第48話 黒龍降臨
森が未曾有の大火事に陥ってから暫く――広がる火の手を食い止める為にあちこち走り回った結果、へとへとになった俺はすっかり日が沈み、星空が顔を覗かせる空をぼんやりと眺めていた。
「……今夜の寝床、どうしようか」
すっかり街に戻る気でいたので、野宿する心積もりなんて全くしていなかった。当然、装備だってニブルヘイムを出た時と一切変わらない。武器がボロボロになっている分、却って酷くなっている状態だ。
聞けばミディも俺を追いかけることに固執し過ぎて、ほとんど身一つの状態で飛び出してきたらしい。
いつ街に戻れるようになるか分からない以上、何処か人目につかず、安全に眠れる場所を確保しなければ……。
「…………はぁ、仕方ない。一度戻って今後の方針を立て直すぞ」
「戻る……って、どこに……?」
ミディがキョトンとした顔でこちらを見つめる。
「どこに……って、ニブルヘイムに決まってるだろ? あそこなら雨風も凌げるし、あいつらに頼んで食材集めを手伝ってもらえば――」
そうして俺が歩き出そうとしたその時――ミディが必死の形相で俺の腕を抱き抑えた。
「ダメ…………! またあんな所に戻るなんて……! せっかく戻ってきてくれたのに……またアトスがいなくなるなんて事があったら、私…………」
潤う涙で瞳を歪ませるミディの頭を俺はそっと撫でてやる。
「……大丈夫、心配するなって。何せ今、あそこの支配者は俺ってことになってるらしいからな。なぁ――ヘル?」
「そうです。主人もようやくボスモンスターとしての自覚が出てきましたね。安心しました」
「皮肉に決まってるだろバカ! 俺はダンジョンのボスでもモンスターでも魔王でもないからな! ……この件が片付いたら、絶ッ対に眷属契約返上して嫌でもお前を働かせてやるから覚悟しとけよ?」
「わぁ、魔王様ったらこわいこわい」
――ボカッ!!!
口元に手を当て、生意気な態度で笑みを浮かべるヘルに一発お仕置きを入れた俺は改めて周囲を見渡す。といっても、街を出て以降来た道を大まかに辿ってきただけなので、今進んでいる方角にニブルヘイムがあるかは定かではない。
「さて、ここからどうやってニブルヘイムまで戻ろうか……。行きで失敗してる分、このまま行き当たりばったりで進むのだけは正直避けたいんだが……」
――お困りみたいね!
何処からともなく女性の声が聞こえてくる。声の主を探そうとするが、そんな暇もなく何かが風切り音を立てながら一直線にこっちへ突っ込んできた。
――ズドォォォォォン!!!
「ゲホッゲホッ! 何だ……!?」
激しい衝撃が黒化した大地を揺らし、灰と土煙を空高く巻き上げる。次々入り込む異物に肺が悲鳴をあげる中、収まりつつある灰砂にぼんやりと何かの姿が浮び上がった。
左右に大きく広がる黒曜石のような翼。研ぎ澄まされた爪。夜風に揺られる蒼紫の髪と、そこから生える二本の角。
そして最後に現れたのは金と赤で彩られた眼をこちらに向け、口角をきゅっと上げて「ここに来たのは当然」とでも言わんばかりに自信満々な笑みを見せる少女の姿。
「――さ、言われた通りになって戻ってきたわよ! これで一緒に連れてってくれるんでしょうね!?」
蛇のように鋭い瞳がまっすぐにこちらを射抜く。が――。
「…………誰だ?」
まるで記憶にない相手が突然現れて親しげに話してくるのを見て、俺は困惑の声を上げるしかなかった。
「…………えっ――?」
「お前らの知り合いか?」
「私、知らない…………。ヘルは……?」
「……さぁ? こんな姿の輩、私の記憶にはありませんね」
「えっ……えっ……えっ…………?」
この場にいる全員が知り合いではないと述べ、眩しかった少女の顔色が次第に曇り始める。
「では、誰の知り合いでもなかったということで――」
「ちょっ! 待ってよ! 冗談でしょ!? せっかく面倒な雑魚狩りして魔力集めて、一から身体作り直してきたのよ!? 幾ら何でもあんまりじゃない!? ねぇ!?」
これ以上相手するのは面倒だと明らか顔に出ているヘルが早々に話を切り上げようとするのを見て、ついに少女は涙目になって懇願し始める。
「とは言っても、本当に検討もつかないんだが……。本当に誰だ?」
「な――!? ……分かったわ。なら、痛みで思い出させてやろうじゃないの! 喰らいなさい、このっ!」
――ガブッ!
「いってぇ!?」
何故かいきなり頭に噛みついてくる少女。引き剥がそうにも見た目以上に力が強くて中々振り解けない。
それにこの痛み……最近何処かで味わったことがあるような……?
「はぁ……煩いですね。部外者はとっとと元いた中層へお引き取りやがれください。これ以上厄介な種を抱えたくないんですよ」
「だから部外者じゃな――って、あなたやっぱり分かって言ってるんじゃないのよ! こらぁぁぁぁぁ!!!」
「いてててて!!! なんで俺!?」
そうして齧りつかれた俺の頭は滝のように溢れる血で真っ赤に塗装されるのだった。
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