第18話 アストゥリウの青狐と黒旗軍の事情――小事(手柄)を捨て大局を獲る、恐るべき軍事ロジック
滅びゆく国の片隅で、若き二人の「覇道と改革」への盟約が、ここに結ばれた。
――結ばれた、はずだった。
ルイとの話がまとまり、二人がその手を離そうとしたまさにその時である。
バンッ!! と、乱暴に重厚な扉が撥ね開けられ、血相を変えた一人の騎士が執務室へ飛び込んできた。
「アラン殿下! 至急、お逃げくださいッ!」
突如として放り込まれた破滅の言葉に、アランとルイはハッと目を合わせた。
護衛として控えていた近侍の騎士が、無作法に飛び込んできた男へ思わず苦言を呈そうと前に出る。だが、それよりも早くアランが冷静な声で制した。
「待て。何が起きたのだ。逃げよと言われても、火事と敵襲とでは話が変わる」
主のその落ち着いた声に、伝令役の騎士も僅かに我を取り戻し、しかし絶望に顔を歪めて答えた。
「謀反です! 傭兵どもが反乱を起こしました! 最初は一部の不満分子の暴発かと思ったのですが、他の兵達も次々に反乱に加わり、もはや手をつけられません……っ!」
「そうか。……殿下、十分だけお待ち下さい。すぐに脱出路を探って参ります」
近侍の騎士は説教の時間を惜しみ、状況把握を優先した。そう言い残すと、反乱の報せを持ってきた騎士を伴い、足早に部屋を出て行く。
ルイと二人、部屋に残されたアランは、どうしたものかと立ち上がって部屋の中を見回した。
反乱が起きたこと自体は驚きだが、理解はできる。恐らく勝ち目なしと見た傭兵らが、王子の首を手土産にアストゥリウ王国へ投降し、褒美を得ようと考えたのだろう。
しかし、疑問が残る。
「……おかしいな」
アランですら、たった今ルイの口から告げられて初めて王都の陥落を知ったほどである。傭兵達の中に目端の利く者がおればフラリンの劣勢は察せられたであろうが、それにしてもここまでの行動(城の乗っ取り)に出るには、あまりに唐突すぎた。
そんな中、空色の髪の少女が軽蔑をこめて呟く。
「金で動く傭兵に忠誠を求めるのは馬鹿らしいですが……しかし、彼らだけでここまで手回し良くやるでしょうか? 裏で煽動している者がいるのかもしれませんね」
その意見に、アランも同意する。いくら傭兵らが抜け目ないとはいえ、これほど大規模な反乱を唐突に起こせるとは思えない。
裏で誰かが糸を引いている。その予測は容易についた。
* * *
ローベラ要塞から東に十キロ離れた街道沿いに、黒い甲冑姿の軍勢が静かに展開していた。
その中で騎乗する青髪の青年騎士に、副官が問いかける。
「ロンメル軍団長閣下。……本当にアラン王子は、こちらの街道へ逃げて来るのでしょうか?」
ロンメルと呼ばれた青髪の将軍は、首を横に振った。
「分からん。だがアラン王子に取れる道は二つ。他国へ亡命するか、フラリン東部守備軍の主力が籠る『マジノ要塞』へ入るかだ。我らとしては、彼にマジノへ入られ、周辺諸侯を糾合した上で徹底抗戦されるのが一番困る。それぐらいならいっそ、帝国にでも亡命して欲しいぐらいだ」
帝国に亡命された場合、帝国は『フラリン王国領への軍事介入の大義名分』を手に入れてしまうという地政学的な問題を抱えることになる。だが、それでもアランを旗印に国内戦役が泥沼化するよりは遥かにマシだと、ロンメルは冷徹に判断していた。
王太子ローズベルトの首はすでに手配済みであり、近日中にフェリオルの元へ届く運びとなっている。残す憂いは、この正当な血筋を持つアラン王子のみ。
そのため、この場所以外にも、マジノ要塞に通じる街道の全てに部隊を展開させ、警戒線を張っている。文字通り、誰一人として見逃さないほど厳重に。
ロンメルは苦笑を浮かべながら続けた。
「まあ、帝国に亡命するにしても、この街道は選択肢の一つに入るがな」
すると、副官が率直な疑問を口にする。
「ですが、こんな手間をかけずとも、我らでローベラ要塞を攻め落とせばそれで済んだのではないでしょうか? 要塞の兵力は二千とはいえ、大半は傭兵や雑兵。内通者を動かした上で我が軍団四千二百で攻めかかれば、簡単に落とせたはずです」
ふむ、とロンメルは少し考えてから答える。
「確かにそれも悪い手ではない。だが、内通者が思い通りに門を開くとは限らぬし、下手をすれば、我が精鋭たる『黒旗軍』を無為な攻城戦ですり減らす羽目になりかねない。それに何より、攻城戦のために兵力を集中させれば、マジノ要塞に向かう街道の警戒線が手薄になる。その状況で万一、アラン王子に脱出されたらどうなる?」
「だから、傭兵らを金で煽動し、内乱を起こさせたのですね。しかしそれでは、連中に『王子の首』という手柄をとられる事になりかねないのでは?」
「そんな小さな手柄など、奴らにくれてやれ。我らが優先すべきはフラリン全土の早期平定だ」
ロンメルは、王子の首を「小さな手柄」と言い切った。戦争が長引けば周辺諸国に隙を見せ、大国の介入を呼び込むことになる。それこそが覇道における最大の致命傷なのだ。
フェリオルが寝返った諸侯や傭兵に泥臭い攻城戦を任せ、自らは精鋭である黒旗軍一万七千を率いて王都へ電撃戦を仕掛けたのも、彼に「無為な包囲戦で黒旗軍を消耗させる気がない」ことの証左であった。(結果として王太子が逃亡し、王都は即日降伏したが)
「黒旗軍は、これ以上大規模な戦闘には耐えきれぬ」
ロンメルは自軍の兵士たちを一瞥した。
「イスラン半島のザマー教国平定戦、アストゥリウ内戦、そしてラーンベルク戦……。全てに勝ったとはいえ、戦力の消耗が著しいのだ」
黒旗軍は、フェリオルがテンプレ教からの資金を元に編成した私兵に近い軍勢である。
戦の度に農民をかき集める従来の「徴兵軍」とは違い、平時から給与が支払われ、厳格な訓練を施された、後世で言うところの『常備軍』であった。
だからこそ、彼らは烏合の衆である徴兵軍を圧倒する強さを誇る。だが、それこそが最大の弱点でもあった。高度に訓練された将兵であるがゆえに、一度損耗すれば、補充の兵を育成するのに膨大な時間とコストが必要となってしまうのである。
ロンメルは、自軍の強さと脆さを完全に理解した上で、最も血が流れず、最も効率的な『盤面の支配』を行っていた。
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