上での「でたらめな振り回し」である。
バコォォォンッ!!
「ぶふっ!?」
偶然を装って振った剣の面が、突進してきたギルフォードの顔面にクリーンヒットした。
激しい音とともに、鼻血を吹き出しながらギルフォードがもんどり打った。
「くそっ……くそがあああっ! たまたま当たりやがって!!」
顔面を押さえて立ち上がったギルフォードは、激昂のあまりさらに魔力を練り上げ、限界以上の速度で再び肉薄してきた。
(よし、締めはこれでいいか)
「嫌ですわーーっ! 近寄らないでーーっ!」(少し棒読みになっている)
私は再び悲鳴を上げながら、今度は剣を盾がわりにして地面に座り込んだ。
超加速で突っ込んできたギルフォードの足元に、絶妙なタイミングで丸まった私に——正確には、盾がわりの剣に盛大につまづいた。
ドギャッ!!
「ぐわあああああっ!?」
勢いを殺しきれず、完全に足をとられたギルフォードは派手に放物線を描いて空中を舞い、そのまま訓練場の壁に激突して派手な音を立てて崩れ落ちた。
ピクピクと痙攣し、二度と起きてこないギルフォード。
「え……?」
会場全体が静まり返った。
審判の教官すらも、壁に激突してずるずると地面へ落ちていくギルフォードを呆然と見つめている。
「あの……何が起きたんですか……?」(ホッとしたのかまた、棒読みに戻っている)
周りを見回して立ち上がった私が声をかけると、審判はハッと我にかえった。
「え?……えーとっ……しょ……勝者、ハーマイン・ルード……!」
困惑しながらも、審判が宣告を下したのだった。
観客席のフェリクス第二王子は開いた口が塞がらず、シャルロット様とイザベラ様は「当然ですわね!」と嬉しそうにパチパチと拍手を送っていたのだった。
そして、私は、シャルロット様とイザベラ様に
「演技はまだまだね」
「このこと先生にお伝えしておきますわ」
こうして、放課後、というより夕食後、本来はのんびりできる時間帯に、演技指導というスパルタ教育が再開しした。
「また、お会いできて、嬉しいですわ」
和かな笑顔に殺気を感じる。私の平穏な学生生活はどこに?
☆☆☆
【後日談:冒険者証の更新を終えたあとの話】
決闘からしばらくして、念願だった冒険者証の更新を無事に終えた後のこと。
放課後、珍しく一人になった私が「やっと一人になれたわ。さてと……」と呟いて学園を出ると、王都郊外の丘へと向かった。
実は、気晴らしと確認を兼ねてコッソリ歩いていたのだが……その背後を、ギルフォードがコソコソと尾行してきていたのだ。
(どこへ行くんだ……? 郊外のあの丘の先は、危険な魔物が出る森のはず……!)
ギルフォードが見守る中、私の目の前に低級魔物の「ガイウルフ」が現れた。
(しまっ……ガイウルフは数頭で群れをなす! 囲まれたら終わりだ……って、もうすでに囲まれているじゃないか! しかも親玉の『レッドウルフ』までいるなんて……くそっ、俺の実力じゃ助けに入っても二人とも死ぬ……!)
ギルフォードが青ざめたその瞬間、信じられない光景が広がった。
一瞬にして私の姿が掻き消えたと思うと、次の瞬間にはガイウルフたちの首がすべて落ちていたのだ。
困惑するギルフォードの背後から、低く重い唸り声が響く。
「グルルル……」
「ひっ……!?」
振り向くと、さっきまで前にいたはずの巨大なレッドウルフが、血走った眼で彼を見下ろしていた。
恐怖で足がすくみ、一歩も動けない。絶体絶命、噛み殺される——!
ガキィィィンッ!!
「っ……!?」
目の前に滑り込んできた私が、レッドウルフの鋭い牙を剣の腹で完璧に受け止めていた。
「ギルフォード!? なんでこんなところにいるのよ!」
「あ……あ……」
「もうっ、仕方ないわねぇ……!」
激怒したレッドウルフが口内に猛烈な炎を溜め込み、至近距離から吐き出そうとする。
「危ない!」
ギルフォードが叫ぼうとした瞬間——頭上から降り注いだ無数の『アイスニードル(氷の針)』が、レッドウルフの巨体を一瞬で串刺しに穿ち去っていた。
「……ふぅ。これで全部か」
そう呟くと、私はクルリとギルフォードの方へ振り返った。
「で? ギルフォード、こんなところで何をしているの……?」
「あ……あ……」
「……まさかとは思うけれど、何も『見てない』わよね?」
ギルフォードは蒼白な顔で、コクコクと必死に首を縦に振った。
「よしっ! じゃあ、一緒に帰りましょうか」
夕暮れに染まる帰り道。
私は前方を見つめたまま、静かに口を開いた。
「……これは、ただの独り言だからね」
「……?」
「ギルフォード。あなたは昔に比べて、色んな意味で見違えるほど変わったわ。特に、第一王子殿下と遜色ないほど鍛え上げられた剣の腕前……本当に、よく頑張ったと思うわ」
「っ……!」
「……でもね、世の中には『上には上がいる』のよ。だから、今のまま素直に努力を続ければ……あなたは殿下にだって負けない、立派な騎士になれるわ。私が保証してあげる」
その言葉を聞いた瞬間、ギルフォードの目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
彼は泣きじゃくりながら、何度も、何度も頷いた。
そして、夕闇が迫る道を、ハーマインの頼もしい背中を追いかけるようにして、静かに歩いていくのだった。




