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第19話 希望は泥土に塗れて――血路を開く忠誠も、気高き生存の誓いも、すべては戦場の混沌に蹂躙される

 アランがルイ達と共に要塞の司令塔から中庭に出ると、次々と騎士が集まってきた。

 その数、およそ百騎。反乱軍に先手を取られた中でよく集まったと言える。それでも、要塞守備隊二千のうちのどれだけが反乱に与しているか分からない今、決して安心できる数ではない。


「各自、馬を引け! これより我らはアラン殿下をお守りし、この要塞を脱する! 遅れるな!」


 この場に集まった中で最年長の上級騎士の号令に応じ、騎士たちが併設された厩から軍馬を次々と引き出し、騎乗していく。その僅かな時間で、彼らは突破のための陣形を打ち合わせ、素早く隊列を整えていく。


 そんな中、ルイはアランの側に駆け寄り、不安げな顔を向けた。

「アラン様、私は……」


 神官である彼女が馬に乗れない事は、アランにも予想がついていた。

「ルイは俺の馬に乗ってくれ。これから血路を開くのに、馬車を引いている余裕はない」


 ルイは緊張した面持ちで小さく頷いた。

 アランが馬に跨ると、ルイはその背に後ろから抱きつく形で同乗した。柔らかい感触が背中に押し付けられ、アランの顔は一瞬だけ赤く染まったが、すぐに王族としての険しい表情を取り戻し、騎士達に向けて声を張った。


「反乱軍に構うな! 離脱を最優先とし、真っ直ぐに突っ走れ!」


 危険な先陣を引き受けた騎士達が真っ先に駆け出す。アランも手綱を引き、直接護衛にあたる騎士達と共にそれに続いた。


 要塞の城門はすでに反乱軍の手に落ちており、門の周りには寝返った傭兵らが陣を敷いていた。

 接近するアラン達へ向け、弓兵らが矢をつがえ、一斉に射掛ける。

 だが、アランらにとっては幸いな事に弓兵の練度は低く、放たれた矢の多くは石畳に空しく突き刺さった。


 しかし、それでも何本かの凶刃は、幾人かの騎士や馬の肉に突き刺さる。

 被弾した彼らは即座に馬から下り、群がってくる反乱兵と剣を交えた。接近戦になり、味方への誤射を恐れた弓兵が矢を射るのを躊躇ったその隙を突き、後続の騎士達が突撃を敢行。反乱兵の陣形はあっけなく崩れた。


 その乱戦の中、馬を捨てた騎士らが血まみれになりながらも城門の巨大な閂を開け、アランに叫んだ。

「アラン殿下は先にお進みください! ここは我らが死守いたします!」


 彼らは踏みとどまり、四方から集まってくる反乱兵の波に対する「肉の壁」となった。

 アランは強く歯を食いしばる。彼らを捨てていく。その残酷な選択ができず、思わず手綱を引きそうになった直前、王族としての理性が彼の体を引き止めた。


(俺はここで死ぬ訳にはいかない! 踏みとどまってくれている騎士たちの忠誠を、無駄にするわけには……!)


