第49話 私のおもちゃ
「えぇ!? お前があの黒枯龍!?」
「だ・か・ら! さっきからそうだって言ってるでしょ! 何回言わせるのよ!」
齧り付かれたままだと出血多量で死んでしまうので、一度引き剥がして話を聞いてみれば……少女のまさかの正体に度肝を抜かれる。
「はぁ……疲れた。全く、無駄な体力使わせないでよね」
かいた汗を乾かそうと背中の両翼で器用に仰ぐ黒枯龍。「食いついてきたのはお前だろ……」と、ツッコミたい気持ちをぐっと抑え、俺は改めて彼女と顔を合わせる。
「……それで、わざわざそんな姿になってまで来た理由って――」
「勿論! アトスについていく為に決まってるじゃない!」
「ですよねー」
今朝自分でした発言だから流石に覚えている。「ヘルみたいに人型になれるなら連れていってもいい」、と。
確かにそう言ったし、もしそれが可能なのであれば連れて行くつもりではいたのだが、まさか一日も経たずに実行してくるとは……流石に予想していなかった。
「あのですね主人……。どうしてこう、余計なことを言ってしまうんですか? おかげで余計なのが増えちゃったじゃないですか。あの時『ついて来るな』ってはっきり言っておけば、こんな喧しいだけのバカ龍なんて呼び寄せることもなかったのに……」
「一人抜け駆けしようとした身分で、よくもまぁ言えたものね……この引きこもり陰湿ニート。私はね、あなたみたいに邪な考えばかりで動いてる訳じゃないの。外の世界の方が、あんな狭苦しいダンジョンの中よりマシだと思っただけなんだから!」
「だったら今まで通り、一人でそこら辺を勝手にブラついておけばいいでしょう? なんでわざわざ主人の所に来る必要があるんですか?」
「そっ! それは……あれよ! 『人間の街には行ったことなかったから、アトスが帰るついでに案内でもしてもらおうかな〜』って思っただけよ!」
「本当ですかね……。力を主人に渡しているので確証はありませんが、相当嘘臭いですよあなた」
「なっ!? べ、別に臭くなんか――! ……あれ? 力を渡した? それに、さっきからアトスのこと主人って……?」
「あ、気づいちゃいましたか? 実は私、もうあなたたちのボスじゃないんですよ。今私たちのボスはアトスで、私はその最初にして唯一――たった一人の眷属です。序列的には、主人>私>あなたたち有象無象といった感じですかね」
「はぁっ!? そんなの聞いてないんだけど! どういうことよアトス!?」
――ガブゥッ!!!
「痛い痛い痛い! だから噛みつくのやめろって!!!」
またも牙を突き立てる黒枯龍を引き離し、仕方がないので事の経緯を掻い摘んで説明してやる。
「――という訳だ。俺の仲間を元に戻すのと、何故か魔王扱いされてる誤解を解かない限り街を案内するどころか、街に近づくことすら出来ないんだよ」
「へぇ……なんか、色々と面倒なことになってるのね」
「えぇ、だからあなたなんかに構ってる暇はないんですよ。分かったらさっさと帰――」
「――なら、私も協力してあげるわ!」
「え?」「え!?」「え……!?」
突然の申し出に俺とヘル、そして傍観していたミディの言葉が共鳴する。
「どう、アトス? 私がいればあなたを抱えて自由に移動出来るし、空からあなたの仲間を探すことだって出来る。当然、戦力としてだって期待出来るわよ。こんな有能龍が、今なら契約一つであなたのものに――!」
「いやいや! 無しですよ主人!? 私以外と契約するなんて、許される訳ないでしょう!?」
大慌てで言葉を遮りながらヘルが目の前にやってきて、俺の肩をぐわんぐわんと揺らしてくる。
「ゆ、許される許されないはともかくとして……これ以上下手に契約するのはちょっと……」
こんがらがる頭でよくよく考えてみると、このまま二人三人と契約相手を増やしてしまえば、それこそ後戻り出来出来なくなる気がする……。
「むー……その女はよくて、私はダメっていう訳? さっきはわざわざ街まで送っていってあげたのに……」
「そ、それはそうだけど……」
不機嫌そうな声がちくりと俺の胸に棘を刺す。
「――そうだ! アトス、ニブルヘイムに戻りたいんでしょ? 私、場所知ってるんだけどな〜。どうしよう? 先に帰っちゃおうかな〜」
「なっ…………!?」
「方向音痴の皆はちゃんと辿り着けるのかな〜? さっきここに来る途中、怪しい人間たちも見かけたし、もしかしたら魔王の首でも狙ってるのかもね〜」
「ぐ、ぐぬぬ…………」
的を得た黒枯龍の発言が俺の不安を煽り、少しずつ心を締め上げていく。
「追っ手に邪魔されながら歩いて探すとなると、着くのは一体何ヶ月先になるんだろうね〜? もしかしたら、一生森の中で迷子になっちゃったりして――」
「…………採用で……」
「主人ぁ!!?」
遂に心が折れた俺はどっと項垂れ、泣く泣く彼女の元へ手を差し出す。地図も探す当てもない今の状況で、金の為ならそれこそ地の果てまで追いかけてくるような連中を避けながらダンジョン探しなんて、仮に可能だとしても絶対にしたくない……。
そうしてウキウキな黒枯龍と互いに手のひらを重ねると、彼女の方には黒紫の紋章が浮かび上がり、俺の方には新たに魔力が送り込まれる。
「――さ、これで私もあなたの眷属になった訳だけど……別に私、主従とかそういうのには興味ないから安心して」
黒枯龍はそっと紋章の刻まれた手を俺の顎へと伸ばし、くいと持ち上げる。
「あなたは今まで通り、私の遊び相手になってくれればそれでいいの。よろしくね――私のおもちゃさん♡」
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