 せめてその姿を焼き付けようとアランが振り返ると、殿しんがりを務める一人の騎士が血を吐きながらも笑い、力強く親指を立ててみせた。

 彼は、幼き日のアランに剣を教えた恩師の一人だった。つい先日、「待望の赤子が産まれたのだ」と、破顔して喜んでいたばかりの男だ。

 だが、そんな彼もアラン配下の騎士として、王子の未来のためにここで死なねばならない。わかってはいたつもりであったが、アランは己の背負う命の重さを改めて痛感した。


「すまないッ!」


 アランは血を吐くような悲痛な叫びを残し、開かれた城門から帝国の方角へと馬を走らせた。およそ六十騎に減った騎士たちが、主君の背を追って駆けていく。


 * * *


 三キロほど東に走った林の中で安全を確認すると、アランはルイを馬から下ろした。

「ルイ、君とはここでお別れだ」


 アランは別れを告げ、再び馬を走らせようとしたが、ルイの言葉に引き止められた。

「アラン様、このまま東の街道を進むのは危険ではないですか?」


「どういう事だ?」

 アランが眉をひそめ、周囲の騎士たちも神官である少女に視線を向ける。


「もし、あの要塞守備兵の反乱がアストゥリウ軍の謀略だった場合、それを仕掛けた人物は、次に何を考えているでしょう?」

「そんなの、要塞を無傷で押さえ、運が良ければ殿下を討ちたかったからでは?」

 若い騎士の一人が苦笑を浮かべながら答えると、歴戦の中年騎士がハッと気づいたように呟く。


「待て。……もし、反乱を起こさせた奴の真の狙いが、アラン殿下とその配下を『要塞から追い出すこと』だったとすれば――」

 ルイは静かな微笑を浮かべ、その騎士へと頷いた。

「そういう事です。殿下が帝国に亡命する事を読まれていたとすれば、東へ向かう正規の街道には、大軍の罠が張られている可能性が高いのではないですか?」


「……その可能性は極めて高い。今は一刻を争う故、我らには斥候を放って安全を確認する余裕がない。もし、それすらも狙っての反乱だとすれば、恐るべき知将だ……殿下」

「うん。……一旦、南へ下ろう。そこから迂回して、東に進路を取る」


 * * *


 アラン王子の一行はルイと別れた後、さらに南に十キロ程下り、そこから東へと転じた。

 人目を避けるように木々が鬱蒼と茂る山道を馬で登っていた、その時だった。


 ヒュンッ! という風切り音と共に、突如として斜面から無数の矢が降り注ぎ、配下の騎士が次々と声を上げて倒れていった。


「敵襲ッ!!」

 生き残った騎士達が即座に剣を抜き、次から次に飛んでくる矢を叩き落とす。だが、足場の悪い山道での奇襲は致命的だった。体に矢を突き立てられる者、馬が射られて振り落とされる者が相次ぎ、アランの白銀の甲冑にも数本の矢が突き刺さった。


 矢の雨が止むと、斜面の草むらから薄汚れた男達が次々と姿を現した。

 彼らはまともな甲冑すら着ておらず、錆びた剣や粗末な槍、農具を改造した武器を手にしている。装備の質は騎士達とは比べるべくもないが、その数は圧倒的だった。


「山賊か……それに類する落ち武者狩りの類いか……っ」

 アランは歯噛みし、悔しそうに呻いた。


 毛皮を纏った頭目らしき大男が、下劣な笑みを浮かべて声を張り上げる。

「おいおい、大人しくしてりゃあ、命まで取ろうってつもりはねえんだ! だが、あくまで逆らおうってんなら仕方ねえ。綺麗な死体になってもらってから、身ぐるみ剥がさせてもらうぞ!」


 誇り高き騎士たちも、数の利と地の利を得た名もなき暴力の前に、もはや抗う術は残されていなかった。選択の余地はない。


 天才将軍の謀略を見事に抜け、未来への希望を抱いたのも束の間。アラン王子一行は無惨にも山賊たちに捕縛された。

 身ぐるみを剥がされ、すべてを奪われたアランは、あろうことか不当な奴隷狩りの餌食となり、奴隷商の元へと売り飛ばされるという、あまりにも惨めで理不尽な結末を迎えるのだった。


 * * *


 そして、その数時間後。

 王都から逃亡し、再起を図ろうとしていたローズベルト王太子もまた、北部の有力諸侯であるカイエン侯に裏切られた。

 助力を申し出てきた侯爵の罠にかかり、王太子は同行していた側近達とともに無惨に暗殺される。

 彼らの首は内密に簒奪王フェリオルへと献上され、その見返りとして、カイエン侯の領地は安堵されたのである。


 かくして、超大国フラリン王国を統治していた王統は事実上崩壊した。

 残された正当な王族はただ一人――簒奪王の宮殿に囚われた第一王女、ジルのみとなったのである。

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